★50歳からの勉強道~読書録★

★50歳からの勉強道~読書録★

本は友達。一冊一冊を大切に記憶に留めておきたい。


明日死ぬかのように生きよ

永遠に生きるかのように学べ

テーマ:
宮沢賢治=童話作家・・と思っていた私、
ごめんなさい。
ギャグ漫画家か~?  なんて言って
このばかちんがーっ!    ('ε'*)


賢治は日本を代表する作家になったけれど
むしろ科学者、農学者、教師、が本業で

◆岩手の農村に理想社会を築くため
◆花巻の若者に希望を持たせるため

科学+労働+芸術+文化の力で農村を救う!!
と本気で考え、一人孤軍奮闘した
稀有な、真に稀有な、改革者であった。




この本は、賢治が5年間勤務した
花巻農学校時代に書かれた原稿を集めた物。
ほぼ童話という感じはなく、
等身大の教師宮沢賢治による「心象スケッチ」

後に「風の又三郎」になる風景の
エレメントも含まれている。

「英雄たちの選択」より。





賢治が生きたのは明治から昭和初期。
間の大正15年間というのは、
大正デモクラシー、大正自由主義教育、
大正ロマン、、一時的に徒花が咲くような
特殊な時代だったんだなぁ。


欧米式に、子供の心・自主性を育成しよう!
大正7年に鈴木三重吉が、初めての童話集
「赤い鳥」を創刊し、島崎藤村、北原白秋
など、名だたる作家も童話を発表。
従来の押し付け教育に新風を吹き込む
一大ブームとなったんだ。

22才で家を出奔し、東京に来ていた賢治も
童話を「赤い鳥」に投稿している。





半年後、トランク一杯の童話と共に
岩手に帰ってきたのは、胸の病で
あと15年の命だ、と知ったから。


そして25才で花巻農学校の教師となる。
賢治は盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)
で土壌学、肥料学を修めた
科学者でもあったのだ。

現在の岩手大学農学部で学んだ。





賢治は型破りな教師だった。
後に語り草になる不思議な授業の数々・・・

花巻農学校の職員室にて





教科書は関東中心で、役に立たない!と、
自作の教科書で花巻の土壌を説明し
肥料設計など、高度な専門知識も教える。


クラシックのレコードをかけ、
自作の詩や童話を聴かせ、脚本を書き
生徒と演劇して、心の豊かさを教える。





そして意外なことに、賢治は浮世絵好きで
神田の古本街の浮世絵が高騰するほど
買い漁った有名なコレクターなんだそう。


さらに意外なことに、春画を多く持ち
これを使って生徒に性教育したそうだ。


背景には東北の農村の深刻な荒廃。。
特に、農家の二男三男である生徒たちは
家業を継げず、結婚もできないであろう
貧しく暗い、現実があったんだ。






賢治は生徒を連れて泳ぎに行く北上川を
「イギリス海岸」と名付ける。
海を見たことのない学生たちに
世界は広いことを連想させたかったという。
この本にも「イギリス海岸」という
日記のような作品が収録されている。


この教師時代は、初めてにして唯一の童話集
「注文の多い料理店」も発刊したし、
賢治にとって一番充実した時期だったろう。

泥岩層がドーバー海峡に似ているから。。



大正14年治安維持法が成立すると
学校での自由な活動は制限される。
賢治は花巻の農村改革を実現するため、
教師を辞めて、自ら農民となり、
私塾「羅須地人協会」を立ち上げる。

らすちじん協会   名前のユニークも賢治ぽい



科学の力で農村を救う!
稲作・土壌改良・肥料設計を教え、
トマトチューリップなど、珍しい商品作物を
導入し、副収入の道を開いたばかりか
無償で二千件もの肥料設計まで行った。

手書きの肥料設計書




さらに
「労働と芸術の一致」が、賢治らしい♪
芸術の交流会をし、「農民芸術」と銘打った
精力的な活動を展開し、話題となった。
花巻に農民の理想郷を作る!


「イーハトーヴ」は文学上の想像物じゃなく
実際に田を耕し、額に汗して作り上げる
岩手のリアルドリームランド・・なんだなぁ。

愛用のチェロ。オルガンも弾いた。



現在の花巻農学校でも、全校生徒で
宮沢賢治作詞の精神歌を歌う。

「日は君臨し、我ら光の道を踏む・・」
冷害に苦しむ東北で農業に勤しむ若者に
いつまでも日の光が降り注ぐように。。



*****

からだに刻んでいく勉強が
まもなくぐんぐん強い芽を吹いて
どこまでのびるか分からない

それがこれからの
あたらしい学問のはじまりなんだ

                       詩  「あすこの田はねぇ」  より

                                                      ******



  
 磯田先生は
「宮沢賢治を考えることは一生のテーマ」
「何百年経っても残る人だと予言したい」  と。





テーマ:
初めて聞いた。
宮沢賢治にこんな本があったんだ。
この本では生前未発表の作品の中から
動物や植物が主人公の童話を集めている。


宮沢賢治の真骨頂はユーモアにある。
だから、どれを読んでも面白い。
面白いけど、皮肉、というより赤裸々に
人間社会と、自然の摂理の真実に迫る
ぶっちゃけ童話の数々。

大人が読んだら面白いけど、
子供はどうなんだろうね~~?





てゆうか、未発表だけあって
勢いで書いたー!っぱなし感満載。
きっと賢治さんは、発表するなら
もっともっと推敲したかったんじゃあ
ないだろうか。


宮沢賢治自身を知りたい、研究したい
大人や、高校生辺りが読むには
貴重な作品なんだろう。
いやとにかく、斬新!!





冒頭の「蜘蛛となめくじと狸」では
最初の1ページ目に、

「けれどもとにかく三人とも死にました」

ときたもんだ。   超斬新童話DEATH!
で、三人の伝記を調べましょう、、と。

。。。で、始まったなめくじの話は、
かたつむりを騙して食べる、
とかげを騙して溶かして食べる
でも、へびに騙されて食べられる、

狸は兎を騙して食べる、
「ああ騙された、お前の腹の中は真っ黒だ」
「うるさい、早く消化しろ」

と、ぜーんぶ食べ、食べられるオンリー。

狸が食べながら唱える山猫大明神の
「なまねこ、なまねこ・・」って念猫(ねんねこ)
は面白かったけど。
これは賢治が嫌う、エセ宗教家だ。





「ツェねずみ」は「床下街道」を歩いていて
金米糖を見つけるが、
蟻の兵隊が「四重の非常線」を張っている。

あまりにも性格が悪いので皆に嫌われ
「ばけつやほうきと交際」を始める。

タねずみは「ねずみ競争新聞」を読んでる。
「オキナワレットウにハッセイした
テイキアツは次第にホクホクセイに、、」




あちこちに、ぷぷ。。となる小ネタ満載
なんだけど、笑ってられないのよ。。
結局はツェねずみもフゥねずみも、
えー!?   (*_*)   (*_*)   という衝撃の運命。。。


「クンねずみ」  はブンレツ者によりて
みんなの前にて暗殺すべし (*_*)  と
逮捕されるが、猫大将に助けられ
4匹の子猫たちの家庭教師を頼まれる。
「決して先生を食べてはいかんぞ。」

でも、勉強に飽きてくるとね、、
ねずみの手足は4本、子猫は4匹、、
、、、、ああ、もう書けない。。(*_*)


宮沢賢治というよりは
どうも赤塚不二夫が思い浮かぶのだ。

まさかと思うが、ほぼこんなノリ。
ゲラゲラギャグ漫画家・宮沢賢治?





「茨海小学校」は(たぶん)賢治自身が
山の中で狐の学校に迷いこむ。


一年担任は武井甲吉(キツネ)
二年担任、武池清二郎(キツネ)
いたずらをした生徒は武田金一郎(キツネ)


授業は護身、食品科学、狩猟。
最新の「わな」や、鶏肉と油揚げの栄養成分
などを、学んでいるのだ。





黒板には
「最高の偽(うそ)は正直なり」  と書いてある

この格言は 
「正直は最良の方便なり」   とも云われます。

なんか深いでしょ。

狐の生徒はキチンと手を膝におき、
耳を尖らせて授業を聞いている。
なんと賢い、キツネの世界。




◆一番への競争
◆他人を押し退ける
◆大きいものが立派
という価値観を
生涯をかけて嫌がった宮沢賢治。


「ひのきとひなげし」で、
ひなげしは美容術を受けるために
悪魔とアヘンの取引きまでしてる。(*_*)


良い子は読まないでね。なんつって。
大人は読んだ方が良いかもね。
私は頗る、気に入った。(=^ェ^=)




テーマ:
浜松城は広~い「浜松城公園」として
市街地にあり、隣は市役所。
市民の憩いの場らしい。素敵ねー。



築城は古いんだなー。
15世紀の曳馬城が前身で、家康が1570年に
入城して「浜松城」となった。

石垣は見事な野面積みで有名。


歴代城主が出世する「出世城」ともいう。



入口の巨石は「鏡石」。両側にある。



地下には命綱の井戸がある。
「センゴク」の宮下英樹さんによる
「三方ヶ原の戦い」の油絵が展示されていた。

「三方ヶ原の戦い」は武田信玄が浜松城を
無視して進軍する陽動作戦にハマり、
打って出てやられた。。。が、その後の
「空城の計」で討手を欺き、難を逃れた。


命からがら脱出した後の「しかみ像」も
展示されている。ここが現場だったのかー



浜松城は再建60周年。ご朱印300円も買える。



家康くんと直虎ちゃん推し。
ちょんまげと杖はウナギ。袴はピアノ。
よく見たら家紋はミカンの断面だ~


町のあちこちに家康くんの教訓が。



静岡県にしか無い!という、県民熱愛
炭火焼きハンバーグの「さわやか」に
是非行きたかったのだー。
あちこちに沢山店舗があるけど、
読みにくいシュールなロゴは地元感満載!




連休でめちゃ混み!2時間待ちもザラだけど
各店舗の待ち時間と人数が、
ネットで簡単に確認できちゃう。


神奈川のお隣だけど、お店は全然違うのね。
デニーズもサイゼリアも見ないし、
ブロンコビリーとか~カウボーイ家族とか~
ビッグボーイとか~びっくりドンキーとか~
で、ハンバーグ食べないのかな?静岡人。

「さわやか」圧倒的一人勝ち!恐るべし。

売りはげんこつハンバーグ。
これはおにぎりハンバーグ。
この後、店員さんに半分に切られ、
鉄板上でぎゅうぎゅうされた。牛だけに。
もちろん、大変美味しゅうございました。




ベタ目のお土産くん。うまい棒の餃子♪
うなぎパイミニはナッツ&ハチミツ入りで
予想外の美味しさだった。(#^.^#)


家康くん起きあがりコボシは可愛いなー
起きあがり小法師の創始者である
蒲生氏郷リスペクトを加味して予は満足ぢゃ




テーマ:
久しぶりに、車中一泊のぷち旅行。
夜に出発、東名を一路→→→
今回の目標は豊川稲荷にロックオン!


日本三大稲荷のひとつ・・・と聞いたけど、
実は「三大」って決まってなくて、
各地で我こそは!と争っているらしい。。
神道における稲荷神社の総本宮は
伏見稲荷なのでNo.1は決定なんだけど。

朝一に到着~!いろいろデカイ!広い!
旗がまた、カッコいいんだよー。


秋の空に映える~幟旗





「豊川稲荷」は通称で、
正式には「円福山豊川閣妙厳寺」という。
でっかい鳥居の稲荷神社だけど、
曹洞宗のお寺なのだ。

だけど密教の真言を唱えてお祈りする。
「オンシラバッタニリンソワカ」を七回。
神仏も宗派も習合中。

お稲荷さんだから狛犬でなく狛狐。クール。



色んな所に「豊川吒枳尼眞天」って書いてある。

景雲門




吒枳尼天(だきにてん)はインドのダーキニー。
元々は人肉を食べる悪鬼だけど、
ヒンズー教→インド仏教→密教となり→
空海の真言密教では白狐に乗る天女になった。


豊川稲荷の吒枳尼天は
稲束を担いで宝珠を持ち、白狐に乗ってる。



千本幟


霊狐塚のキツネは半端ない!
千体以上。コンコンコンコンこんこん!



キツネとネコはきっと仲良しなのだ(=^ェ^=)

あちこちにネコ発見! にゃー。


三重塔には黒猫一家が住んでる模様。


こにゃにゃちわ。



門前にはお稲荷屋さん。
元々は田の神→「稲成り」→稲を荷う神の姿。
・・・いなり寿司は米俵なんだね。


これと、、


これ、食べたいけど早朝なので開いてない~
(/_;)/~~


商店街中、このキツネが置いてあるのだ。




古来の穀物の神である稲荷信仰と
神道の神社が一緒になり、仏教も習合。
空海の密教だけど、道元の曹洞宗でもあり、
キツネとネコも大集合の豊川稲荷。

日本らしくもあり、名古屋っぽくもあり。。
つけナポリタン食べて帰りたい。





****

なぜキツネの好物が油揚げか?、、調べたら
・・実はネズミの天ぷらの代用品だった!

昔話にもあり、実際、餌に使ってたみたい。
でも仏教は殺生を禁じているので、
豆腐を揚げた油揚げになったそうな。
おわー。なんかヤなこと知ってしまった。。。




テーマ:
タイトルは「セロ弾きのゴーシュ」だけど、
実はおまけ的に収録されている。


編者の小倉豊文さんは、
賢治自身の意志によって公表された作品を
最も重要視するべきだ、と
宮沢賢治が出版した唯一の童話集である
●注文の多い料理店の文庫化に続き
その他の短編10篇をこの本に収めた。
以上が賢治が発表した童話の全てになる。


だけど、「セロ弾きのゴーシュ」については
死の直前まで病床で推敲を重ねており、
発表作品に準じての収録となった。






賢治自身のメモ書きによると
「銀河鉄道の夜」   「ポラーノの広場」
「風の又三郎」  「グスコーブドリの伝記」
「少年小説」に分類していて、
思い入れのある作品であることが窺える。


「風の又三郎」に「風野又三郎」という
前駆作があったように
「グスコーブドリの伝記」にも
「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
という未定稿の前駆作があり、途中にも
「ペンネンノデルはいまはいないよ
太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ」なる
同じ骨子の簡単な覚え書きが存在する。


つまり、一つの物語を完成するまでに
名前を変えたり、場面を変えたり、
10年がかりで大幅に推敲を重ねているんだ。

アニメ化もされてるし、
2012年には登場人物を猫にして
アニメ映画になっていた!




宮沢賢治が絵が上手かったら
漫画家だったかもな~。。なんて思う。


「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」の
体がまっ二つに分れパランチャンとなり
またバタッと一つになってゲラゲラ笑って
起き上がる、、みたいな描写は
まるでギャグマンガのノリ。
アニメ化は結構あるけど、
「マンガ宮沢賢治」も見てみたいなぁ。

「猫の事務所」      賢治作品は
ネコとキツネ多め。趣味が合うわぁ(=^ェ^=)




賢治は特に、音の響きや名前にこだわりが
あって、それが独特の魅力でもある。
教科書にあった「やまなし」
「クラムボンは笑ったよ」
「クラムボンはかぷかぷ笑ったよ」・・・って
なんか覚えてるもんね。意味解んないけど。

「クラムボン」「かぷかぷ」という語感には
確かにふわふわでポコポコの手触りがある。
そういう感じ方で良いのかも。





私が一番好きだったのは最初の「雪渡り」
これは記念すべき最初の発表作品であり
稿料を得た、唯一の作品なのだ。


キツネさんの世界と、子供たちの世界が
何故か違和感なく融合しちゃう
ホッコリさがシアワセなのだ。
イーハトーヴ童話の代表作であり、
「キツネノゲントウ」という紙芝居としても
親しまれている。






賢治は大正10年に法華経信仰のために
家出すると、
大乗仏教の真意を文芸によって普及せん、
と猛烈なスピードで童話を書き、
半年後にトランク一杯になる。


でも花巻農学校勤務を経て、農作業~
炭酸石灰の加工研究などするようになり、
晩年は病気もあって、新作は書かず
加筆、推敲に力を費したそうだ。


解説の小倉さんいわく、宮沢賢治は
「宇宙的に博大深遠な宗教的感情の所有者」

「セロ弾きのゴーシュ」は自画像でもあり、
「宗教臭くない宗教童話」の傑作だ、と。

高畑勲監督が映画化していた。
1982年自主製作作品。




テーマ:
「風の又三郎」は、賢治の生前には
雑誌掲載が実現せず、死の翌年発表となる。


ちょっと不思議な転校生、高田三郎くんが
全校生徒 20人、先生1人という
山の小さな小学校にやって来て
平穏だった子供たちの世界がざわついた。


10日余りで風のように去っていった三郎は
きっと、風の精だったに違いない、、
6年生の一郎も、5年生の嘉助もそう思った。
そして、それはちっとも不思議でなく
むしろ自然で楽しいことだった。





解説の作家・池澤夏樹さんによると、
これは普通の童話パターンを逆にしていて、
主人公が旅に出るのではなく、
普通の子供たちの所に
異界から誰かがやってくる。
この物語の主人公は、
一郎や嘉助、耕助ら、里の子供たちなんだ。


そういう民俗学でいう「まれびと」や
(行商人や芸人、僧侶など稀に来る人)
柳田国男らが研究した「山人」などが
宮沢賢治作品には多く描かれる。


里に住めなくなった人、山の仕事の人。
そして自然と人間との間をしなやかにつなぐ
・・・そういうものの存在。。

京セラ美術館の彫刻。中村晋也作





「風の又三郎」には、前駆作である
「風野又三郎」が存在する。
別の文庫本に収録されてるのを読んだら
設定は同じだけど、内容が全く違~う!


「風の又三郎」はちょっと普通じゃないけど
高田三郎くんは、あくまで人間。
でも「風野又三郎」では完全に「風の精」で、
この本の表紙と同じ、透明のマントを羽織り
ガラスの靴を履き、飛んで来る~
北風小僧の寒太郎みたいに。ぴゅー。






そして、又三郎が飛んで行く外国の話や、
集まって台風になる話とかを、沢山話す。
まるで地理や科学の授業をしてるみたい。


と思ったら、実際に賢治から原稿を預かった
松田浩一氏によると、この科学的な説明は
賢治先生が実際に生徒に聞かせた
分かりやすい話と同じものだそうだ。

2016年は生誕120年だった。






「なめとこ山の熊」は、いつも梅原猛先生が
引き合いに出す問題作で、
生きるために他の命を奪わねばならない・・
という究極のテーマ。      これも
「山人」である猟師・小十郎が主人公だ。


生きるための厳しい現実を
シビアかつ凄惨に、ちゃんと描写する反面

熊たちがなんとなく小十郎が好きだったり、

歩く姿を、崖の上で膝を抱えて座りながら
面白そうに見送っていたり、

運悪く小十郎に出くわした熊が
「飛びかかろうか、それともそのまま
射たれてやろうか」、なんて思案したり、、


所々が「そこはかとなく」「ちょっと」面白い。
きっと賢治さん自身、ユーモアと可笑しみに
溢れた人なんだろうなぁ。。と思えるんだ。

「なめとこ山の熊」は大人にも読み応えがある





解説の池澤夏樹さんの言葉がささるなぁ。


童話という言葉を、大人はずいぶん
軽く見ているようだ。
子供そのものを軽く見ているのかもしれない。

一人前になる前の未熟なもの
そういう子供に読ませるための
幼稚な文学が童話だ、と思っている。

しかし、子供は未熟な大人ではない。
大人になる、とは大事なものを失うこと
余計なものを身に付けること。

だから、子供を相手に書かれた童話には
真実の核がなければならない。
大人向けの文学よりも、少しばかり
理想主義に近い思想がなければならない。




テーマ:
ラーマーヤナの発祥は紀元前10世紀に遡り
文字もない時代、口から口へ伝えられ
紀元前4~2世紀に歌物語となり
いつしかバールミキという優れた詩人により
叙事詩として成立する。






素晴らしいことに、それが今でも大人気。
インド人で知らない人は一人もいない!
秋のお祭りには、この劇や踊りが毎日催され
学校も10日間、お休みなんだって。


それどころか、インドネシア、マレーシア、
タイ、ベトナムでも広く愛され、
地方の劇や影絵芝居はみな、この長い歌物語
の一節を主題としてるし、
東南アジアの更紗や装身具、部屋の飾りも
登場人物たちをモチーフにしている。

ラーマーヤナを編纂する詩人のバールミキ





ラーマーヤナとは 、「ラーマの物語」。
「ヤナ」=鏡=物語、という意味だけど
日本の大鏡、増鏡なんかもコレなのか?


ラーマは王様で、神様の生まれ変り。
奥さんになる、やはり元神様のシータは
美しく、気高く、強い意志を持つ女性で
そう・・・ラピュタのシータです!
ラーマーヤナは日本にも影響があったんだ!

ラーマの即位図。妻シータと息子たち




そういえば、ラストでシータが火の中を歩き
怪我しないことで身の潔白を証明する...て
古代中国や日本の神判「くがたち」と同じ。
興味深いルーツが、たくさんあるよー。

ミャンマーの演劇のラータとシータ





内容は悪魔に乗っ取られたランカの島
(セイロン島=今のスリランカ)  を、
神様の生まれ変りであるラーマと猿が
猿軍団を率いて攻撃、解放する。


だからアジアで猿は今でも神様なのかな。
特に猿のハヌマーンは、戦いで顔が焦げ
黒い顔になるんだけど、
今でも実際にいる黒い顔の猿の祖先とされ
「ハヌマーン猿」は、最も位の高いお猿さん。

ハヌマーンがシータにラーマの指輪を見せる




功績により、ラーマから「体育の神」に任命
されたので、今でもインドでは
どの競技会も、体育館も、水泳クラブも、
ハヌマーン猿を徴章にし、守護神とする。
西遊記の孫悟空の先祖かもしれないですね、
、、と著者は仰っている。

珍しい黒い顔は、誇り高き勇気と忠誠の証。



インドネシアの影絵芝居(ワヤン・クリ)の
ハヌマーン






今でもインドとスリランカ(セイロン)の間に
ある岩は、ラーマが海中に掛けた橋の
名残りと言われ、進軍跡とされる場所には
シータ湖、ラーマ川などがたくさん。

タイの演舞



お手伝いのリスだって、ラーマが三回叩いて
怪我を直してあげたので、背中に縞が三本、
ラーマの指の跡なんですよー♪♪♪


ジャワ舞踊のラータとシータ、
弟のラクシマナも英雄だ。




日本で初めて刊行されたのは戦時中。
全六巻、四万八千行の長大な物語を
少年少女に親しみやすく童話風にした。


この本は昭和44年の第三版だけど、
挿絵は当時の駒井哲郎画伯による
オリジナル版木で残っている。素敵ね。






日本では西洋の神話の方が有名だったり
するけれど、、、アジアの一員として
アジアの一番古い、大事な物語を
是非知ってほしい!  と著者は強調する。


こんなに古い物語が口伝でキチンと伝わり
しかも今も活き活き、生きている!
さすがインド、スゴい!


伝説の戦士ラーマ。
ガンジーが死の間際に「ヘー・ラーム」(神よ)
と言ったのは、ラーマのこと。


登場人物たちは、今に至るインドの人々の
良きお手本であり続けているんだ。
素晴らしいなぁ。   (#^.^#)






テーマ:
サンテグジュペリさんはフランス人の
作家だけど、経歴を見るにどっちかゆうと
ゴリゴリのパイロットなんだね。


26才から始めた作家活動では、
「夜間飛行」、「人間の土地」など、
パイロットとしての体験を元にした作品が
人気で、特に童話作家でもない。


1935年に
フランス-ベトナム間最短時間飛行記録に
挑戦中、機体トラブルでサハラ砂漠に
不時着し、この時の体験が
星の王子さまの設定に反映されてるそうだ。






「星の王子さま」の出版は
第二次世界大戦中の1943年。
世界中で読まれ、発行部数1億5000とかの
超ロング大ベストセラー!!


でもご本人は翌年、
フランス空軍の偵察任務で出撃したまま
地中海上空で消息を断ち、
行方不明になってしまう。。
1998年に遺品が発見、残骸の調査が行われ
2000年に発表されたそうだ。

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
愛称サンテックス。きゃ♪普通のおじさん。






一応児童文学、なんだけど、
どうも大人向けに書かれたものらしい。


序文に離れた場所で苦しむ親友に捧げる
となっているのは、ナチスの弾圧を受ける
ユダヤ人の友に宛てたものだというし、
戦争中の厳しい現実があったんだなぁ。

海中から引き揚げられたブレスレット
終戦の1年前、44才で亡くなった。




内容は深い箴言や教訓、
社会に対する皮肉も散りばめられていて
もっとディープな謎解き隊によると
悪いバオバブの木は日独伊、だとか
ビジネスマンの計算は第二次大戦を起こした
国の国民合計だ、とか、あるらしい。


しくじり先生ではオリラジ中田先生が
深い意味を考える見事な解説で
なるほどなー。とは思うけど。。


箱根の星の王子さまミュージアムは
いつもスルーで、まだ行ってない。





子供の時、たくさん童話は読んだけど
良い教訓を学んだ・・なんてあったかなぁ?


♪布団の下のお豆に気づくお姫様しゅごい~
♪人魚姫の一足ごとの痛み、痛い痛すぎる~
♪鳥の心臓近くの特別な一切れ、美味しそ~

みたいな事しか覚えてないけど。σ(^_^;)?



星の王子さまは、今回初めてなので、
大人らしく作者の意図を考えつつ読んだ所、
ちっとも面白くなく、、、結局、
考えるの止めて、もう一度読み直す。。


ふわふわした不思議な世界は
やっぱり魅力的なのかな。
子供のうちに出会いたかったなぁ。。
童話は子供のうちに、読むべし。
てか、子供にたくさん童話読ませるべし!


こんな可愛い挿絵も
サンテグジュペリさんの自筆なんだって。





童話の主役が子供なのは
自分がその子に成り変わるためで、
悲しくなったり、勇気を出したり、

ヘビがしゃべればヘビになり、
お花にも、キツネにもなって、
物語の中に入りこむ。


そしたらきっと、
子供の心には何か残るんだろう
教訓じゃなくても。
「大切なものは目に見えないんだよ」
とキツネさんも言ってるぉ。





テーマ:
今、朝ドラで、すずめちゃんと律クンが
「そよかぜの扇風機」を作ってるけど
本書の著者、理学博士の佐治晴夫先生は
実際に「ゆらぎ扇風機」を開発したお方。


ドラマのモデルになってるか知らないが
これは「1/f ゆらぎ扇風機」として
パナソニックから販売されている。


理想的な風でも、全く変化無く一定に
吹き続けたら、人は気持ち良いと感じない。
そのポイントが自然の「ゆらぎ」で、
「予測のつかない微妙な動き」なのだ。
かといってデタラメではなく、「1/f」
=振動数frequencyに反比例。


この「ゆらぎ」から宇宙は誕生し、
銀河も星も、地球も私ら生命体も生まれた。
扇風機どころか、根源的な「宇宙原理」なのだ





こんな難しい宇宙創造や
カオス、不確定性原理、フラクタルなど
次々説明してくれるこの本は、
「1月のおはなし」から「12月のおはなし」まで
必ず、金子みすゞさんの詩と
季節のお花なんかの雑談から始まる。


金子みすゞさんは大正時代の天才童謡詩人
で、26才の若さで星になってしまった
けれど、、、日常の何気ない風景の中に
宇宙と人間のあるべき姿、自然の摂理を
写し取る感性・・・佐治博士が大好きな人だ。

金子みすゞさん。
「こだまでしょうか」のCMで有名になった。




そんな佐治博士の口調も常に優しくて、

雲は太陽の子供なんです♪
雲があるから、私達は生きられるのですよ♪

★私たちはみんな、星のかけらなんですよ★

なーんて、楽しく解りやすい解説には
枕草子や万葉集、方丈記、芭蕉、宮沢賢治
ハイドンやブラームス、ゴーギャンやら
老子も、般若心経も出てくる。博識だなぁ。


佐治晴夫博士。ゆらぎ扇風機開発のお一人。



★宇宙150億年の時間を1時間に縮めると
私達の一生は0.1秒にすぎません。
その一瞬に宇宙の全てを生きているのです。
受精後32日目の胎児にはエラの面影があり
34日目で両生類の顔になる。
38日目に肺で呼吸ができるようになり、
40日目にヒトらしい姿になります。

地球が一億年かけてやったことを
8日間で駆け抜けるのです。
みなさんに魚の頃の記憶はありますか?


★人間が知恵を持つようになってからの時間
も、宇宙年齢と比較すればほんの一瞬です。
世界各地の神話がよく似ているのは、
ヒトの DNAに深く刻み込まれた
宇宙創生以来の記憶なのかもしれません。


1/f ゆらぎの代表例。
そよ風のパワースペクトル



やっぱり自然科学と宗教って一体なのか。
私達の体の原子は星や宇宙と同じです、、
ってことは、密教の大日如来の説明と
全く一致しちゃうし、
金剛界曼荼羅は、有限に無限を閉じ込めた
フラクタルです、と先生も仰っている。
さすが空海。密教しゅごい~。


永遠にパターンが繰り返されるフラクタル。
木の枝のY字の繰返しや、川の分岐模様、
血管や神経の網目模様、霜柱や
台風や銀河の渦巻きも・・・
フラクタルは宇宙を支配している。







さて、今までの物理学は、
宇宙はどうなっているのか?【How?】
という問いに答えを探してきた。
ところが視点を変えた大問題が【 Why? 】  
これは新しいぞっ!  (*_*)


引力は何故そのような仕方で作用するか?
重力の大きさや光の速度は何故この値か?
どれもこれも、人間が存在できる
限界ギリギリの物理定数なのはなぜか??


これまでは、たまたま地球が出来て、
たまたま環境が整い、偶然人間が出来た・・
という見方が一般的だった。
でも、
ホーキングなどの理論物理学者が提唱する
「人間原理」(anthropic principle)によると、、


な、な、なんと!    人間の知性を生み出す
ために、宇宙はデザインされている!!  


その理論は、、

★宇宙の存在を認識できる「頭脳」が
存在しない場合、宇宙は存在するだろうか。

★例えば、真っ暗でリンゴが見えない時
リンゴはある、と言えるか。
観察者がいて、物は初めて存在するのだ。

★宇宙は宇宙自身が存在するために
その観察者としての人間を創った。


おわー! なんだそれ?  
やっぱり神さまいるのでしゅか?
また眠れないじゃないの。


天からのメッセージに聞き耳をたてる
10m電波干渉計。(野辺山宇宙電波観測所)




はちと神さま

はちはお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土べいのなかに、
土べいは町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神さまのなかに。

そうして、そうして、神さまは、
小ちゃなはちのなかに。


金子みすゞさんの童話集。






テーマ:
宮沢賢治作品の二大ジャンルは詩と童話。


37才で世を去った後、現存する遺稿は
童話など百数十篇、詩など八百余篇
短歌八百数十首、その他の作品数十篇・・・
宮沢賢治集などとして出版され
たーくさん、日本中の人に読まれている。


しかし!
賢治自身が完篇として生前に発表したのは
一冊の詩集と、一冊の童話集、
そして地方新聞や同人誌に掲載した
36篇の詩と10篇の童話。・・・だけなのだ。


つまり、現在流布している全集、童話集は
賢治の意思に関係なく編集されたもの。
これ、結構重要なことらしい。





賢治が、生前に出版した貴重な単行本は
大正13年の、詩集「春と修羅」
そして同年、童話集「注文の多い料理店」


どちらも自費出版、盛岡の小さな印刷屋と
友人と立ち上げた手作り事務所で作成し
しかもほとんど売れなかった、という。

初版本  大正13年刊




賢治の創作活動に影響を与えた二大巨頭は
萩原朔太郎とベートーベンで、
「交響曲」に熱中、「月光」や「運命」に感動する。


「俺もぜひこういうものを書かねばならぬ!!」
という意欲とこだわりが、表れたのが
大正13年の「注文の多い料理店」  初版本。


紫紺の厚表紙に金文字の装丁、油絵の装画、
中身は全てコットンペーパーの豪華仕様、
カットや挿絵にもこだわり抜き、まさに
森の童話の交響曲や~♪、、という逸品に。





しかし!
当時はまだ「お伽話」から「童話」への過渡期。
高額だし、インディーズだし、、全く
理解されず、料理屋の繁盛本と間違われた、
なんて伝説もあるほど、売れてない!


そんな初版本を是非復刻したい!と
熱望する編者が、なるべくなるべく忠実に
文庫化したのがこの本。
美しい装飾は割愛され、再現には程遠いが
雰囲気だけでも味わってほしい、と。






「イーハトヴ」とは・・・賢治自身が書いた
宣伝のための「新刊本案内」によると
賢治の心象中に実在する、
「ドリームランド」としての岩手県。


ここでは   「あらゆることが可能で、
  人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し
  赤い花杯の下を行く蟻と語ることもできる」


そして  「田園の新鮮な産物であり、
馬鹿げていても、難解でも、必ず心の深部に
おいて、万人共通である」   と言い、

「卑怯な成人たちには
畢竟不可解なだけである」と気を吐く場面も。

月夜のでんしんばしら





朔太郎よりベートーベンより、
賢治の人生に大きな影響を与えたのが
19才で出会った島地大等編の
「漢和対訳妙法蓮華経」で、

「驚喜して身が震い戦(おのの)いた」  


童話を書き始めるのは、その4年後。
実家を浄土真宗から日蓮宗に改宗せよ、
と迫り、受け容れられずに家を出たんだ・・


大人は駄目だ。
でも、純真な子供の世界に
「まことの草の種」を蒔こう。


賢治の童話の目的は、かなり明確に
仏教、特に法華経の普及だったんだなぁ。
子供の心に山川草木悉皆成仏、利他行の
芽を育て、幸福な社会を築きたい。

最後の手帳





「これからの宗教は芸術です。
 これからの芸術は宗教です」  と言い
信仰実践の一途に命を燃やした宮沢賢治。
世阿弥の話にも通じるなぁ。


生前全く有名じゃなかった、のは意外だけど
見事に花開いたのは、
やっぱり面白くて、深いから、かな。


賢治さんの意図とは違うだろうが、
「注文の多い料理店」なぞ、
風刺・皮肉がギョッとするほどエグいから
子供より大人に響くんじゃないかなぁ。。

私はこれからもっと読むつもりだけど、
孫にもプレゼントしてみよっかな。(^-^)


父母に宛てた遺書。昭和6年。
肋膜炎などから37才の若さで父母に先立つ。

「ご恩はきっと次の生、又その次の生で
   ご報じいたしたいと、
   それのみを念願したします。」



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