『つまみぐい文学食堂』(柴田元幸)の冒頭「メニューについて」で言及しているO・ヘンリーでは、「アラカルトの春」にある読みにくいメニューを21枚タイプするサラの仕事を紹介し、悪くない時代と書きながら、悪くないと思えるのは《セピア色のよき時代》を描き出すO・ヘンリーの描写によると留保しています。
O・ヘンリーについては以下のような揺れる本音がちらり。
曰く:レイモンド・カーヴァーのシビアな話を嫌って「O・ヘンリーみたいに心温
まる話が読みたい」という学生には「ふざけんなばかやろう」と言いたくな
り(✱うん、私も言いたい)、一方で文学青年タイプに「ああいう浅薄なの
は・・・」とか言われると「じゃあおめえは深いのかよ」と擁護したくなる
(✱私ならツッコむけれど、擁護しない)存在なのだとか。
食べ物に譬えて、読む人一人ひとりいうことが違うポー(ラーメン)とか、
難解かつ高尚過ぎて引け目七分の反感をつい感じてしまうヘンリー・ジェー
ムズ(フランス料理)にくらべ、馬鹿にするけどけっこう美味いファースト
フードのようなのがO・ヘンリーだそうです。例にモスバーガーのきんぴら
ライスバーガーを挙げてますけど・・・
(✱ごめん、たとえライスバーガーだろうと、美味しいとは思えない私)
曰く:O・ヘンリーの年齢観、若さに甘いことを指摘して、『賢者の贈りもの』の
若夫婦が互いの愚かさをののしり合うような結末にしないで、若さが過ぎ
かけた人間は容赦なくコケにしていると云っています。
たしかに!もう若くはない女性への厳しさはどうでしょう。
多くの読者が“心温まる話”だと受け止める『最後の一葉』にしても、世をすねた老いた画家が描いた最後の傑作が、レンガ壁に残る蔦の葉だと登場人物に云わせています(一言多い!)。でも、その真相を聞かされたジョンジーはふたたび寝込むことになりはしなかったでしょうか?
・・・なんてことを思うと、私はやっぱりO・ヘンリーに素直になれない。