●翔ぶが如く(6ー10) @司馬遼太郎 | ★50歳からの勉強道~読書録★

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本は友達。一冊一冊を大切に記憶に留めておきたい。

翔ぶが如く後半編は
「そうだったのか!西南戦争」
薩摩隼人の男気に圧倒される。



西南戦争は明治10年2月に始まり、
9月24日、鹿児島県城山で終結する。
少ない兵と少ない武器弾薬で半年以上
抵抗しぬいたのは驚きだ。




そもそもは新政府に反感を持つ薩摩藩士が
西郷隆盛を擁して挙兵!



てわけなんだけど、



直接のターゲットは内務卿大久保利通と
警視庁大警視・川路利良(かわじとしなが)
という薩摩人。



つまりは薩摩人同士の喧嘩なんである!




警察トップである川路利良が、西郷に
対して刺客を放ち・・・(たぶん)
反発する若者が暴発、
いよいよ収拾がつかなくなったんだ。







西郷自身は征韓論で下野した
明治6年10月以来、鹿児島の山奥で
人目を避けている。



不平分子を抑え、強い薩摩兵を来るべき
対ロシア戦争に使おうと思っていたらしいんだけど、、、




   「自分はこの体をさしあげますから
      あとはよいようにしてくだされ。」



と、ついに自分を投げ出した。  (/--)/





そして驚くべきことに、
鹿児島→熊本→宮崎→鹿児島と移動する
長い戦闘中、人目に触れぬよう
箱入り娘のように匿われ
戦闘に加わったこと、一度もなかった。



 



全ての指揮をとったのは桐野利秋。
幕末、人切り半次郎と異名をとった
陽気で颯爽たる快男児。
フロックコートとシルクハットで戦場へ!
だが、戦略なんてまるでナシ!




策などいらぬ!とにかく強すぎる薩摩兵。
猿叫一刀!示現流の斬り込み隊の
余りの恐ろしさに政府軍は震え上がる。




最後は城山に籠った300人の薩摩兵を
なんと 7万の兵で取り囲んだ。
猛獣の捕獲を命じられた区役所職員
みたいだ。



この終息をもって維新後の内乱は終わり
内務省による官僚政治が確立する。

小林栄濯「鹿児島新報田原坂激戦之図」






西郷という人は、よくよく特殊な人で、
薩摩ではほぼ神様・・・



そればかりか実は、
敵である政府軍大将、山県有朋(長州)と
川村純義(薩摩)も、西郷の大の信奉者。



なんとかうまく逃げてくれないものか、、とゆるゆる攻撃し、最後には
申し訳ないけど自決して下さい・・・みたいな手紙を山県は送っている。



豊前中津隊の増田栄太郎は途中から参加、
薩摩人同士の私闘に関係もなく
国に帰っても良かったはずなのに、、



   「一日先生に接すれば一日の愛生ず
     三日先生に接すれば三日の愛生ず
     親愛日に加わり、去るべくもあらず。
     今は善も悪も死生を共にせんのみ」



この人物に接してしまうと、魅了され
どう仕様もない、ということらしい。







反対に、嫌われまくった大久保利通は
翌明治11年5月14日、報復のため
紀尾井坂で暗殺される。



犯人の島田一郎らは、暗殺予告をした。
なのに大久保は護衛をつけなかった。
この人もまた、静かではあるが
決然とした薩摩人であるようだ。




どんな死地にあっても淡々とユーモアを
湛え、諦めない。
卑怯を憎み、粘り強く、潔い。



とにかく強すぎる薩摩人。
あら、これって理想の男性像?(#^.^#)





ウチの百合子さん(^з^)-☆



おまけ。