夷瀬の岩室の妖怪伝説に由来する名、河内神社/神奈木流 体バランス法 | 神奈木流 体バランス法

神奈木流 体バランス法

神奈木有紀(かんなぎゆき)大阪市で広告ディレクターから2014年に独自理論による神奈木流体バランス法を作りセラピストに転身。


たつの市新宮町へ合流する支流の
栗栖川沿いを国道179号にそって
西北の山間部に入るり
相坂峠の手前からさらに上流へ
進んだ牧という地域は
日本の原風景を残す
長閑な谷あいの地域です。
そんな場所に鎮座する河内神社




豊前国宇佐八幡より
分霊を勧請されました。
本来なら八幡神社と名乗るはずが
ある妖怪伝説がきっかけとなり
河内神社と呼ばれるようになる

その伝説とは
この神社の裏山に「夷瀬之岩室」と呼ばれる岩屋がある。そこにいつのころからか妖怪が住みついた。
この妖怪、毎年7月14日に白羽の矢を氏子の家の屋根に立て、神託と称して、その家の14、5歳ばかりの若い娘を人身御供に出させ、出さぬと祟りがあるぞと村人を苦しませていた。
南北朝時代の1387年、ついに千本村・平野村両村の氏子たちが怒り、
神仏に願いを掛けたところ、神霊、河内の国より飛来して岩屋の妖怪を退治したという。この妖怪、岩屋に棲むスッポンであったといい、神霊、河内・枚岡神社に坐す皇神であるという、ゆえに以降、この神社を
「河内神社」と呼ぶようになったという。
今なお、お盆には
枚岡明神の神徳を讃え、鉦・太鼓を叩いて「でんや でんや もうでんや」と唱えながら踊り、社殿を三周して岩屋まで踊り歩くそうです。

だから配祀神に枚岡神社の祭神
天津兒屋根命の名がある
『古事記』には岩戸隠れの際、
岩戸の前で祝詞を唱えた神
神のみならず妖怪まで
説得する力がある
ネゴシエーターですね。

境内に入るとまず大銀杏に
思わず足が竦む。
秋になると黄色い絨毯が
境内いっぱいに広がるような
そんな想像が頭の中に広がる





夷瀬の岩室







妖怪伝説があるにも関わらず
穏やかな優しい氣が
境内いっぱいに溢れています。



河内神社
かわちじんじゃ
兵庫県たつの市新宮町牧

主祭神 応神天皇 
配祀神 天津兒屋根命


天安3年(859)豊前国宇佐の宮より分霊を勧請せしに創まる。 
寛応年間背山に夷瀬之岩室と云う妖賊住みて事を神託に偽り氏子24か村の内より14、5歳の女を以て人身御供に出させ村民を惑わす事積年に及べり。故に嘉慶元年(1387)千本村平野村両村の氏子人身御供の課役を憂いて分魂を持ち去り、各村内に一社を設立する。 
茲に河内国牧岡に坐す皇神の神託ありて神霊河内国より今の神地に飛来り賜いて妖賊を神罰せられしかば人身御供を停むと伝う。 
明治7年(1874)2月郷社に列せらる。

毎年10月獅子舞が奉納される。たつの市の指定・無形民俗文化財である。「剣の舞」、「八州の舞」、「どんちきの舞」、「法螺の舞」、「導きの舞」、「しゃんぎりの舞」、「鞠とれの舞」と7種の舞がある。

市指定の天然記念物
●河内神社のイチョウ
河内神社境内のイチョウの大きさは、根回り6.15m、幹回り4.95m、樹高39.5m、枝張り東西27.2m、南北28mである。
推定樹齢約250年といわれている。
●河内神社のシラカシ林
河内神社の裏山には、西播磨地区が分布の南限とされるシラカシ林がある。シラカシは暖地の山中に自生し、関東以南の本州各地で見られる常緑高木である。
神社裏山の林で、最も大きいシラカシは、胸高周囲3.29m、高さ40m、樹齢は500年以上と推定されている。

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
Profile     神奈木有紀(かんなぎゆき)
大阪市で広告ディレクターから2014年に独自理論による神奈木流体バランス法を作りセラピストに転身。
神奈木流の成果
********************

元気に自然に、ノーファンデ宣言。
ほぐし処ケイ・スリー
公式ホームページ