氷屋 | Y's Diary

知り合いの女性が若かった頃、たぶん昭和50年代のことだと思う。

彼女は30歳になったばかりの頃で、既に会社を経営していた。一目でわかる高級な洋服やジュエリーを身につけていたと思うし、ビジネスにも女としても自信が漲っていただろうと想像できる。

 

夏の日の夕刻近く、仕事で銀座を訪れた帰りに裏通りを歩いた。街が夜の準備を始める頃、小さな店先で氷を切っている後ろ姿の男性を見た。その姿が勇ましく、また哀愁をおびて見え瞬時に魅かれた。

 

その裏通りに何度か通い、黙ってその人の背中を見続けた。ある日、思い切って彼に話しかけた。

「あの、私とつきあって頂けませんか」と。

 

彼は一瞬振り向き、すぐに元の姿勢に戻った。

「私はあなたのような人にはそぐわない人間です。2度と、声をかけないでください」

 

その強い拒絶の言葉に「思い上がるな」と言われた気がし、胸を衝かれたという。

それっきり、彼女はその裏通りを歩くことはなかった。

 

「夏になり氷が食べたくなるとその人の背中を思い出すの。でも、顔は覚えていないのよ」と笑う。

 

 

従兄弟が小学生の時、彼の父親が長期の入院をし、母親は泊りがけで付き添っていた。昭和40年代のこと、今とは病院事情が大きく異なる。学校の授業が終わって家へ帰っても誰もいない。夜になると祖母が仕事から帰ってくる。それまで、毎日父の弟が軽トラックで学校が終わる頃に迎えに来てくれた。父の弟は氷屋を商売にしていた。

 

夕方近くになると叔父さんは繁華街の飲食店に氷を配達する。従兄弟は叔父さんの軽トラックに同乗して一緒に回った。開いたドアから見える営業前の暗い飲食店の様子は小学生の子供には独特なものに映ったらしい。普段見ない光景に好奇心のようなものが湧いたという。

 

「それが面白かったんだ。今でもあの時の光景が浮かぶよ」と、懐かしそうに語る。

 

叔母は息子が大人になってもずっと気にしていた。

「小学1〜2年の幼い子をずっと親戚に預けていたことが申し訳なくて。本当に可哀想だった」と。

 

ところが、本人にはかけがえのない想い出になっているのである。