先日、「少年は残酷な弓を射る」を観てきました。
ストーリーは、
自由を重んじ、それを満喫しながら生きてきた作家のエヴァ(ティルダ・スウィントン)は、妊娠を機にそのキャリアを投げ打たざるを得なくなる。それゆえに生まれてきた息子ケヴィン(エズラ・ミラー)との間にはどこか溝のようなものができてしまい、彼自身もエヴァに決して心を開こうとはしなかった。やがて、美少年へと成長したケヴィンだったが、不穏な言動を繰り返した果てに、エヴァの人生そのものを破壊してしまう恐ろしい事件を引き起こす。
というお話です。
美しく生まれた少年が、どうしてここまで惨酷な事をするようになってしまうのか。親の責任とか、そんなものでは無く、人間の本質を描いているように思えました。生まれながらに人間は惨酷に出来ていて、それが特出しているか、そうで無いかの違いだと思うんですね。そして愛情によって、その惨酷な面が、削られていくのだと思います。傲慢で惨酷に産まれるからこそ、食物連鎖の頂点に居るのです。
このエヴァとケヴィンの関係を考えて見ます。描き方によって、ケヴィンがエヴァに嫌がらせをしているように撮られていますが、赤ちゃんの時は、泣いているか食べているか寝ているかでしょ。特別に、この赤ちゃんが嫌がらせをしているのでは無いと思いました。

エヴァの目で撮影しているから、赤ちゃんが怪物のように映っていて、子供を恐れているからこそ、その恐怖がこちらにも伝わってくるのだと思えました。確かに、考え方によっては、エヴァのお腹に巣食ったエイリアンであり、産まれてからは、エヴァ個人の生活をすべて奪った怪物ですよね。私もそうですが、ひとりっ子で、自分以外の子供をあまり身近で見ていなければ、最初は、子供が恐いと思うのは当たり前だと思います。
エヴァも、エヴァの遺伝子を濃く受け継いだケヴィンも、神経質で自分の思い通りにならないと不満が貯まるという性質で、同じ性質の人間が近くに居ることにイラつきを覚えたのかも知れません。そのイラつきと愛情が入り混じり、エヴァは恐怖を、ケヴィンは憎悪を膨らませて行ったようにも見えました。
エヴァの気持ちに共感する方が多いようですが、私はケヴィンの気持ちに共感しました。親にコンプレックスを抱いていると、すごく愛していてすごく好きだからこそ、惨酷なことがしたくなるんです。好きで自分だけに目を向けて欲しいから、嫌がらせをして、こちらを向いて欲しい。それに理由なんて無いんです。母親=エヴァは、有名な作家で、自分の母親でありながら、沢山の人のものなんだと思うと、すごく遠い存在に思えてきてしまう。自分だけの母親で居て欲しかった、理由はそれだけだと思うんです。
まして、自分にすごく似ている母親。自分の分身が自分だけの物にならないなんて、イラつくし、ムカつく。その上、自分以外に、母親を分かち合わなければならない妹まで出来てしまった。そりゃ、不満が貯まりますよね。息子にとって、母親は特別。同じ家族でありながら、父親や妹なんて比較にならないほど、自分だけの母親で居て欲しいという欲求が深いと思います。それが、このケヴィンは特に強かったのではないかなと思うんです。母親を虐めるのは自分の分身を壊す、自傷行為と同じなんです。

思えば、私も子供の頃、両親は忙しくて、祖父母の家に預けられたりしたので、親恋しくて、随分と惨酷な事をしたと思います。嫌がらせはもちろん、昆虫を殺すとか、登園(幼稚園)拒否とか、ありとあらゆることをしたんじゃないかな。ケヴィンと同じように成長しなかったのは、やっぱり、親と祖父母が、本気で怒ってくれたからかな。子供だからという事ではなく、人間として対等に扱ってくれたから。何事も真剣に、それが、このケヴィンには足りなかったのではないかと思います。
衝撃的に描かれていますが、どの家族にも起こりえる事だし、明日は我が身となるかもしれません。マニュアルを読んだり、医者の言うとおりにしていると、子供は、それぞれ違うのですから、間違った方向に行くかも知れません。いつでも自分で考えて、真剣にぶつかって行かなければ、子供は表面的な親を直ぐに見抜いて、どんどん惨酷になって行きます。子供の目は騙せません。
ラストのケヴィンの答えは、とても的を得ていると思いました。ぜひ映画館で観てください。彼は、素直に本当の事を話しています。彼の言うとおり、それが真実なんです。最後に彼自身がそれに気が付き、母と自分だけの世界から真実の世界に飛び出したのだと思います。それに対して、エヴァは、最初から最後まで、一度も真剣に子供に向き合っていません。逃げてばかりです。それは子供だけではなく、誰に対しても逃げてばかり。逃げる人間に、幸せと安定は巡ってきません。
私は、とても考えさせられたし、変わった描き方をしているなと思って、面白く観てきました。お勧めしたい作品だと思います。でも、表面的に、誰が悪いとか、何が原因とか、母親の愛情がどーのこーのと考えるのなら、この映画はそれほど面白く感じないでしょう。息子ケヴィンの憎悪に着目し、母親が困ること、怖がることを一緒に探していくと、面白いものが見えてきます。父親なんて、ただのゴミで、妹もペットと同じ。ケヴィンにとって、この世界に居るのは、母親のエヴァと自分だけなんです。その独特な世界観を共感し、少し違う世界を体験してきてください。面白いです。
・少年は残酷な弓を射る@ぴあ映画生活