お金を持ちすぎて困ることって何かあるでしょうか。
 
私が一番に思いついたことと言えば、家族が誘拐されて身代金を要求されるとか、強盗に合うとかの可能性が高まることですが、海外に比べて日本は治安が良く、困るほどのお金持ちならセコムもボディーガードもつけ放題でしょうから、極端に危険が増すことはない気がします。
 
しかし「困り事」というのは、なった本人にしか分からないところが多く、私は富豪になったことが無いので庶民が想像できる範囲の困り事しか思いつきません。
 
 
人からしたら一見、「それの何が困り事なの、とても幸せなことでしょう」と思われるようなことが、実は本人にとっては非常に苦しい悩みの種になっているということがあります。
 
「金を持ちすぎることで起こる悩み」が未経験の私には想像できないように、「一見幸せそうに見える」ことによる悩みは人に理解が得られにくいのです。
 
 
私の子は産まれてすぐからよく乳を飲み、卒乳後は好き嫌い無く何でもよく食べる子でした。男の子でしたが熱も出さず、文字通りすくすくと成長しました。
 
食べないお子さんを持つ母親の悩みは非常に深いもので、乳の飲みの悪さや偏食に悩みノイローゼになる方もいらっしゃいます。私はそのような、体重が増えない、発育が遅い、などという心配とは無縁の育児をしてきました。
 
 
 
ここだけ聞くと食に関しては一見何の困り事もなく過ごしていたように見えますが、実は私も私なりに、幼い頃の息子の食について深い悩みを抱えていました。
それは息子がよく食べること、言い換えれば何でも「食べすぎてしまう」ことに起因します。
 
まず私は料理が嫌いという大前提があり、また乳幼児期は一日五回の食事タイムがあります。
具体的には朝食、午前のおやつ(補食)、昼食、午後のおやつ、夕食です。世の母親は子を産んで初めて「育児の正体とは料理であった」ということを思い知ります。
 
これはどの母親もが通る道ですが、それをふまえて私は何が辛かったかと言うと、ただでさえ大変な幼児食作りが、これを大食漢の息子は作るはしからどんどん食べていくので、作っても作っても作っても作っても足りないのです。
作り置きや冷凍技の活用など、思い当たることは全てしましたがそれでも間に合いませんでした。
 
私の毎日は、朝5時に聞こえる息子の「まんま〜」という呼びかけで始まりました。「まんま!まんま!まんま!」つまり、飯をくれ!という叫びを聞きながら朝食を準備するのが毎朝の日課でした。食べさせて片付けて少し遊んだらもう10時、今度は午前のおやつの時間です。
 
たとえば、息子の午前のおやつはふかしたニンジン丸々一本が定番でした。ついには切って食べさせることすら疲れてしまい、子はそれをバナナのようにつかみかじって食べていき、一本食べ終わってもまだくれと言いました。
 
これ以上やってもいいのか素人には判断がつかず、しかし息子の肉体的欲求を信じて無糖ヨーグルトやふかし芋、おやきなんかをやるのですが、それを食べた2時間後の昼食ではまた平気で大人量のうどんを食べたりします。
 
 
もしかすると満腹中枢が鈍いタイプの子という可能性もあり、息子の食事の適正量を探して試行錯誤の日々でした。
ニンジンを食べすぎて足の裏が黄色くなり、野菜ジュース飲んでる?と小児科で指摘され、ニンジンに代わる甘い野菜は何があるかと探してみたりもしました。
 
これだけ食べる息子に市販の甘いお菓子など与えては大変なことになると思い、私は子が幼稚園に入るまで、自宅での市販のおやつは徹底的に排除しました。野菜、果物、おにぎり、私は料理を作り続け、それを息子は食べ続けました。
 
素人の考える食事バランスです。大人のような量を食べる息子が太りやしないかと不安で、身長体重を測ってはカウプ指数を計算し一喜一憂していました。
それはまさしく、食べない子を持つ母親が、その体重を見ては一喜一憂する姿と全く同じでした。
人間の肥満細胞の量は3歳までに決まるという話を聞いたことがあったので、息子は将来太るのだろうかと途方にくれ、毎日毎日何を食べさせようかと悩んでいました。
 
 
そういう裏事情を人は知らないために、何でもよく食べて育てやすい子、という括りに息子はおさめられます。
そして恐らく実際に、「食べない子」の親御さんに比べればやはり悩みのレベルとしては低かったかもしれず、よく食べる子にだって悩みはあるのだということを吐き出す機会はあまりありませんでした。
 
 
 
ある時友人から、同じく育児についての困り事を聞いたことがありました。その友人の子は利発で、小さい頃から絵本が大好きでした。
それを友人は、毎日毎日何冊も子が本を持ってきては読んでくれとねだるので困っているのだと言いました。
 
スマホよりも絵本、なんと理想的な育児か、悩むなんてとんでもない!と一見そのようにも見えますが、実態としては朝から晩までの本読めコール、家事があるから読めないでいると、本を読んでくれるまで子が泣き続ける声を聞く羽目になるストレス、それは本当に苦しい日々だろうと、息子の「まんまコール」と重なり私は友人に心から同情しました。
 
 
一見好ましい状態に見えても実はそうでもないということは多々あります。
皆それぞれに悩んでいる、というのは当たり前のことなのに、人の悩み事を聞くと「なんだそのくらい、私のほうが」と思ってしまうのはなぜでしょうか。
 
私は我が子の食で悩んだ経験をしたことで、「悩みは人それぞれ」という事実を本質的なところで理解できるようになりまた。子が親を育てるというのは真実であったと思います。
 
「本読みしすぎるなんてまだマシじゃん、読まないことの方が大変でしょ」
「食べすぎるなんてまだマシじゃん、食べてくれない方が大変でしょ」
ついそのように思ってしまうのは仕方のないことですが、もしその悩みが理解できなければ、否定などせずに黙っていればいいのです。そうか、そんな気持ちになるんだねと、自分には分からなくても相手の悩みを「悩み」として認めてあげるだけで、打ち明けた側は随分と救われます。
 
 
 

 

 
  

 

 

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