「総司。俺…女に見えないよな?」


水面に自分の姿を写して見る。
長い髪を一つに結い、
少し大きな男物の袴を着、
腰には刀を刺す。

たどたどしく発せられる言葉は
如何にも男を演出させるが、
その声は男に相応しくない声である。


「見えるね。すごく」

「うっ…。
そんなハッキリ言わなくてもいいじゃんか!」

「黙っとけば、男に見えなくもないけど」

「本当…?」


確かに見た目は頑張れば
か弱そうな男に見える。

話さなければ、ばれないだろう。


「僕が君の分まで
話してやらないこともないけど」

「むっ…。なんかムカつくいいよう」

「そんなこと言っていいの?」

「わかったよっ!!」


苦虫を噛み潰したように総司を睨みつけると
総司は小さく肩を竦めて嫌味ったらしく笑う。


「で?」

「なによ。」

「お願いします。とか
言えないわけ?」

「はっ…?」


総司は笑みを絶やさず
優好を見下げる。
優好の反応を見て楽しそうな総司は
まるで子供のような目をしている。


「人にものを頼む時、
お願いするのは当り前なんじゃないの?」

「…します…」


優好は少し間をおいてから
小さな声で呟いた。
が、総司は腕を組み口角をあげる。


「聞こえないなぁー」


明らかわざとな棒読み、そして態度。
優好は腹の底に
沸々と沸き上がるものを感じながら、
顔を上げた。


「お願いしますっ!!」

「なにを?」

「あぁーっ!もうっ!
早くいかないと遅れるよ!」


どすどすと足音を立て歩いて行く優好。
総司はその後姿を見、
もう一度肩を竦めてから歩き出した。


「本当、素直じゃないよね」

「うるさいっ!」

.




「どうしよ。どうしよ。どうしよ」




「ねぇ。煩いから黙ってくれない?」




「どうしよ。どうしよ。…どーしよ!!」




「ねぇ。殺すよ?」




「だって…だって!記憶がない…よ」






江戸へタイムスリップしたその時は確かにあった


心の重圧感と堕落感。


ここへ来た意味、使命が確立されていた。


そして浪士組、新撰組の行く末が見えていた。




しかし、今は、見えない。


あるのは、心の開放感と使命感のみ。




日常の過ごし方やタイムスリップしてここに来たことなどの


記憶はあるものの。




重要な記憶、新撰組の未来の記憶が欠落している。




ついた時は必死で、どこどこで誰かを守らなければ、


誰かの病気を治さなければ。


などということを考えていた。




でも、誰を守らなければならないのか、


誰の病気を治さなければならないのか。




わからない。






「総司に言っとけば良かった…」




「それ、僕からしたら
すごく迷惑極まりないんだけど」




「私にとっては…いや。


皆にとって大事な記憶なんだよ!」




「別にいいんじゃないの?


無理やり思い出さなくても。


今の君が思う事、やりたい事やればいいんじゃない」




「うー…。そうする」






考えても考えても思い出せないなら仕方がない。


無理やりその思いを割り切るように思考を遮断させ、


もやもやを振り払うように両頬をぺちぺちと叩く。


総司の言う事が最もで、正しい。






「よし、総司。


記憶を忘れた自分にめっちゃくちゃ腹がたつんで。


稽古しよ」




「何、その理不尽な理由。
それに、しよ。
じゃなくて、してくださいじゃないの?」




「計画は明日、実行だかんね。寝坊しないでよ」




「それ、僕の台詞なんだけどなぁ」






木刀を正眼に構え、総司は口角をあげてほくそ笑んだ。






.









文久三年二月四日、江戸小石川

伝通院塔頭の処静院内大信寮にて

浪士組結成についての会合が開かれた。


何時もより閑散としている試衛館道場には

胡坐をかき右腕に木刀を抱え、おにぎりを頬張る優好と

後ろに両手をつきだらしなく脚を伸ばす総司の姿があった。


今日もまた優好は総司に剣術の稽古をつけてもらっていた。

無理にでも行こうとする総司を宥め、

優好はある計画を持ち出したのだ。


そう、今日はただの会合なのだ。

勇がそう言っていたのを聞いた優好は

ぴんといい案を思いついたのだ。



「浪士組とは、攘夷を断行する・文武の長けた者を

重要とすることが条件である。

とすれば、腕に覚えがある者は、

例え農民だろうと未来人だろうと宇宙人だろうと、

身分、年齢を問わず、参加できると言う画期的な組である」


「だから…?」


「今は大人しくしとくの!そうして近藤さんたちを油断させて

明日、伝通院に潜入して名簿に名前書けばいいんだよ。

年齢問わないなら、総司も入れるし、腕に覚えがある私も入れる!

書いたもん勝ちや!でしょ?」


「そんな簡単にうまくいくと思う?

それに…君、うでに覚えないじゃん」


「思いが強ければ強いほど叶うんだよっ。

それに、剣術はもっと頑張るし!総司が教えてくれたらいいじゃんか!

私だって…こっちの世界に来たいって願ってたら…」



そう言って頭に思考を張り巡らせる。



「あれ…?」


「どうしたの?」


「記憶が…」



欠落していた。



.








「これ食べ物?」


包みを開けまじまじと
未知の物体を観察している総司。


「まさか、僕を毒殺しようとか考えてる?」

「いろいろと恨みは買ってるけど
毒なんて入れてないから!」

「ほんとに?」


口角をあげ総司はそれを一つ口に放り込み
優好を見やった。


「これ、君が作ったの?」

「そう…だけど」

「へぇ。料理できるんだ」


そう言って総司は優好の頭を無造作に撫でる。


「んなっ!…何すんのよ!」

「上手にできました。
一応、褒めてあげてるんだけど」

「ムカつく!」


そう言って総司を睨みつければ、
あっさり笑顔で流される。


「ねぇ、総司」


改めて総司に向き直ると
総司はきょとんとした顔で優好を見やる。


「総司は近藤さんたちと行きたいんだよね?」

「いきなり、何を言い出すかと思ったらそんなこと?
当たり前でしょ…」


そう言って一点を見つめ俯く。
髪に隠れてその表情は伺えないが
容易に想像することができた。


「ねぇ、なにひゅんの?」

「辛気臭い顔、似合わないから」


総司の頬を思いっきり左右に引っ張りそう言うと
くくっと喉で笑い優好の額を指で押す。


「君に心配されるなんて、
何か悔しいんだけど」

「別に心配なんかしてない」


そう頬を膨らませば簡単に
総司の人差し指に潰されてしまう。


「君ってさ面白いよね」

「いきなり何よ!」

「別に」


口に手を当て微笑う総司。
優好はさらに頬を膨らませる。


「総司は本当、腹が立つよね」

「ありがとう。
褒め言葉として受け取っておくよ」

「むぅ…」


優好はそっぽをむいてから
もう一度総司を見直した。


「だから…」

「だから、何?」

「私に、とっても良い計画があるんだけど…」


優好はそう言い含み笑いを見せた。


.
「ここ…だょね…?」


静まり返る一室の前に
何故か正座して眉間を寄せる優好。

襖に手を差し出しては引っ込めるを繰り返す。
さきの総司の態度からただならぬ何かを感じた優好は
入る事を戸惑っているのだ。

大きく息を吐き、胸に手を当てる
意を決し襖に両手を添えると
行き成り襖が開かれた。


「わあっ!!」


意表をつかれ素っ頓狂な声と共に前に倒れる。
起き上がり畳にこすれ赤く晴れた額に手を当てる。


「ねぇ。入るんなら早く入ってくれないかな?
人の部屋の前でうじうじされたら流石に鬱陶しいんだけど」

「そ~う~じ~!!」


微かに笑を含んだ声の主を見上げると
やはり顔には、あの笑みが張り付いている。

優好は目尻に涙をためその主を睨みつける。
総司はそんな優好を部屋に引っ張り込み、
襖を閉める。


「それで、僕に何か用?
…同情なんていらないからね」

「総司なんかに同情するわけないじゃん!」

「酷い言いようだね。
まるで僕が人間じゃないみたいじゃん」

「人間だったの?」


口を尖らせそっぽを向く優好。
総司はそんな優好の手を取り自身の左胸に当てる。


「んなっ!」

「僕も一応、血の通った人間なんだよ?」

「わかってるよ!」


総司によって押さえられた右手から伝わる
規則正しい生きている心音。
紅潮していく頬を逆の手で隠し小さくもがく。


「ほら!これっ」


早くなる自らの心拍数から背くように
懐から小さな包み紙を取り出す。


「何、これ?」

「いいから、食べて!」

「もしかして、僕を元気付ける為に作って
わざわざ持ってきてくれたの?」

「別に…」


ふて腐れたように総司に背を向ける優好。
先程まで総司の胸にあった手を
もう片方の手で包み込んだ。


「できた!!」


台所に漂う、甘く食欲をそそる香り。
優好は釜から石をだし
その上に乗っている一つを口に含んだ。


「美味しいーっ!」


口内を満たす久しぶりの味に
感動が湧き上がる。
うっすら涙を浮かべ感激する優好を
不思議そうに見る新八と平助。
左之助はまじまじと物体を探るように見ていた。


「なぁ…。
これなんなんだよ。本当に食べ物なのか?」

「こんな食べ物。見たことねぇぜ?」


石の上に乗るその物体を指差し
眉を寄せ呟く新八と興味津々な平助。
優好はそれを手に取り新八、平助、左之助に渡した。


「これはね、クッキーって言ってね。
未来の日本のお菓子なんだよ!
すっごい美味しいから食べて見て」

「くっきー?」

「クッキーだよ!ほら、早く!!」


満面の笑みを浮かべ、
その黄土色っぽい固体を勧める優好。

新八はそれをまじまじと見つめる。


「平助、左之助。お前ら男だろ?
男ならさっさと怖がらず、これを食いやがれ!」

「そう言う新さんが先に食べりぁいいだろ?」


新八の物言い不服そうに口を尖らす平助。
左之助は何の躊躇もなくクッキーを口に放り込んだ。


「なんだこれ。いけるじゃねぇか」

「おい!左之!食べたのかよ」


新八が驚きに満ち溢れた顔で左之助を見る。
やはり、見たことも触ったこともない物を食べるのは
少しばかり抵抗があるようだ。


「よし。俺も男だ。腹を括って食うしかねぇな…」


ごくりと唾を飲み込み、ゆっくり口に入れる。
平助も新八に続いてクッキーを食べた。


「なっ!うめぇじゃねぇか!!」

「ん!うめぇ!」


二人の顔が渋い顔から笑顔に変わった。
優好はにこやかに頷く。


「でしょ!」

「お前、料理うめぇんだなぁ。
これ、すっげぇうめーし。クッキーだっけ?」


新八が異様に目を輝かせる。


「そうだよ」

「まだお代わりあんの?」

「うん。結構いっぱい作ったから!」


そう言い釜の上を指差すと、
新八と平助が一目散に駆けて行き
さらに、クッキーの取り合いをしている。

それを見て呆れがちに溜息をつきながら左之助は
二人のもとに歩いて行く。


「私、総司やトシ、近藤さんにもあげて来るね!」


そう言って優好は賑やかな
台所を後にした。
水を打ったように静まり返る部屋。
さっきまで意気揚々としていた平助でさえ
気まずそうにそっぽを向いている。

総司はと言えば、
歳三を睨みつけていた。

勇は軽く頭を掻く仕草をしてから
皆に向き直る。


「京都の治安を守るため、
将軍殿が腕の立つ浪士を募っているそうなんだが。
私はそれに参加しようと思う。君達はどうかね?」


勇の問いに皆は、
賛成とばかりに挑戦的な笑みを見せた。


「近藤さんが行くなら。
行くに決まってんだろうが!」

「同感」


腕を鳴らし歯を見せ笑う新八に
微笑みながら頷く左之助。


「総司。お前は優好とここに残れ」


活気を取り戻しかけたその場に
またも、重い沈黙が生まれた。

歳三がそう告げると
総司は必死に平然を装い、
顔を引き攣らせる。


「どういう意味ですか土方さん。
僕が邪魔だって、そう言いたいんですか?」


今にも泣きそうな顔で竦む総司。
縋るように勇の方を見るが
勇も険しい顔をして、俯いている。


「そういえ訳ねぇだろうが」

「じゃあ何でなんですか!?
何で僕はだめなんですか!」


駄々をこねる子供のように食い下がる総司。
しかし歳三は、冷めた目で総司を見やり
変わらぬ声音で告げる。


「お前は残れ」

「何で土方さんに
そんなこと言われなくちゃならないんですか?
近藤さんも…。
近藤さんも僕が邪魔なんですか?」


震える声が絶望感を漂わせる。
勇は首を左右に振ってから総司を見る。


「…我々が向こうで基礎を作ってからでも
遅くは…ないんじゃないか?」


控えめに発せられた言葉。
しかし、総司の胸には棘のように突き刺さる。
勇の言葉。

総司は居た堪れなくなったのか部屋を
一目散に駆けて行く。


「総司!」


優好が立ち上がると
歳三は大きな溜息をつく。


「あんな奴に構う必要はねぇ」

「でも…あんな言い方しなくても」

「こうでも言わねぇと、あいつはついてくるだろうが。
俺はあいつを邪魔だなんて思っちゃいねぇ。
ただ…人殺しをしてほしくねぇだけだ」


歳三の声が微かに揺れていた。



「勤王志士たちの動きを抑え、んで京都の治安を守るために

幕府は尽忠報国の名目を持って、今、腕の立つ浪士を募っているんだよ!」



力強く拳を握りながら勇、歳三に熱弁し

大きな目を輝かせる籐堂平助。

着物の袖口を肩まで巻き上げ長い髪の毛を一つに結っている。

明るく元気で、人を元気付ける笑顔を持つ好青年だ。


徳川幕府を滅ぼし天皇とともに新政府を立てようとする革命家が

京都へ集まって来ている。

その中には【天誅】の名を使い悪行を行う

不逞浪士と言うものが存在しているようで。


外国と天皇の了承なしに条約を結んでしまった事情を

天皇の怒りを静めるために釈明するため、

直接幕府の将軍自らが京都へのぼる。


その時に、その不逞浪士から将軍を守るために

浪士組を募っているという状況なのである。



「この際、浪士組に加わってみたらどうかと思ってよ。

京に上って、俺たちの力を振るえば、天下に名が轟くのも夢じゃねぇって!

近藤さんみたいな人を必要としてるに間違いねぇし!」


「ふむ」



平助の力説に聞き入っていた勇は小さく頷き、

歳三を見やる。

勇の中では迷うことなく、もうすでに答えは出ていたようだ。



「私はその浪士組に参加したいと思う。トシはどう思う?」


「ふん。近藤さんが行くなら。行くに決まってんじゃねぇか」



二人の目には強い決意の炎が宿っていた。

それを聞いて平助はお菓子を貰った子供のように

飛び跳ねて喜び天真爛漫に笑う。



「失礼します。永倉君と原田君も参りましたよ」



そこへ愛想のよい温かい笑みを浮かべた男と

新八、左之助が入ってきた。



「あぁ。山南君に永倉君、原田君。良く来てくれた。

適当に座ってくれたまえ。君たちにいい知らせがある」



山南こと山南敬助は優雅な仕草で腰を下ろし、

勇に爽やかな笑みを見せる。

優しいお父さんのような彼は薄い翡翠色の着物を見につけている。



「それって、僕にはしらせてくれないんですか?」



そこに覇気が感じられない声が響く。

勇は眉間を寄せ困った顔になる。歳三は小さく溜息をついた。



「悪い、近藤さん。

総司が知ってるって思ってたからよぉ…」



両手を目の前であわせそう詫びる新八に

勇は首を横に振った。



「総司。それに…優好君も居るのかね…。

二人とも入ってきなさい」



障子の前に立つ総司の背は

小さく、悲しく見えた。

「永倉君。こんな所で何してるの?」


「それはこっちの台詞だろ。まさか男と逢瀬か?」



みたらし団子を頬張っている優好を横目に身ながら

冗談可笑しくそう問い掛け総司の横にどかっと腰を下ろす。



「そんなわけないでしょ?

近藤さんにお守を任されてるだけだよ」



総司は顔色を変えず、興味なさそうに答える。

すると茶屋からもう一人の背の高い男が顔を出した。



「近藤さんの願いだから、断れなかったってとこか。

ってことはそいつは新しい門弟かなんかか?」


「やっぱり、左乃さんは物分りがいいね」


「おいおい。それは俺が物分りが悪いってことか?」



永倉君こと永倉新八が自分を指差しそう怪訝に答えると

左之と呼ばれた男はそれを肯定するように鼻で笑った。



「当たり前だろうが」


「おい!左之!てめぇな!!」



新八は抗議の声をあげるが、

左之はそれを気にも留めず優好の前へ来る。



「俺は原田左之助だ。左之って呼んでくれ」



軽く右手を差し出される。

優好はそれを軽く握り返した。



「愛音優好です。宜しくお願いします」


「俺は永倉新八だ。よろしくな、優好。

しっかしよ。お前、なりも名前も女みてぇなだな」



新八が目を瞬かせ不思議そうに優好を一見する。

その質問に答えようと優好が口を開こうとすると

総司は軽く優好を制止し、悪戯な笑顔を見せる。



「僕も最初は女の子だと思ったんだけどね。

この子は列記とした男の子だよ」


「なっ!」



反論しようとする優好の口を右手で塞ぎ、

冗談めかした口調でそう言い、爽やかに笑う。

どれだけ人をからかうのが好きなのかと恐れ入る。

新八は新八で自分が騙されている

なんてことは微塵も思っていないのだろう。

変に納得している様子だ。



「そういえば総司。お前、試衛館に収集かけられてないのか?」


「収集?何それ」



左之助の言葉に思案顔になる総司。

総司のその様子に目を丸くする新八。



「近藤さんから、大事な話があるって聞いてねぇのかよ」


「近藤さんが…?

そんな事、僕は言われてないけど」



近藤と言う言葉に敏感に反応する総司。

顔から表情と言うものが消え失せ無になる。

そして不快感を露にし、立ち上がる。



「優好。帰るよ」


「えっ.…。うん…」



背を向けているせいで表情は伺えないが、

只者ではない威圧感を感じた優好は素直に小さく頷いた。

「わぁ!なんかすごい!

ねぇ、総司。あれ何?」



一つに結われた長い後ろ髪を揺らし袴姿で

江戸の町を東奔西走する優好。


初めて着た袴に浮かれ、

その姿で江戸の町に足を踏み入れ。

高揚していく気持ちを制御できずに居た。



「馬子にも衣装ってこういうことを言うんだね」



そんな総司の嫌味にさえ

「ありがとう」と能天気に答えた。


江戸へ出る前に試衛館で総司とした

【あんまりうるさく騒がないように】という約束は毛頭も頭にないようで、

総司の顔にはもう色々諦めの色が混じっていた。



「ちょっと休もうか」



あまりにも騒がしく駆け回る優好に

流石の総司も疲れたのか近くの茶屋の

入り口にある大きな番傘が立てられ、紅い布が引かれた長椅子に腰掛ける。


すぐそばには小川が流れていた。

そこに小さな朱色の橋が掛かってあり、

人々は幸せそうな笑みを湛えその橋を行き交う。

目の前には大きな桜の木が立ってあり、

薄い桃色がかった蕾が今か今かと、

何時花を咲かせようか様子を伺っているように見えた。


江戸はまだ、平和なんだな。

笑いながら駆けていく子供たちを見てふとそんな事を考える。

今隣に居る彼も、

いずれは手を血に染め世に消えていくと考えると

いきなり恐怖感に襲われた。



「はい」


「えっ…?」



ふと総司を見上げる。



「いらないの?」



総司の手にはみたらし団子が握られていた。

網目がついた焦げに、たれが贅沢にたっぷりかかり

甘い香が鼻を擽り、空腹感を煽る。



「いる!」



総司の手からそれをとり一口、口に含めば

予想通りの甘く香ばしい味が口内を満たした。


弾力のある餅の歯ごたえがたまらない。



「ん?総司かぁ?」



ふいに茶屋から見知らぬ男が出ていた。

男らしい筋肉質の体に自信の満ち溢れた顔。

無造作に巻きつけられた灰色の布から短髪が見え隠れしている。

まさに、江戸っ子と思えるその男はずんずんとこちらへ歩いてくた。