事実身の上相談というのは誰にしても、ろくな返事は返って来ない。
若い頃に私は新聞の身の上相談を受け持つことになり、「私のような者が、お答えできるわけではないのですが」と言った。
するとその欄の係りの記者の中で一人、「いや返答になってなくてもいいんですよ。『こんないい加減な返事でごまかされるくらいなら自分で考える』と奮起する人がいたら、それはそれで、立派に回答の役目を果たしているんですよ」と言った人がいる。
やはり新聞記者の中には、賢い人がいるものだ。
出典元:ひとりなら、それでいいじゃない P183
(著者=曽野 綾子 ポプラ社 発行)
未だ「ちゃんとしなくては!」の三次元的枠思想と、「どーでもえーやんけ!」の本来生まれ持ったいい加減さの狭間の中で生きている私だ。
まだまだ両天秤の「ちゃんとしなくては!」の比重が重くなっている事に気付く事が多い。⚖️
今の私に、もちろん新聞の身の上相談の仕事を依頼される事などないわけなのだけど、もしそんな仕事を依頼されたなら、きっと「この あたくしめが身の上相談を受け持つなぞ、恐れ多い事でございます。皆様が納得出来るような答えは、とても出せませぬ~」とソッコーで丁重にお断りしてた事だろう。🙇♀️
でも、これを読んで「そうだった、そうだった」と納得させられた。
どうでも良いし、何でも良いのだ。
私だったら、テキトーに創作した どこどこの霊能者から聞いた悩みが解決するマジナイとか、嘘八百をつらつら並べて、うちの叔父はこんな事があって野垂れ死ぬ寸前だったのに、今はミャンマーで元気に生きてるよ🇲🇲とか、身の上相談なのに「今日のあなたのラッキーアイテムはたわし❗」とか、読む人が「何だよそれー❗」ってなっても、たとえ炎上しても、けっこうオモロイかもしれんし、そんな感じで良いのかもと思ったのだ。
身の上相談に限らず、みんなを納得させられるハイレベルっぽいものだけが素晴らしいというわけではなく、どうあったって、みんな素敵な役目を果たしているのだな~と思いました。
アブちゃんの歌は、声だけでなく画像で、出来れば生で見たい❗
アブちゃんの魅せ方は素晴らしく、すごく魅せられる