クリニカルリーズニングを考える | Aussie Physio (オーストラリアの理学療法)

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日本で理学療法士として働いた後

オーストラリアでPhysiotherapist (理学療法士)になるために渡豪

そんな日々の中での気づき

今回の記事は結構長いですのでお時間があるときにでも!

 

大学院が始まって約4週間が経過しました。

 

今年はAdvanced Musculoskeletal Science Assessment (AMSA)とAdvanced Physiotherapy Clinics (APC)という科目を1学期目で履修しています。

 

APCでは文字通りクリニックで実際の患者さんの治療・マネジメントをするということになりますが、4月の後半までスタートしないので現在はAMSAのみです。

 

この科目はクリニカルリーズニングから始まり、現在は頸部、腰部の評価を学んでいるところです。

 

カーティン大学の学士で一通り習ったことを復習しながらといった感じなので、今のところは手技的に目新しいことはあまりありませんが、特に面白いなと思ったことはクリニカルリーズニングの授業でした。

 

僕らが患者さんを目の前にして、診断名を出す際に行われる臨床思考過程のことを言いますが、僕が臨床上あまり深く意識せずにやっていた事を再度整理することができましたので 紹介させてもらいます。

 

クリニカルリーズニングの方法にはいくつかありますが、中でもInductive (帰納的)Hypothetic-deductive (推論的) Reasoningというものがとても興味深かったです。もしクリニカルリーズニングに興味のある方は英語ですが、Mark A Jonesnによって書かれたこちらの記事をご覧ください。

 

 

Inductive (帰納的) Reasoning

 

言葉だけ聞くと少しわかりにくいですが、前者のInductive クリニカルリーズニングの場合、今まで見てきた患者さんの中から似たようなストーリーを聞くと、おそらく診断名はこれではないかという推測に達するものを言います。

 

例えば、16歳女性、バスケットボールの練習中に膝が Knee in Toe out で着地。

その瞬間に激しい痛みと、極度の腫脹が膝の周りに出現。この情報を問診の際に得た時点で、Pattern Recognition と呼ばれる以前に見たことがある、もしくはどこかで学習したことがあるというパターンの識別が行われます。この症例でいえば、“ACL外傷”なのではないかと身体的評価を行う前に推測を立てることになります。

 

これは、経験した症例数が増えれば増えるほどパターンの識別が容易になり、問診から推測される診断名を確認・否定するための、身体的(理学療法)評価も必要なものに絞って行うというような流れになります。トップダウン式というような考え方になりますが、こちらの方法では不必要な評価を省くことができるため、時間短縮できますが、もしパターン識別が間違っていた場合に、リーズニングのエラーが起こりやすいといった可能性があります。

 

 

Hypothetic-deductive (推論的) Reasoning

 

こちらは、いわゆるボトムアップ式です。膝に関する様々な評価を行い、それらの結果から統合して診断名が何か考える、という過程になります。先ほどのInductive との違いは、評価をする際により多くの評価項目を網羅するため時間がかかる、多くの評価項目がImpairment として挙げられる場合に、何がその患者さんの主訴に関連していて、何が関連していないのか不明確になる可能性がある、などが挙げられます。

 

経験値の高いフィジオセラピストは、これらのInductiveと Hypothetic-deductiveのリーズニングを、患者さんの状況に合わせて変化させているとのことでした。例えば、先ほどのようなACL損傷のように受傷機転が明確で、何が問題か明確な場合にはInductive リーズニングを行いますが、以前見たことがない、もしくはパターン識別にそぐわないケースでは、リーズニングのエラーを防ぐためにHypothetic-deductiveリーズニングにスイッチすると説明されていました。

 

自分が働き始めたばかりの頃は、診断ミスを起こさないようにHypothetic-deductiveリーズニングを行なっていましたが、症例数を重ねることによってパターンの識別ができるようになり、今では多くのケースでInductive リーズニングを行なっています。

 

 

ただ、自分が疑問に思っていたのはどのようにしてリーズニングのミスが起こってしまうのか。

 

きっと理由はひとつではないのですが、昨日腰痛の治療・マネジメントでも世界的に有名なピーターオサリバンの授業があり、様々な面白い知見を知ることができました。

 

中でも本当にそうだなと思うのは、僕ら医療者が慢性痛などの多くの問題を作り上げてしまっている可能性があるということ。これは、オーストラリアのクリニックで働いていてつくづく思うのですが、患者さんを取り巻く環境にいる人たち(家族、友人、そして僕たち医療者)が患者さんに与える情報がいかに予後を左右し得るのかということを感じています。

 

近年、エビデンスによると基質的な変化(例えば退行性変化や椎間板ヘルニア)などは、痛みとの関連性が低いと報告されてきています(こちらから)。しかし、僕たち医療者が例えば、この関節が硬いから、この筋肉が硬いからこうしなければいけないというような説明を患者さんにしたとします。そして、それらの説明をするために行う身体的評価では、自分の治療手技や診断名の推測に当てはめるための問題点を探します

 

英語では “We find what we look for ”という表現を使ったりしますが、例えば関節のマニピュレーションが得意なセラピストは、脊柱のアライメントのどこがずれていてという評価方法で自分のアプローチする点を探し、筋・筋膜に対してのアプローチではトリガーポイントや高密度化を探し、バイオメカニックスのアプローチでは全身のアライメントの不慮を探し・・・そして、おそらく必ずと言っていいほど僕らは自分らの“予測と見合った問題点”を見つけることができます。

 

勘違いして欲しくないのは、僕はこれらのアプローチを否定しているわけでは全くありません。僕もこれらのアプローチを使います。ただ、僕ら医療者が何かの手技を行うということは、少なからずそういったバイアスがかかってしまう可能性があり、それらのバイアスの元に患者さんに説明をすることが患者さんの状況を複雑化させてしまう可能性があるということです。

 

 

きっと、言ってることがよくわからないと思われるかもしれませんが、つい先日きた僕が担当した患者さんの例を紹介します。

 

 

27歳の男性、2006年(当時16歳)にクリケットの練習中に腰痛が発症しDr受診。MRIにて腰痛椎間板ヘルニアと診断される。当時、痺れや下肢症状はなく、腰痛のみであったが理学療法受診し、改善。時折腰に痛みが出るが、エクササイズなどに支障はなし。

 

2016年10月、ジムでの100kgのベンチプレスをしている際に腰に急激な痛みと違和感を感じた。下肢にも痺れが数日ほど出たが下肢症状改善するも腰痛が改善せずレントゲンにて腰椎分離症が見つかる。

 

その後、カイロプラクティック受診し、2ヶ月で20回の治療を受けるが、治療をする度に症状が悪化し、他のフィジオセラピスト受診。鍼治療、腹筋のコアトレーニング、姿勢の改善、ウェイトトレーニングなどの指導を受けるが痛みが改善せず。最終的にフィジオに6週間完全に休息するように伝えられ、仕事を休むも腰痛に改善は認められず。

 

その後、Neurosurgeon (神経系の外科医)を受診し、MRIを施工。グレード1の腰椎すべり症と診断されるも、手術の適応外であり再度フィジオを受診するようにと言われ、腰椎コルセットを2ヶ月間付けたまま休息することによって痛みが多少和らいだが、まだ改善しないために僕が働いているフィジオクリニックを受診しました。

 

これらのストーリーから察することができるのは、複雑な要因が絡み合って痛みが助長していることが見て取れるかと思います。 まずレントゲンやMRIによって基質的な変化が見つかっていることにより、患者さんの中では自分の腰は脆いものだという考えがあったこと。カイロプラクターによって脊柱のアライメントの不慮によって痛みが起こっていると教育され、フィジオによってコアスタビリティーが必要だと言われ、6週間活動を避けるように教育され、患者さんは神経外科医に手術をしてでも痛みが治るのであればお願いしたいと思っている状況まで追い詰められていました。

 

精神的にも本当に辛い時期だったようで、自分の腰が良くならない状況に鬱や不安になり、さらにそれらの要因が痛みの遅延につながっていました(慢性痛についての記事はこちらからご覧ください)。

 

そのため、僕の役割としては患者さんを徒手的な手技で治療を行うというよりは、しっかりとした問診、身体的評価を行い、今まで患者さんが医療者に説明されてきた評価内容において、“何が患者さんの問題にとって関連があるのか、そして同時に何が関連がないのか”を一緒に探し、それを教育することが重要だと感じました。どうして何が関連がないのかを探すことが重要なのか。それは、きっと様々な問題点が陽性(例として関節が硬いや筋肉が硬い、SLR陽性などなど)として出てしまった場合、さらに患者さんに不安を与える要因となり得るからです。

 

そして問診の中で、患者さんのCore Belief (最も問題の原因となっていると自分が信じていること)を聞くと、腰痛の基質的な問題:分離症による痛みのため、腰を曲げたくない、または何かを持ち上げるのが億劫だということでした。

 

このBeliefを確認することは、おそらく慢性的な痛みを有している患者さんに対して最も重要な部分であると感じています。こちらがどのような素晴らしい手技を提供しようと、どのような説明をしようと、このBeliefが Maladaptive なもの(不適合)である場合、結果が出にくいことが予測されます。

 

先ほども述べましたが、近年のエビデンスにおいて基質的な変化と痛みには関連性が低いと出ています。それらの説明はもちろん大切ですが、この患者さんが実際に経験している痛みの機序がどの要因によって影響されているのか、それらの確認作業として身体的な評価を行っていきました。

 

この状況下では、先ほど述べたInductive とHypothetic-Deductive リーズニングの割合としては、個人的な意見としてはどちらかに偏ることはできないと思います。それは、すでに色々な医療職者を見てきているために、様々な説明をされてきている、その中で全ての評価(Hypothetic-deductiveの方法)を行うことは、さらなる混乱になる可能性もある(ここで難しいのが、先ほど述べた “We find what we look for” という考え方で、自分が得意としている手技を有する人は、その手技に沿ったクリニカルリーズニングを行うためにバイアスのかかった評価を行ってしまう可能性があります。その理由づけを患者さんに説明することによって、患者さんの中では痛みの要因が、またさらに組織的なもの (Tissue Dominant)からきているという考え方になる可能性があります。

 

ここで気づいていただきたいのが、今まで色々な組織的なものからくる説明を受けてきた患者さんにとって、さらにこれが“違う治療手技の考え方による違った組織的なものからくる痛みだ”という説明をすることのリスクを考える必要があります。そういった説明をされた場合に、患者さんの中では“じゃあより良い画像所見でその組織の損傷を見つけることが必要だ。”だったり、“その組織に沿った別の治療が必要だ“というような思考過程になることは、臨床上非常に多く経験します。

 

ここで、例えば痛みが組織的なものからだけではないとしたら。より一層患者さんのBelief というものに負の影響を与える要因となってしまいます。

 

そのため、評価として重要になってくることは、患者さんのBelief である脊椎分離症やすべり症などの画像所見による診断名が、どれほど臨床兆候として実際に患者さんの機能障害や神経的に影響を与えているのかを判断すること、そのことによって患者さんの Beliefによる不安というものを改善することにより、何かしらの改善が認められるのではないかと考えられました。

 

神経系の評価では神経根のレベルに沿った筋力の評価や、腱反射による神経系伝達機能の評価をし、神経系に障害がないことを確認しました。また、これらのことは理学療法適応内なのか、それとも医師などへの紹介状が必要なのかを判断する上でも重要となります。これらの神経系の評価は、下肢症状が出ている場合には重要ですが、今回は下肢症状の訴えはありませんでした。ただ、本人の以前の椎間板ヘルニアや分離症などの Beliefから、本人に再考してもらいたい意味で行いました。

 

神経系のテストにおいて陰性であること、 Motion Palpation Testと呼ばれるテストにおいて腰部の動きを確認したところ患者さんがリラックスした状態では痛みなく腰部の動きを出すことができること、Symptom Provocation Testにおいて若干の痛みはあるものの、同様の痛みが主に筋性の部位より再現されていることなどから、上記の診断名が原因で痛みが助長している可能性が低いことを再度本人に伝えました。

 

また、機能的な問題としてアイロンを5分ほどすると毎回腰部に痛みが生じることから、本人のアイロンをかけている様子を模倣してもらいました。そこで数分立位を保持していると腰部の痛みが再現されました。触診から、浅層の腰部脊柱起立筋に痛みが生じており、骨盤はほぼ正中位でそこから全く骨盤を動かすこと(脊柱起立筋を弛緩させること)ができませんでした。腹部の筋も全く弛緩することができず、どうしてそのようなストラテジーを取っているのか尋ねたところ2006年の椎間板ヘルニア以来10年以上腹部を固めてきていたようでした。当時はそれが腰痛を改善させるために必要な方法であったのかもしれませんが、現在の腰痛に対して効果的ではありませんでした。

 

また、今回の分離症という診断から、より一層腹部の筋を使って固めるというストラテジーが、痛みを慢性化させている一要因となっている可能性が考えられました。上記のようにストレスであったり、睡眠障害などのイエローフラッグと呼ばれるものも考慮しなければなりません。ここでその詳細については書きませんが、慢性痛を有する患者さんに対してのクリニカルリーズニングでは、このように多方面での要因を統合し、それに対する治療・マネジメントが必要とされます。

 

僕もまだまだ学ぶことは沢山ありますが、このような情報が少しでもなんらかの役に立てれば幸いです。長い文章を最後まで読んで頂きありがとうございました。またこちらの大学院で学んだこと、臨床の経験などをシェアさせてもらえればと思います。