「17歳のエンディングノート」の試写会に行ってきました。フェイスブックでの応募で、ツイッターでの告知で気がついたんです。ツイッターは、マメにチェックしないとね。
ストーリーは、
白血病で余命宣告を受けたテッサ(ダコタ・ファニング)は引きこもる日々を過ごしていたが、17歳になり死期が迫っていることを悟る。残りの人生を精いっぱい生きるべく、彼女は死ぬまでにしてみたい事柄のTO DOリストを作る。作成したリストの内容を実行していく中で、隣に引っ越してきた青年アダム(ジェレミー・アーヴァイン)に恋してしまい……。
というお話です。
かわいかったダコタちゃんが、大人になりました。今度は、若くして死を目の前に、何をするかという内容で、結構、難しい役に挑みました。この役、とっても抑えた演技が必要だったと思うので、大変だっただろうなと思います。自分が死んでいくんだから、もう自分の事だけで精一杯になりそうなもんだけど、最後が近づくにつれ、自分が先に死んでしまうことで悲しむ家族や周りの人々のことを考えて、とても優しくなっていくと言うか、心が大きくなっていくんです。
もう、死を受け入れていて、どうやって死んでいくのか細かく看護士に教えてもらい、死に備えていきます。周りの人間がおろおろする中、本人は、いたってしっかりしているように見せて、家族を気遣います。それが、もう、痛々しくて、かわいそうで、なんとも言えませんでした。
そんな彼女を癒してくれるアダム。テッサの初めての恋で、でも、時間が無くて、好きと言うべきか、別れるべきか、悩みながらも、やっぱり一緒に居て欲しいと思う彼女に、アダムは、最後まで付き添います。それは辛い事だけど、二人にとって、大切な時間でした。この二人の関係も見どころです。
エンディングノートと言えば、近年、流行っていますよね。生きている時から、死んだ後のことを考え、死んだらどうして欲しいかとか、死ぬ前に何をやりたいかとか、まとめて書いていくものなのですが、確かに、死んだ後に、周りの人間に迷惑をかけるのは申し訳ないと思うから、それは決めておいた方が良いと思うけど、あと何年で死ぬから、これをやろうとか、そういうことを決めるって、どうなのかなぁ。
観ていて思ったんだけど、決めても決めなくても時間は過ぎていくし、何かをやるには相手が必要でしょ。ただ、死ぬ前の時間に付き合わされるだけの相手は、とってもかわいそうですよね。元気に生きている相手には、無駄な時間かも知れない。私は、やりたい事を決めたりせず、出来る事をやって死にたいと思います。普段どおりに生きて、出来る事をやって死にたい。生きていた時を誇るでも無く、恥じるでも無く、ノラ猫と同じように、精一杯生きて死んだんだねって言われるように死にたいな。
テッサの姿は、とても現実的で、彼女を取り巻く家族も、きっと本当にこういう感じになるんだろうなって思いました。家族の悲しみと辛さがとても深くて、それを見ているテッサの方が、家族の為にがんばってしまうというのが、とても伝わってきて、悲しくなりました。泣けましたよ。
私は、この映画、お薦め出来ると思うのですが、結構、辛いです。自分の娘が病気になってしまったらとか、そういう事を考えてしまうと、最後まで観ていられないかも知れません。でも、死というものは、思っているより遠くにあるものではないのだという事が判ると思います。
ぜひ、お時間があったら、観てみてください。楽しんできて下さいね。