亡くなった従兄弟の携帯電話の中に、親戚の名前と連なり、ひとりだけ知らない人の名前が登録されていた。それ以外は、生前にすべて消去したようである。故人の弟がその女性に電話をしたら、彼女は故人が長い年月おつきあいしていた人だった。
彼女は遠方に住んでおり、そこはかつて故人が長く住んだところ。数年前に父親が大病をしたのをきっかけに彼は故郷へ戻った。父亡き後、定期的に彼女と会っていたようである。
「つきあっている人がいる」と、昨年の秋に会った時に聞いて私は安堵した。長い間故郷を離れていたのだから、既に友人もいなく、寂しいのではないかと思っていたからである。
従兄弟の訃報を知らされたその女性は、電話口で泣き崩れたという。彼女が葬儀に来て下さるとのこと、「遠方から、ありがとうございました」だけで終わらせることは出来ない、と皆で考えた。
もし宜しければ、葬儀のあとに一緒に食事をしませんかと尋ねると、彼女は快諾して下さった。葬儀後、故人との思い出の場所を巡る予定でホテルをとっていたらしい。
亡き従兄弟は、何度か彼女に自分の故郷を案内していたのだ。
その日の夜、彼女とごくわずかな親族とで食事会をした。彼女は驚くほど亡き従兄弟の両親、弟たちのこと、その家族のこと、私のことまで知っていた。故人がこの女性に心を許していたことが伺える。
「ひと目で、アメリカに住んでいた従姉妹の方だとわかりました。憧れのお姉さんだったようです」と言う。
弟のように可愛かった彼が、私のことをそのように話していたとは、とても嬉しく、慰めになる。
彼女のお話から家族の誰も知らない故人のことを知った。また、彼女も故人の子供の頃の話しを興味深く聞いてくれた。もちろん、故人が嫌がるようなこと、誰かが傷つくことはお互いに言っていないはずである。
故人の携帯の中に見つけた知らない人の名前は、今や彼女のフルネームのあとに「兄の彼女」「従兄弟の彼女」と記されて私達の携帯に登録されている。
それにしても、これほど強いメッセージがあるだろうか。親類の名前の中にあった、たったひとりの女性の名前。「何かあったら、この人に連絡して下さい」という故人の強い意思のように思える。
「こういう伝え方があるのか」と、心に響いた出来事だった。