相手を呼び止めて
話をする。

相手は今している行動を中断して
話を聞く。

その話をする自分も
その話を聞く相手も
そこに時間を注ぎます。



ずいぶん前になりますが
父親に呼び止められた時のこと。

「ちょっといい?」
「何ですか?」
「えっと、聞きたいのは、えーと」
「はい、なんでしょう」
「昨日、一生懸命しらべたんだ」
「はい、だからなんでしょうか」
「準備をして、さっきここに置いておいたんだ」
「はい、だからなんでしょうか」
「あれ?ないな、どうしたんだろう?」
「...」
「えーと、ちょっと待って(PCをいじり始める)」
「...」
「ここか?違うな。こっちだっけ?」
「...」
「昨日、ここで一生懸命つくったんだ。ここか?」
「...」
「寝る時間が遅くなっちゃって、大変だったんだよ」
「...」
「この使い方がわかるまでがんばったんだよ」
「...わかってから、呼んでもらえますか?」
「ちょっと今探してるじゃないか。ちょっと待ってよ」
「だから、探すのは一人でやってもらえませんか」
「そんなこと言うなよ」
「は?」
「今一生懸命探しているから、ちょっと待ってよ」
「...」
「今わかんないから、またあとで来てくれる?」
「なんだそりゃ」

このやりとり、30分間くらいかかった記憶があります。
私は30分間、ただ立ってただけ。
当時は父親が何をしたいのかがわかりませんでした。

始めは、言葉通りに
父親が一生懸命探しているのだから
自分は待っていなくてはいけない
そうでないと父親を悲しませてしまう、
と思い、湧き出る怒りを懸命に抑えながら
待っていました。

その一方で、
自分の時間をこんなことに使ってしまうだなんて
自分のいい人加減に腹が立ちました。

母親に相談しても
父親を悲しませてはいけないから
父親の言うことはきけ、と言われるだけ。

逃げ場もなく、どうして良いのかわかりませんでした。


今は
父親は何かを解決したいのではなく
その過程を共有させる中で
いかに自分の努力を認めさせるか
その欲を満たそうと懸命であっただけだと
わかります。


時間を共有するなら
自分も相手もその時間の目的を
共有できることが望ましいですね。

知りたい人が知ってそうな人に訊く。
訊かれた側は、知っていれば知識を分かち合う。
知りたい人は、知れてうれしい。
訊かれた側は、役に立ててうれしい。

こんな感じで
お互いにその時間を使うことで
得られるものがある状況が
いいですよね。

だまし討ちのように
相手に時間を浪費させるような真似は
「ずるい」とか「卑怯」と言われても
しかたありません。

お互いの時間を尊重した姿勢で
コミュニケーションをしていきたいですね。


お読みいただき、
ありがとうございます。

プロコーチ7年目、常楽でした。


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