「諦める」という言葉には2つの側面がある。
ひとつは現代でよく使われがちな物事を途中で投げだしたり、断念するという意味。そしてもうひとつは事実を明らかにすること。
後者は『自己受容』に近い側面がある。
自分の良い部分だけでなく、ダメだと思う部分もありのままに認め、許し、受け入れる事だからだ。
逆に自己受容が上手にできない人は「諦めの悪い人」になりがちだ。
なぜなら、自分で出来ない事を受け入れる事ができず、事実から目を背けて誤魔化してしまうからだ。
「諦め」そのものは悪い事ではない。
現代では「諦める」というのが悪い事のように言われるが、それは前者の途中で投げだしたりする意味で使われるケースが多いからだ。
しかし物事を中途半端で終わらせたり、途中で投げだす事が本当に「いけないこと」なのだろうか?
人はそれぞれ違っていて、できる事とできない事がある。
「諦める」とは「物事の真理を明らかにする」事であり、自分にとって必要なモノを見極める事でもある。
心理学では「諦める事」をネガティブには捉えない。
諦める事で肩の荷がおり、ストレスも軽減され、心が癒される事に繋がるケースが多いからだ。
逆に「諦められない」とか「諦めたら駄目」となると、それに縛られ、執着している状態を指す事になる。
何かに執着したままでは次のステップに進めないから生きていく上で、「諦める勇気」は欠かせない。
「諦める」とは「明らめる」である。
「こうじゃなきゃいけない」とか「こうあるべきだ」って、自分の中にある“正しかろう生き方”を課すのをやめて、執着を手放して生きる生き方を選びよう。
背負い込んだ余計なモノをおろし身軽になって、しがみつくのをやめて生きる事だ。
諦めるのは何も悪い意味ではないのだから、前向きに諦めて生きよう。