「敵」
を観てきました。Fan’s Voiceさんの〈監督Q&A付き〉試写会が当たり観せていただきました。(@fansvoicejp)
ストーリーは、
渡辺儀助、77歳。
大学教授の職を辞して10年。妻には先立たれ、祖父の代から続く日本家屋に暮らしている。子供も無く、毎朝決まつた時間に起きて、一人で料理をつくり、晩酌を楽しむのが日課だ。多くの友人たちとは疎遠になったが、気の置けない僅かな友人と酒を飲み交わし、時には教え子を招いてディナーを振る舞う。
預貯金が後何年持つか、すなわち自身が後何年生きられるかを計算しながら、来るべき日に向かって日常は完璧に平和に過ぎていく。変わることが無い日常だ。既に遺言書も書いてあるし、もうやり残したことはない。
だがそんなある日、パソコンの画面に「敵がやって来る」と不穏なメッセージが流れてくる。「敵とは?」と思いながらも迷惑メールだと消していたのだが、頻繁に届くようになり気になり始める。同じ頃ご近所トラブルも起き、何か不穏な空気を感じ始める。自分の周りで何かが起きていると思い、遺言書を書き直すのだが。後は、映画を観てくださいね。
この映画、東京国際映画祭2024で観て、とても面白かったのでぜひもう一度観たいと思い、試写会で観せていただきました。映画祭で観た時は原作未読で観たので、今度こそ原作を読んでから行こうと思い、直ぐに筒井先生の原作を購入して読みました。
原作を読んでわかったのですが、思っていたよりも原作に忠実に映画が作ってあるので驚きました。老人の日常を描いているだけなのに、映像にするとこんなに面白いのかと思うほど、不思議と興味を惹かれる内容になっているんです。筒井先生の原作なので、文章の中に遊びが潜ませてあるのですが、それも見事に映像に落とし込めていたような気がしました。モノクロの画面、長塚さん演じる儀助、古い日本家屋という3つの要素がとてもしっくりと絡まり、奇跡のような映画になったのかなと思いました。
原作だと、妻が「軀軀軀軀軀」と笑ったとか、「曾呂曾呂庭を綺麗に…」とか、面白い漢字の使い方が沢山してあり、それが不安と怖さを醸し出していて、その不安と怖さが映画の映像にも表れているんです。絶妙な組み合わせだからと思いました。儀助はとても丁寧な生活をしていて言葉も丁寧なんだけど、不安を人一倍抱えていながら決して表面に表さないんです。その抑えつけた感じと、古い日本家屋の暗さ、そして映像のモノクロが原作の怖さを表現しているのかなと思いました。
どんな人間でもそうだけど、ちょっとしたことが心に引っかかっていたりするでしょ。会話の時に言いすぎちゃったり、席を変わってあげられなかったり、ごみを拾わなかったり、ほんの些細なことなんだけど、何故か引っかかっていて思い出したりすると、それが後悔になり不安に繋がっていくんです。儀助は神経質っぽいので色々な事が気になったんじゃないかな。
儀助は大学教授という肩書で生きてきた人で、その肩書が無くなって既に18年経ち、妻も亡くなり、自分をちやほやしてくれていた人間がどんどん減っていき、不安が大きくなっていったんだと思います。筒井先生がおっしゃっていたそうなのですが、認知症とか痴呆症というのとは儀助は違うそうなんです。確かに映画でもそう描かれていました。日常の事は出来るし何の問題も無いんだけど、年齢はとっていくし、自分の不安な想像が大きくなってしまうということなんです。
前回観た時の感想で日本版「ファーザー」っぽいと書きました。儀助の妄想や想像の中で話が動いていくのは似ていますが、それは認知症だからではなく、通常の生活の中でもしかしてという不安が大きくなり、もしそうなったらどうしようという想いから色々な空想の世界が展開したのだと思います。ファーザーは認知症のせいで空想世界が広がりますが、儀助は自分の不安から世界が広がるんです。そこは違いますね。
この原作小説、面白いんですよ。儀助の日常がつづられているだけなんですけどね。普通なんだけどとても不安にさせる文章でどこか悲しげで寂しげなんです。それは妻を亡くし、仕事から離れ、一人生き続けることの寂しさだと思うんだけど、その中に楽しさもある。どこか滑稽で”俺まだ生きてるなぁ。”という気持ちも含まれているようで、不安だけど楽しんでいる風もあり、面白いんです。
そんな小説を映画にするのは難しいだろうと思われていたそうですが、こんなにも上手く映像化出来て、筒井先生は喜ばれているそうです。本当に面白く出来ているんですから、先生に認められて良かったです。
儀助役の長塚さん、素晴らしく上手いのですが、この年齢になられてもカッコ良くて素敵だなと思いました。長塚さんだから、この儀助という面倒臭い男の役が出来たのだと思います。元大学教授でフランス文学を教えていて、引退した今もどこか偉そうで人を従えるようなタイプの人間。決して弱い部分を見せず、誰かに頼ることも無く、一人でも全く問題なく生きていけると見せているけど実は不安が一杯で未来が見えない。そんな男の役、簡単には出来ません。素晴らしかったと思いました。
あと、舞台となった日本家屋が良かった。もう80年近く建っている家だとおっしゃっていたかな。古い日本家屋って天井が低くて廊下幅なども狭い上に、この時代の建物は断熱材などが入っていないのでとても寒いんですが、その寒々しさがいいんですよねぇ。
不安をあおるというか、ちょっとのことで家の中で死んじゃいそうな怖さがある。頭をぶつけそうだし、階段は急なので落ちたら死ぬし、耐火ボードではないので火事が出たら全焼してしまいます。いつもこういう日本家屋を見ると、見た目を変えずにリフォームしてあげたいなぁと考えてしまう私でした。せめて断熱材を入れて耐火ボードにしてあげたい。
この儀助の自宅がもう一つの主役かな。この家は映画の中では何世代にも渡って受け継がれてきた家という事で、儀助の祖父の写真なども残っているんです。そんな長い時間の中、家は変わらずそこにあり続ける。
家にとっては未来も過去も無く、家に心があるとしたら「子供だった儀助が老人になったな。」とか思って、家も夢の世界に浸っているかもしれない。そんな家の思いが時間の壁を破り、儀助に未来を見せたり、儀助の甥に過去を見せたりしたのかもしれません。家の夢に取り込まれたのかも。長い時が家に付喪神を宿らせたのかな。
ごめんなさい、あまりにもこの映画で楽しめてしまったので、長くなってしまいました。1度目に観たよりも原作を読んでいたのでより楽しめました。原作は、今、私、持ち歩いています。何度読んでも面白いんです。1話づつが短いので電車などで読むには最適です。
私はこの作品、超!超!お薦めしたいと思います。2度観ても、また観たくなる映画だと思いました。観る度に新しい発見と新しい考えが生まれて、楽しさも倍増するんです。筒井先生のお話だからコメディタッチで面白いんですよね。真面目にやっていてもどこか笑えて楽しめるんです。ぜひ、観に行ってみてください。
ぜひ、楽しんできてくださいね。
「敵」