『櫻花の巻は風の曲』
弥生半ばの空麗らかに、野辺も山路も時めきて、げにのどかなる春の色。
佐保姫が、霞かけたる薄衣は、空さえ花に酔い心、尽きぬ眺めに分け行けば、
木の間に遊ぶ百千鳥、春の小唄や唄うらん。
折しもさっと吹く風に、水なき空へ立つ波の、また吹き下す雪の庭。
蝶も戯れてひらひらひら、ともに浮かれつ立ち舞える、
手ごとにかざす花の枝、茜色なる春のたそがれ。
『紅葉の巻は雨の曲』
薗生の垣に香をとむる、菊の葉露もいつしかに、自ずからなる秋の色、
手染めの糸の立田姫、織りだす錦くさぐさに、人の心のなびくまで、
見ゆる姿の優しさも、旗手の雲のいと早く、
時雨降るなりさらさらさら、濡れて色増す紅葉ばの、
数は八汐か九重の、十二単衣の紅と、数え数えて幾汐か、
雨に風情もいと深き、秋の名残を眺むならまし。