【60日間チャレンジ/day27】にんげんくさい感情 | 喜ドラ愛楽〜Enjoy BAKU LET'S LIFE〜【別館】

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ここ数年恒例になってた

GWのCross your fingers参戦ツアー

 

去年のGWもあっちゃんと

CYF参戦してからの、和歌山をぐるっと

紀勢本線でまわって生パンダにもあって

くるくる焼肉いって0番線攻略ツアーした。

 

今回の旅もあっちゃんの魂さんと一緒だけど

肉体としての一緒の旅は

去年のGWが最後になっちゃったんだなぁ

と思うと、さすがに切ない。

 

それでも。

あっちゃんの魂さんが一緒にいるのは

ちゃんと感じてるし、

ライブでも泣いたり笑ったり興奮したり

忙しかったしね

 

今年もこのライブに参戦できてるってことは

やっぱりあっちゃんが一緒だからだって思う。

 

とはいえ

度々曲を聴いてたら

いろんな感情が呼び起こされてきて

私も泣いたり笑ったり忙しかった。

 

もうすぐ一周忌。

もう1年経つんだな。

なんか信じられないっつーか

よくわかんないっつーか

 

1年たたずして動けるようになったのも

奇跡だと思うし

あっちゃんの魂さんの存在がわかるように

なったことも、奇跡だし

 

奇跡?うーん

 

想像していなかった、ってだけなのかな。

あっちゃんの肉体がこんなに早く

旅立ってしまったことも

それでも魂さんは一緒にいてくれることも

自分がここまで動けるようになるってことも

 

んなこと、想像したくないしね。

いつかは100%死ぬんだっていってもさ

そんなこと、日々考えてるわけじゃない。

考えたくないやん。

 

あの日のことを想い出すと

辛いし、涙しかでない。

それはきっと、

私が死ぬまで変わらないのかもしれない。

 

時々、

もうふっと死んじゃいたいなぁって

思うことも、かわらない。

希死念慮とはまた違うかんじの。

 

もうすぐ1年じゃん。

もう頑張ったから、いいよね?とか

すごく投げやりな気持ちになることもある。

 

でも頑張る!とも思わないし

自分も本格的に?死のう、とも思わない

 

 

ただただ、そんな気持ちが去るのを

じっと感じて、じっと待つ。

 

どんな感情も

永遠には続かないって

体感してるのかもね。

 

たぶんね

まだ悲しみきれてないとおもう。

悲しみきれる日なんて

来るのかどうかもわかんないけどさ

 

だから、

時々ふっと想い出して

泣くことも必要なんだって思う。

 

でも、あっちゃんの魂さんが

申し訳なさそうな顔するし笑

(めっちゃ人のせいだなw

けどたまにはさせろよ

あたしゃそんなに出来た人間じゃない)

 

そんな気持ちも

あんまり長くは続かないんだけど。

 

気持ちがジェットコースターっつーか

アップダウンクイズっつーか

 

昔のうつうつしたソレとは違う

ふとした瞬間の肉体の重たさ

 

あたいも重たい肉体脱ぎ捨てて

身軽になりたいよーとか

 

いつかは必ず

身軽になれるのに

 

せっかちなのかな

それもなんか違う気もするが

 

明日生きてる保障なんて

どこにもないけどさ

 

80、90まで生き延びる可能性だって

十二分にあるわけで

 

あと40年?

そんなに長くなくていいわ

ってのは正直思うね・・・

 

あっちゃんの肉体さんがいたときは

一緒に長生きして、

いっぱい一緒に楽しみたいって思ってた

 

けど肉体なくなっちゃったら

そんなことも叶わなくなったら

長生きしたいなんて欲は

からっぽになった

 

生き急いでるなって思うよ。

とっととミッション終わらせてさ

あっちゃんと同じ形になりたいよ。

 

自分で死のうとは思わない。

死ねないからw失敗してるしw

あまりにリスクがでかすぎるから

あっちゃんと同じ、

魂さんだけになりたいっていう願いだとしても

それだけは、チャレンジはしない。

 

希望に満ちあふれてたかと思えば

次の瞬間、投げやりにもなる

嗚呼、忙しいわ

 

って、今はそんな自分を

こうやって冷静に見ている自分もいて。

 

昔だったら

パニックになってたろうに

よく冷静に受け止められてるなーって

我ながら思う。

 

自分だけが不幸なんじゃない

てか私は不幸なんかじゃない

自分だけが辛い思いしてるんじゃない

みんな見えないだけで

いろんな歴史があるんだよね

 

壮絶かどうかなんて

他人がジャッジすることで

 

壮絶だからなんだ、ってこともない

まぁ、いろんな意味で

派手な人生には見えるかもね

 

みんないろいろある

自分だけじゃない

死にたいと思ったことがあるかどうかが

壮絶具合を計るものさしでもないし

死にたいと思わなくても

壮絶だった人もいる

 

表現の仕方で

どんなにもドラマチックに

感じられるし

 

そう思ったら

みんなたいしてかわらないんじゃないか

 

見える部分なんて

小指の爪の先の垢程度でさ

 

肉体なんて

それを表現する

道具のひとつでしか

ないのかもしれない

 

今日のライブで久しぶりに聴いた曲

 

”目の前の姿や形だけでなく

過ごしてきた歴史とか

見てきた物語(ストーリー)

胸に眠るいくつもの風景も含めて

今があると思うから

 

こんなにも平凡で

こんなにも普通の日々

私には何もないって君は言うけれど

それは違うよ

君は歩いてきた 与えてきた

守りながら

 

誰かがつけた値段とか価値ではなくて

暮らしてきた歴史とか

生きてきた物語

君はもう僕の一部だと

そんな風に思うから

 

こんなにも平凡で

こんなにも普通の日々

私には何もないって君は言うけれど

それは違うよ

鏡の中には映らないものを

君は持ってるんだよ”

 

自分に余裕がないと

つい見えてるものと

自分の価値観だけで

なんだかんだジャッジしてしまう

 

それって窮屈だよなぁ・・・

 

なんて考えてるときだったから

タイムリーでした。

 

他にも色々思ったけど

既に長いからこのへんにしとくw

 

ざっとスクロールしただけでも

クソ長いな💦

 

いつも読んでくれてありがとうね。

感謝。

 

 

ちな、さっきの曲はコレ。