パリ便り5 本当のアンジェリカを求めてニオールへ | 塚本有紀のおいしいもの大好き!

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フランス料理とお菓子の教室を開いています。おいしいものにまつわる話し、教室での出来事など、たくさんお届けします。
 

2010年10月30日

日本には本当のアンジェリカがないってご存知でしたか?
アンジェリカといえば、ふきの砂糖煮。きれいすぎる緑色で、甘いだけで、何の味もしない・・・。フルーツケーキの色味のためにだけ存在するおいしくもなんともない存在。子供の頃からずっとそう思っていました。だからお菓子を作り続け、それが職業となっても、いっこうに興味は持てませんでした。つきつめれば、それはおいしくないから!

しかし、本当のアンジェリカがないってことは、日本のは「うそもの!」ということに。
どうしても、本物を見たい! そう思い始めるといてもたてもたまりません。そこでとうとうアンジェリカで有名なフランス・ポワトー地方ニオールの街に行ってみることにしました。
アンジェリカというのは調べてみるとセリ科の芳香植物であり、フキはキク科でまったくの別物。辞書には「強い芳香がある」と書かれていて、驚くことにその根は漢方でいう当帰のことなのだとか。
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お菓子屋さんをのぞき込んでみると・・・、アンジェリカ製品が次から次へと目に飛び込んできます。
 まずはマジパンにアンジェリカのコンフィを散らしたセンターに、チョコレートをかけたボンボン。マカロンにギモーヴ、アンジェリカのクリームをはさんだサブレ、そしてヴェリンヌ(グラスデザート)まで! たぶんもっとも味が分かりやすいであろうヴェリンヌをおそるおそる食べてみると・・。
ふーん、これがアンジェリカの味かぁ、へええ。かすかな心地よい苦み。万人にわかりやすい芳香ではないけれど、たしかに漢方に通じるような芳香があるのです。リキュールにも爽快な苦みがあり、ちょっと薬草酒のよう。

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あめ、キャラメル、ガレット、ジャム、リキュール、クリーム、パート・ド・フリュイなどなど。そしてもちろん自家製のアンジェリカそのものも。
こんなに製品があるなんて、ニオールの人たちはよっぽどアンジェリカを愛しているに違いありません。
お店でもらったパンフレットにはポワトーヴァンの沼地(marais Poitevin)近くに生えているものこそが正統とあり、成長には冷涼で湿気が必要、水流の近くに自生するとあります。成長すると1~2m、茎は中空で堅牢。たしかに葉っぱはセリっぽいよう。花はまるでヤツデ(ウコギ科)みたい。
お菓子屋さんのHPにアンジェリカの木がのっています。
www.chocolaterie-angelique-79.com/presentation.htm

昔から糖菓、香料だけでなく、医薬にも使われていたらしく、消化不良、胃炎や腸炎、不眠、リューマチ、潰瘍にまで。消毒、強壮、鎮痛、解毒などなどに。1430年のペストからニオール人を救ったとまで書かれているパンフレットもあり、そもそもアンジェリック(天使の)なんて素敵な名前は、昔蛇の毒を解毒できると信じられていたからだそうです。


ひたすらお菓子屋さんを探しながら、街の中心に向かってみました。常設の市場があり、とくに土曜日だったので屋外にも活気のあるマルシェがたっています。
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生きている「うずら」がケージ入れられ、なんと2.5ユーロ。農家製の鶏もいます。
ニオールに行く前はさんざん「そんな街にいったい何をしに行くのか? 勧めないけど・・」とフランス人に言われましたし、2つあった大きな工場のうち1つが潰れたとかで、勝手にうらぶれた街を想像していましたが、全然違っているよう。


$塚本有紀のおいしいもの大好き!-トゥルトー・フロマジェ

マルシェの中に、ポワトー地方菓子「トゥルトー・フロマジェtourteau fromagé」の専門店を見つけました。これはフロマージュ・ブランを使った軽いチーズケーキですが、300℃くらいのオーヴンに入れて表面を真っ黒に焦がすのが決まり。といっても苦みはなく、中はきめ細かくしっとりでとてもおいしいものです。
今は牛乳のフロマージュ・ブランで作るのが普通ですが、昔は山羊だったのだとか。そんなことを思い出していたら、さすがに専門店、山羊乳製(E3.2)のも発見! 初めての山羊のトゥルトーの味は・・・、やっぱり山羊! 個人的には牛のほうが好きだが、山羊も体験できたことは素晴らしいことです。


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そして次はポワトー地方ヴァンデ県のパン「ブリオッシュ・ヴァンデンヌbrioche vendéenne」ばかり売るお店も発見。
これは通常のブリオッシュよりも糖分が多く、バターが少ない、地方ブリオッシュの一つです。もこもこのブリオッシュが型からはみださんばかりで、おじさん共々魅惑的!
1本は無理なので、1山買って食べてみると、それはそれはふわふわで、甘く優しく、ものすごく軽いのです。伝統的なしっかりバターのブリオッシュは何より素敵ですがが、でもこのヴァンデンヌも捨てがたい魅力です。
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お菓子屋さんに並んでいたクロワッサンには「シャラント・ポワトーのバター(AOP)使用」との誇らしげな札が掲げられていました。
惚れ惚れするくらい端正な佇まい。内相は布を折りたたんだような柔らかさ。温かく黄色く、きちんと甘いのです。噛んだ瞬間のバター香がすばらしくよく、パリで食べるのとは少し違うような気がしなくもないような・・。発酵バターの乳酸発酵の香りは繊細で、日ごとにそして温度変化によってもその風味は変わってしまうから、現地で食べるのはやっぱり違うはず(と思いたいものです)。
これはひとえに原産地保護名称(AOP)のついたシャラント・ポワトーCharantes-Poitou産のバターによるもの。毎年シャラント・ポワトーのバターによるクロワッサンコンテストが、フランス全土にむけて行われています(2010年はようやく4位にパリの「Macaron’s Café(シェフはドミニック・サブロン 77, av du Général Leclerc 75014)」が入ってくるよう)。


さて、本題。パリに戻れば、材料屋さんなどでアンジェリカは普通に手に入りますが、フルーツケーキ以外でやはりあまり使われているのを見たことがありません。甘草(reglisse)やトンカ豆などというものがお菓子の風味として流行っているのですから、そのうちアンジェリカも流行ってもよさそうなものなのに。そうすればニオールの人たちは大喜び!です。
そして最後に本物のアンジェリカのコンフィを食べてみました。
「これって・・・、フキ!?」
製品とは違い、アンジェリカそのものの味は、まごうことなき「フキ」のもの。もちろんもっとはっきり強い芳香だけれど、でも食感といい、風味といいフキなのです。
本当に想定外ですがが、結局のところ何千キロも旅して私が行き着いた結論は・・・。フキをアンジェリカの代用に思いついた最初の日本人はとても偉かった!