二人の超美技 ─『霊長類ヒト科動物図鑑』(向田邦子)─ | 出会った言葉たち ― 披沙揀金 ―

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「披沙揀金」―砂をより分けて金を取り出す、の意。
日常出会う砂金のような言葉たちを集めました。

 2月22日は猫の日ですから、猫にまつわるお話を。

 向田邦子さんのエッセイからです。

 

 向田さんはねこが大好き。

 でも、何度もボール遊びに付き合っていると、そのうち、腕もつかれてきます。

 だから、適当にそのへんに投げてやるのですが、猫は真剣そのもの。

 そのときの猫の描写がとてもおもしろいのです。

 

 …この平凡なタマに、猫は実にドラマチックに躍りかかる。

 タマをほうると、猫はタマよりも大きくジャンプする。自分の前肢でタマを大きくはじき飛ばす。

「ウワッ。大変なタマだ。オレ、取れないかもしれないぞ」

「こりゃむつかしい!」

 口が利けたら、こう言っているようにみえる。

 派手にでんぐり返ったり、わざとしくじったり、空中でくわえてみせたり。やらなくてもいい超美技を演じてくれるのである。

 自分でも気がつかないうちに、体がはしゃいでしまうのであろう。こういうとき、猫の目はらんらんと輝いている。惚れ惚れするほど美しいからだの線を見せてくれる。そして滑稽なほど真剣である。

 こういう場面はどこかで見たことがある。誰かに似ていると思ったら…

  (向田邦子、『霊長類ヒト科動物図鑑』より)

 

 このあと、あるプロ野球選手の名前が入ります。

 昔活躍した選手ですが、名前はきっとご存知でしょう。

 この方です。

 

 …誰かに似ていると思ったら、長嶋選手であった。

 

 見せるプレー、魅せるプレー。

 私は、現役時代の長嶋選手を知っているわけではありませんが、でも、長嶋選手のところに打球が飛んだだけで観客は大喜びしたそうです。

 猫と長嶋選手を並べると、熱烈な長嶋ファンからは「猫といっしょにするな!」と一喝されそうですし、アンチ巨人の愛猫家からすれば、「長嶋と一緒にするな」とお叱りを受けそうですが、それでも、この二つの華麗な動作を結びつけた向田さんの筆力と観察眼に感服しました。