江戸の下町を舞台に繰り広げられる、楽しくて、時々ほろっとする人情時代小説の第12巻です。その中の一話から。
出稼ぎになったまま行方不明の亭主・幹助を尋ねて江戸にやってきたお邦と幼い娘・お妙。お金も頼るあても尽きた二人と偶然会ったおけら長屋の住人たちは、当たり前のように二人を助けようとします。
ところが、やっと見つけた幹助は、事故で記憶を失っていました。自分に気づいてくれず、辛いはずのお妙。そのお妙が、おっとうに語りかけます。
「これ、おっとうが江戸に行くとき、あたいにくれた御守だよ。この御守が、おっとうの代わりにあたいを守ってくれるって。だから、あたい、怖い夢を見て目が覚めたときには、この御守を握りしめてた。そしたら、おっとうが守ってくれるんだもの」
お妙は御守を幹助の首にかけた。
「この御守、おっとうにあげるね。だって、おっとうは辛くて悲しいんでしょ。今度はこの御守が、おっとうを守ってくれるよ。だから、おっとう、怖いことがあったり、悲しいことがあったら、この御守を握りしめるんだよ」
おけら長屋の人々の優しさ。お妙の優しさ。
優しさがじんわりと広がっていきます。そして、読み手である私たちも優しい気持ちになれる物語です。