演劇「ゴドーを待ちながら」を観てきました。 柄本佑さんと柄本時生さんが主演の舞台で、お二人で演じるのは初めてのようでした。
ストーリーは、
『ゴドーを待ちながら』は2幕劇。木が一本立つ田舎の一本道が舞台。
第1幕ではウラディミールとエストラゴンという2人の浮浪者が、ゴドーという人物を待ち続けている。2人はゴドーに会ったことはなく、実りのない会話を交わし続ける。そこにポッツォと従者・ラッキーがやってくる。ラッキーは首にロープを付けられており、市場に売りに行く途中だとポッツォは言う。ポッツォとラッキーが去った後、使者の少年がやってきて、今日は来ないが明日は来る、というゴドーの伝言を告げる。
第2幕においてもウラディミールとエストラゴンがゴドーを待っている。1幕と同様に、ポッツォとラッキーが来るが、ポッツォは盲目になっており、ラッキーは何もしゃべらない。2人が去った後に使者の少年がやってくる。ウラディミールとエストラゴンは自殺を試みるが失敗し、幕になる。
というお話です。
このお話、有名なんですね。何度も舞台化されているようですが、私は、原作も読んだことが無いし、観たのは初めてでした。これ、今作られている沢山の映画とか舞台、小説の元になっていると思います。最近だと”オールユーニードイズキル”、古いと”バタフライエフェクト””月に囚われた男”などなど、他にも、随分あります。

この逃れられない人生を、ゴドー=ゴッド(神)を待つということで描いているんだと思うんです。明日には来るかも、と思いながら、毎日毎日、同じ場所で待っていて、時には、死んでしまおうとか、どこかへ行ってしまおうと話し合いながらも、何も出来ずに、繰り返す毎日を過ごしていくんです。不条理に繰り返される毎日は、まるで牢獄のように、彼らを地上に結び付けている。それって、人間という動物に課せられた、神からの糧であり、罪の償いですよね。アダムとイブが、林檎を食べて、エデンから追い出された時から、神との約束を守らなかった罪を背負って、この地に結び付けられた。逃れられないんです。
もう一つ思ったのは、もしかして、2人の主人公は死んでいて、神が迎えに来るのを待っているって事も有り得るなって思えました。芥川龍之介の”蜘蛛の糸”さながら、天から落ちてくる糸を待っているのかも知れない。あ、これは、私が”鬼灯の冷徹”の読み過ぎかしら。(笑)
とても単純な内容なのですが、だからこそ、演じるのは難しいと思いました。同じ事の繰り返しを、同じ事と思っていないように演じなければならないし、その退屈な毎日を、退屈そうに演じながらも、面白く観せるって、本当に大変ですよね。でも、柄本兄弟、すごく面白かったです。観ていると、どんどん目が離せなくなって行くんです。なんか、自分が自然と前かがみになって行くのが分かる感じかな。
佑さんがウラジミール、時生さんがエストラゴンを演じているのですが、その役の性格が、兄弟の性格に合っていたような気がしました。ウラジミールは、少しポジティブな感じで、もう少し待ってみようよとか、何とかなるよという事を言って励ます方で、エストラゴンは、ちょっとネガティブで、ヒモを持ってきて首を吊ろうとか、どこかに行ってしまおうとか言って、ウラジミールを困らせます。
舞台を観ていて、”チーズはどこへ消えた?”を思い出しました。ネズミさんのように、直ぐに行動に移せていれば、何か変わったのかも知れない。エストラゴンは、行動に移そうかどうか、迷っているんです。でも、それをウラジミールは止めてしまう。どうしても、そこを動くことが出来ない。何も考えないで、行動に移せば良いのに、考え過ぎてしまう人間という動物の悲しさが、ここに現れていますよね。
柄本佑さんと時生さんの舞台、面白かったです。私、今まで、あまり小さな劇場に行ったことが無かったのですが、ハマってしまいました。もっと、小さな劇場で、ギューギューした中で、こういう古典の演劇などを観てみたい。人気で客を集めるのではなく、確実な演技力を持っていて、それを見せてくれる、柄本さんたちのような舞台をもっと観たいと思いました。たった4日しか上演してくれないのって、勿体無いなぁ。
この舞台、超お勧めでしたが、既に終わっています。もしかして、東京乾電池の舞台に行ったら、この舞台のDVDが置いてあるかも知れませんが、難しいのかな。また、柄本さんたちの出る舞台があったら、ぜひ、皆さん、注目だと思いますよ。面白いです。
ぜひ、今度の公演は、観てみて下さいね。
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