…苦労をけっして看板にしてはならぬ。君たちの苦労はこの吉村がすべて承知したゆえ、二度と口にするな。苦労は口にしたとたん身につかずに水の泡となってしまう。身につけよ、よいな。
(浅田次郎、『一刀斎夢録(上)』より)
幼い頃、胃腸が弱かった私は、よく夜中に腹痛を起こし、病院に連れて行ってもらうことがありました。
小学校の時だったでしょうか。その時も腹痛で、近くの病院に、母に連れて行ってもらっているところでした。腹痛をこらえられなかった私は、車の中でも、うんうん、うなっていました。
その時、母が言った言葉が、
「うなっていても、お腹が痛いのは治らんのだから、黙っとき。」
でした。
心配してくれているとばかり思っていた私に、その言葉が強烈に印象づけられました。
以来、つらいことや苦しいことがあっても、その言葉が頭をよぎり、
「『しんどい』と言っても、『いそがしい』を連呼しても、それが解決するわけではない。」
と、辛抱するようになりました。
これまで、父の思い出を語ったことがありましたが、母については初めてだと思います。
どちらかと言えば、父は背中で示してくれ、母はずばりと言葉にしてくれた、そのように思い返されます。