話し合いをしたいのに
権力争いを仕掛けられる。



お互いの平和が目的なのに
相手は相手自身の平和を
優先してくる。

そこで
その権力争いを話題にして
やめさせようとするのは
権力争いを助長してしまいます。

だから
権力争いを仕掛けられて
相手が譲らないと見えたら
「また話そう」と言って
機を改める方が
話し合える可能性は広がります。



私は、
私の話を聞かない親に
私の話を聞いてもらおうと
努力したことがあります。

幼少の頃から
私が話すと
話の途中で
主題から外れて
権力争いを仕掛けられます。

すぐに
おとうさんは一生懸命働いてる。
そのおとうさんに文句をつけることは
してはいけないことだ、とか言って。

言うこときかないと
見捨てるぞ、と脅されるので
見捨てられたら生きていけないと
本気で信じていたので、

権力争いでは
いつも私が負けることが
私の生存術でした。

私の話を
最後まで聞いてもらったことは
ありませんでした。



成人して家を出てから
なんとか親と
平和な関係になりたいと
その方面に詳しい人に
相談に乗ってもらってました。

その中で
話を聞いてもらう方法を
教えてもらいました。

その方法とは
「手紙を書いて
親の前で読み上げる。
読む前に親には
手紙を読み終えるまでは
黙って聞いてもらう約束を
してもらう。
約束ができない場合はしない」
というものでした。



手紙には
「親との間であった悲しい出来事」を
書きました。

親はいつも
自分は何も悪くない。
自分自身は「無罪だ」と
信じてるし、そう話してくる。

子供を悲しませるような「罪」は
親の自分が、するはずがない。

もし悲しませてしまったなら
それは「不可抗力」で、
自分はやりたくて
やったわけではないから
何も悪くない、という思考回路です。

でも実際には
自分だけの平和のために
私に犠牲を払わせることは
日常的にありました。

その一部を
手紙に書きました。



今日は話す時間を
つくってくれて、
ありがとう。

今からこの手紙を
読みます。

読むから
最後まで
何も言わずに
聞いてて欲しい。

約束してくれますか?

気軽に「いいよ」と
安請け合いする親。

でも
読み始めると
親には「ありえない」と
拒絶することばかりが
出てきます。

すぐに途中で
口をはさんできました。



「その時は
そうするしかなかったんだ。
それくらいわかるでしょう?」

「そんなことを
おとうさんに言うなんて
いけません」

は?
まだ手紙は途中ですよ?

「途中だからとか関係ない。
言ってはいけないことが
あるんだ」

ついさっき、
あなたは
「最後まで何も言わずに聞く」と
約束してくれましたよ?

「そんな約束してない。
第一、善かれと思ってしたことを
今になって責めるのか?」

こりゃだめだ。
もういいです。
聞いてもらおうとした
オレがバカだったよ。

話し合いを
権力争いに
すり替える親。

そうなったら
すぐ撤退。

最初から決めていたから
腹の中で怒りが燃え上がっても
権力争いを受けて立たずに
冷静に撤退できた。



親が忘れた頃に
また「話したいことがある」と
話し合いを持ちかける。

忘れてるので
親は「いいよ」と応じる。

そこでまた
書いてきた手紙を
読み上げる。

「手紙を読み終えるまで
何も言わずに聞く」

親はこれが
どうしてもできない。

手紙を読んで
聞いてもらいたいのは
あなたたち親と
仲良くなって
家族でしあわせになりたいから。

話し合いの度に
この目的も共有する。

それでも
何度でも当時の自分を
正当化するために
手紙を読む途中で
口をはさんでくる。

不可抗力だと
必死に説明してくる。

親自身、
自分の話すことに無理があると
わかっているので、
どこかで権力争いに切り替わる。

私を煙にまいて
自分の勝利で終われるように。

確か
始めて5回目までは
同じような撤退を
繰り返した。



6回目に変化が。

「手紙を読み終えるまで
何も言わずに聞く」

親自身、今までこの約束を
守れずにきたことを
自覚している。

鼻白む顔。
不安げな顔。

親として上下関係で
上でいなければならない、
その焦りが顔に出てる。

下だと思ってる子供に
なんて顔してるんだよ。

下になることもありえないけど
約束守れない自分もありえない。

究極の選択みたいに
苦しんでる様子だ。

そんな不自由な生き方、
もうやめればいいんじゃない?



このとき、
親は限界を超えたようで
手紙を最後まで
何も言わずに聞いていた。

読み終えて
「手紙の内容は
理解できましたか?」と訊いた。

負けたわけじゃないのに
親の中では負けたようで、

負け惜しみを言うように
「それはどうかわかんないけど
何を思っているのかを
知ることはできたんじゃないか」と
母親の顔を見る父親。

母親は
頭の中が真っ白のようで
言葉が出ない。

話し合いはこれで終わり。
終わったと言おうとしたら
父親が話し始めた。

「おとうさんがやったことを
どう感じていたのかはわかったけど、
おとうさんはお前のためを思って
やったことだ。
それだけはわかってほしいね」

母親もその後につづく。

「そうよ、親として
一生懸命やったことだもの。
何も悪くないわよ。」

そうですか、とだけ言って
じゃ帰りますと
その場を立ち去った。



平静を装っていたけど
私の心臓はバクバクだった。

親から見たら
上下関係の上である親に
下の私が対等なやりとりを
したわけだから。

見捨てられる恐怖も出てきた。
でも、今は見捨てられても
生きていけるのは、
十分理解している。

それでも
幼少期から長い間に重ねられてきた
「大前提」をひっくり返したのだから
何が起きるかとても緊張していた。

でも
ひっくり返ってみたら
なんとも言えず清々しい気持ちだった。

この機を待っていた。
権力争いに巻き込まれずに
時間をかけて取り組んできて
よかった。



その後も、
親は変わらず
上下関係で生きている。

でも
私の中は
がらりと変わった。

私が「自分が下」と
卑屈な態度を
とろうとしなくなったから。

見捨てられる恐怖とは
とても巨大なものだったんだと
気付いた。

支配下にいるときは
まるで見えていなかった。

まさか自分が
卑屈な態度になっているとは
思ってもみなかった。

3年くらいかかったけど
自分の変化を感じられて
取り組みの成果を実感しました。



話し合いを
権力争いにしようとしてくるときは
相手が怖れに支配されている状況。

怖れがほどけて
「大丈夫かもしれない」と
思ってくれるようになるためには
その機を待つことです。

無理に
「権力争いを仕掛けてこないで」と
やりあったら、
それこそ権力争いに
応じてしまっています。

話し合いをするなら
その機を待つと
話し合いできます。




お読みいただき、
ありがとうございます。

プロコーチ8年目、常楽でした。



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