巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を
巻1 54 坂門人足(さかとのひとたり)
巨勢山の「つらつら椿」、この椿の木をその名の通り(つらつら)見ながら偲ぼうではないか(椿花咲く巨勢の春野)のありさまを。
701年9月に持統上皇(皇室4人目の女性天皇、703年没)が天武天皇と共に(夫婦で)紀伊の国の「牟婁(むろ)の湯」(白浜温泉)に行幸した時の歌(坂門人足は同行者)。「つらつら椿」は花が連なって咲く椿。「偲ふ」は眼前の物を通して眼前にない物を偲ぶという意味(上代は「しのふ」でしたが中古以降「しのぶ」と濁音化し「忍ぶ」と混同されるようになりました)。秋に訪ねた巨勢山で春に咲く椿を想像している歌。
土地の精霊の加護を受けて旅路の無事を祈る「土地誉(ほ)めの歌」と解釈することもできます。この歌の特徴は「繰り返しのリズム」の良さで、口ずさむと心地よくなります。
「巨勢寺跡」は奈良県御所市古瀬にあります。
この歌の原歌と言われるのが次の歌です。
川の上のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は
巻1 56 春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)