●氷川清話 @勝海舟 編)江藤淳・松浦玲 | ★50歳からの勉強道~読書録★

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本は友達。一冊一冊を大切に記憶に留めておきたい。

氷川清話は勝海舟が明治25年以降に
喋った談話集。
すでに70歳を超え、赤坂氷川の自宅で
記者を相手に、江戸弁が冴え渡る。



前書き、後書きに入念に語られているのが、既に世に出回っている氷川清話が、
吉本襄(のぼる)による捏造、書き換えの
“インチキ”であること。



当時リアルタイムで日清戦争を批判したり
現職内閣を名指ししたり、
海舟先生言いたい放題だったため、
超マイルドに改竄してあったのだ。




今回の編者は、これに大変な憤りを持ち
全てを洗い直し、原談話を再現している。






勝海舟は1823年(文政6)生まれ。


日本海軍の創設者で、咸臨丸艦長として
太平洋横断したのが1860年。
そして西郷隆盛と江戸無血開城を行う。




という、維新の大功労者だけに、
現職内閣なんて、みな小僧!
伊藤博文などめちゃめちゃディスられる。



とにもかくにも、海舟先生が絶賛するのは
ひたすらに西郷隆盛。


   「維新志士のうち、伝記として存すべき
     価値あるはただ西郷南洲一人だ」




そして、維新で江戸の市民が無事だったのは西郷の力、その後を引き受け
繁盛の基を開いたのは大久保の功。


     「この二人のことを、われわれは
       決して忘れてはならない。」と。


海舟先生、いーこと言うじゃないの。(^^)v



「西郷吉之助(隆盛)書」   と書いてある。





かく言う海舟先生、自分も豪傑の一人だ、
とか、オレもなかなかたいしたもんだ、
とかうそぶきつつ自画自賛    (^。^)y-~




確かに外交交渉となると、勝が出ていって
いつも一人でカタをつける。



狙撃されたことも一度や二度でなし、
命を張って憎まれ役をこなした実績は
凄味がかって説得力ありすぎ。


坂本龍馬だって、勝を斬りに行って・・・
弟子になっちゃったんだ。( ・◇・)?




    「三国干渉くらい朝飯前!」とは
へへ~!  恐れ入谷の鬼子母神!



1860年サンフランシスコ停泊中の咸臨丸

(1960年発行
日米修好通商条約百周年記念切手)





興味深かったのは、経済と中国に関する
話がたくさんあったこと。




支那は国家じゃない、人民の社会だ。

経済上の戦争にかけては、とても
支那人に及ばない、おれはひそかに
心配するよ、、って。。仰せの通り。




その他話題は多岐に渡る。


滝澤馬琴を称賛し、北条氏を誉め、
西行、芭蕉、宮本武蔵、島津斉彬、

さらに横浜富貴楼のおくら、新門の辰、
薬罐の八、八百屋の松、松源の婆まで
誉めてるゾ。   江戸っ子だね~




この侠気ときっぷの良さが
勝 安房守 海舟の身上。



  「要するに処世の秘訣は誠の一字だ。」



1899年(明治32)1月19日没   77歳。

最期の言葉は    「コレデオシマイ。」      


さすが親分、粋だね~(*^3^)/~☆






いっぱい咲いたわ~