今日は、中谷美樹さん主演の舞台、「猟銃」を観てきました。
ストーリーは、
私’が友人に依頼され、「猟銃」と題する詩を創作し、本へ寄稿する。1人の中年男性の猟人の姿を描いたものだったが、数ヵ月後、‘私’の所へ三杉穣介という全く面識の無い男性から「機関誌に掲載された詩を拝読して、描かれている猟人は自分のことではないかと思いました。手元に自分宛ての3通の手紙があるのですが、貴方(=‘私’)に読んで頂きたい気持ちが起こりました。読んで下さった後は私に代わって破棄して頂いて結構。」そして翌々日、三杉に宛てて書かれた3通の手紙が別便で‘私’の所に送付されて来る…。
3通の手紙は順に<薔子の手紙・みどりの手紙・彩子の手紙>であった。薔子は彩子の娘で20歳、みどりは三杉の妻で彩子の従姉、彩子は三杉の愛人である。3人からの手紙は、それぞれに三杉を追い詰め、崩していく。
というお話です。
私、この井上靖さんの短編小説、読んだこと無かったんです。でも、すごい内容ですね。びっくりしました。女っていう”もの”の深い所まで、見通しているかのような内容で、そのドロドロとした深紅の世界は、もがけばもがくほど抜けられなくなる沼のようで、恐ろしいと思いました。
そんな小説を、中谷さんが1人で3役を演じられて、鳥肌が立ちました。まったく違う3人の人物を、すべて演じ分けて、というか、まったく違う人物がやっているかのように見えて、驚きました。一人は、大人の世界を嫌悪している若い女性、一人は夫の不貞を見て見ぬ振りをして復讐の機会を狙っていた女性、一人は罪の呵責に苛まれながらも愛されたいという欲望を抑えきれなかった女性、この、年齢も性格も意識もまったく違う女性たちが、それぞれ、自分の主張をする為に、手紙をしたため、男を責めるのですが、その攻める方向も違っていて、中谷さんの表情も仕草も、まったく変わるんですよ。いやぁ、普通、この舞台は、3人の女優さんがやるそうなのですが、凄いなって思いました。
薔子という20歳の女性は、この舞台では描かれていないのですが、映画では、彩子の娘として育ってきたけど、離婚した夫が浮気をして作ってしまった子供として描かれているようです。薔子は、美しく上品な母、彩子をとても慕っていて、そんな母と自分を見守ってくれている叔父の三杉も慕っていたのですが、母親が死ぬ前に残した日記を盗み読みし、母親と三杉の関係を知ってしまい、尊敬が軽蔑に変わります。大人への嫌悪をあからさまに伝え、拒絶していきます。純潔を絵に描いたような女性の潔癖さを、メガネ女子として中谷さんが演じていて、地味だけど若い女性がそこに見えていました。
みどりは、三杉と結婚し、既に13年。従姉と夫の不貞を知りながら、その心内を明かさず、夫への興味は失ったかのように振る舞い、自堕落な生活を送っていたようです。でも、その心の中には、燃え滾るものを秘めていて、ここぞとばかりに、その復讐を遂げます。みどりのくだりは、本当に、”女”というものの奥に潜むドロドロとしたものを表現していて、同性としては、見られたくないような面でした。薔子とはうって変わって、少し下品で、愛を与えられず、他で埋めようとしている女性の悲しさを、赤いドレスで表現していました。
最後に彩子は、美しく上品で、昭和の女性としては、誰もが憧れるような完璧な女性でありながら、その不貞に苦しんでいるという姿を、白い着物で表現していました。ピッと、芯の通ったような女性で、娘にも従姉にも無い、もっともっと深い、恐ろしいものを内に秘めていて、この話の中では、一番の悪人であると思います。でも、どんな女性の中にも、この彩子という女性と同じものが流れているのだと感じました。愛するより、愛される事を望んでいるのだけれど、でも、愛されるだけでは物足りないんです。やっぱり、愛する事が必要なんです。そんな女性のなんとも言えない、相反する気持ちを、この彩子が表現していて、中谷さんの美しさが、際立って見えました。彼女の澄んだ美しさが、この彩子のキャラクターを、さらに透明で、悪魔のように見せたのでしょう。完璧に見えました。
舞台も、とても面白く作ってありました。最初は、舞台の手前の天井から水が滝のように流れ落ちていて、その向こうに、中谷さん、その向こうに、ホログラムのように男性が銃の手入れをしているという構成です。そして、3人の女性の度に、舞台の雰囲気はガラッと変わります。でも、中谷さんと男性は、そのまま、舞台に立ちっぱなしです。一度も、ソデに入ることはありません。着替えも、舞台上で行なわれます。特に、中谷さんの着物への生着替えは、ドキドキするような色っぽさがありました。この舞台構成、素晴らしいですね。
この演出って、映画「シルク」の監督さんなんです。私、パンフレットを購入して、初めて知りました。そんな凄い人がやっていたんですね。凄いはずです。
舞台としては、1時間半超くらいのものですが、ぶっ続けで、中谷さんが一人で、長いセリフを語り、3役をやるので、観ている方も、その世界に引き込まれて、観た後の満足度は、ただ長い舞台なんかよりも、格段に上でした。これ、すごいです。私、難しい事は解りませんが、女として、3人の女性すべてに共感出来て、感動しました。女って、こうなんだよね~って、内部をえぐられたような、そんな気持ちです。
もし、お時間があったら、ぜひ、観ることをお薦めいたします。映画よりは値段が張りますが、その価値は充分にあると、私は思いました。超お薦め舞台です。中谷さんにゾッコンになりました。
「猟銃」 パルコ劇場他 http://www.parco-play.com/web/page/information/huntinggun/huntinggun.html #
- 猟銃・闘牛 (新潮文庫)/井上 靖
- ¥420
- Amazon.co.jp