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CINEMA道楽

映画を見続けて40余年。
たくさん見過ぎて
忘れてしまうので、
映画館やテレビで観た
映画の鑑賞日記を
つけることにしました。
ネタバレもありますので、
未見の人は気をつけてね

 ミッキー・ロークというと、私の世代は「ナインハーフ」のセクシー大根役者のイメージを持っている人が多いと思います。ですが、しばらくボクサーをやった後、最近は大柄な肉体派俳優として活躍しているということを、少し前に観た「レスラー」で知りました。整形もだいぶしているそうで、その変貌ぶりには驚きましたが、「ナインハーフ」の頃よりもずっと、いい味を出す俳優さんになったと思います。
 この作品でもミッキー・ロークは残虐非道な悪の王を存在感たっぷりに演じています。

 時代設定は紀元前1200年頃、ギリシャ神話の神々が登場しますが、ストーリー自体はギリシャ神話の中のお話しではなく、オリジナルストーリーです。ギリシャ神話は詳しくないのですが、ところどころにギリシャ神話のエッセンスは入っているようです。

 衣装やセットは古代ギリシャ感溢れるデザインでよくできていたと思います。映像もファンタジックなテイストで世界観にマッチしていました。
 でも脚本上の世界観はじゅうぶんに構築できなかった感が否めません。物語の核になるはずの伝説の弓を巡る攻防が適当で、終盤になると弓なんでどうでもいい感じになってきてしまいます。
「神々の戦い」のシーンはかなりカッコよかったですが、時間はとても短いし、神様なのに物理攻撃で普通に血を流してあっさり死んでしまうので、拍子抜けします。
 メインは(ギリシャ神話上の神の名前がついた)人間同士の戦いです。その戦争シーンもスケール感が無く、物足りないです。テレビだったからまだ観られましたが、映画館で観たらかなりチープに見えてしまったと思います。
 スケール感が乏しい分、生々しい殺戮や拷問シーンが頭に残ってしまいます。血しぶきの量も他の映画に比べるとかなり多めで、今夜は悪夢を見そうです。
 フィリピンのマニラを舞台にしたイギリス映画。イギリスの映画賞をいくつか受賞している作品です。
 一見、戦争映画にも見えるジャケット写真ですが、兵士ではなく武装した現金輸送警備会社の社員です。マニラという街がそれだけ物騒だということです。

 田舎から職を求めてマニラに出てきた親子4人の一家。
 いきなり貸室詐欺に合ってなけなしのお金を全部巻き上げられ、日雇いの肉体労働をしても報酬は一欠けらのパンとお水だけ。
涙を流して虫歯を痛がる娘を歯医者に連れて行くこともできません。
止む無く一家はスラム街に住み着きます。
 ホームレスや貧困の問題は日本にもありますが、マニラの治安の悪さや衛生面の劣悪さを見ると、貧困問題もより深刻なのかもしれません。

 夫はなんとか、常に強盗に襲撃される危険に晒される現金輸送車の警備員の職に就きます。
 妻は"おさわりバー"のような店で働きはじめますが、店のオーナーに9歳の娘も店に出すように迫られます。恐ろしい世界です。

 夫の仕事は危険な武装警備の仕事とはいえ、給料は少なく、働き始めてもなかなか生活は良くなりません。そんな折、彼に優しく色々と便宜を図ってくれた上司から、現金強奪の片棒を担ぐように迫られます。
 貧乏でも「罪は犯したくない」と思っている彼ですが、とうとう家族のために大きな罪を犯し、死んでしまうことになります。

 経済的弱者がなかなか貧困から抜け出せない構造はどの国でも同じで、強者が弱者に「小さな施し」を与えるのは「大きな搾取」をするための「エサ」に過ぎないと思わされます。エサだとも知らずに小さな施しに縋り、心から感謝する弱者の気持ちは無残に踏みにじられます。
 犯罪を犯し、自分の命を以てしか家族を守ることができなかった男の人生が身に詰まされました。

 脚本・監督のショーン・エリスは、もともと写真家なのだそうです。
 ペニンシュラホテルをはじめとするマニラのきらびやかな「都会」の部分と、スラム街とのコントラストが映像で上手く描かれていました。
 そして、人の顔のどアップのカットが多いのも印象的でした。画面から顔がハミ出すぐらいのどアップや、目だけのアップなど、「顔」が画面に映る時間が長かったように思います。
 表情とは裏腹な心の奥を見極めろ、というメッセージだったのかもしれません。
 寺山修司の遺作となったATG映画。
 「百年の孤独」というコロンビアのノーベル賞作家の小説を寺山流解釈で撮ったものの、原作者から許諾が下りず、「百年の孤独」から「さらば箱舟」に改題されたそうです。
 「さらば箱舟」というタイトル、私はとても好きです。

 実験的な映像や舞台風演出があり、内容も色々な解釈ができると思います。

 映画は、小さな集落を治める"本家"の息子が、自分の家以外にある時計をすべて盗み出し、埋めてしまうところから始まります。時計を独占することは「時間」を支配することです。ここから集落は外界と隔絶し、いわば"箱舟化"したのだと思います。外の時間の流れとは関係なく、"本家"が操る時間の流れの中に身を置くことになったのだろうと。
 箱舟のように密閉された集落の外に出ることはできず、逃げ出そうとしたカップルも一晩中歩き回った挙句、結局自分たちの家に帰ってきてしまいます。

 しかし、第2の時計の出現によって、集落には外界の時間の流れがなだれ込んできます。
2つの時計の存在によって時間が歪み、密閉された"箱舟"だった集落は一気に崩壊します。
「モノの名前を忘れてしまう男」は、玉手箱を開けた浦島太郎のように、外界の時間に触れて一気に老いる姿を表しているのかもしれません。
 外と繋がる電話が敷かれ、集落の絶対の禁忌の象徴だった女性の貞操帯が外れ、ビルが立ち並ぶ隣町に皆が移住して行ってしまうのです。

 エンディングは、集落の元住民たちが100年後に集落に帰ってきて、笑顔で集合写真を撮る、というものです。それを「亡霊たち」と評しているレビューもありました。
 私は、「時の流れ」は相対的なもので、それぞれの場所でそれぞれに流れている、ということを現しているように感じました。集落には集落の、町には町の「時間」があり、人はその場所の「時間の流れ」に身を委ねているのだと。
 流れる時間の一瞬を切り取って残す「写真」によって、その「時」はその場にずっと止まり続けることができるのかもしれません。
 名優ダスティン・ホフマンが70歳を過ぎ、初めて監督した作品。

 元オペラ歌手や楽団員が生活する老人ホームの物語。
 老人ホームと言っても、広大な自然が広がるイギリスの田舎にあるお屋敷です。音楽を仕事にしてきた人たちが現役を退いて、老後はこんなステキな場所で共同生活をしながら、今も趣味として音楽を楽しんでいる。
 憧れの老後生活です。

 美しい風景が広がり、クラシックの名曲の数々が絶え間なく流れ、多少ボケても演奏家としても恋愛もまだまだ現役、と言わんばかりに生き生きと描かれている老人たち。悪人がひとりも出てこない、優しい心温まる映画です。

 若くて美しくて名声を欲しいままにしていた過去の自分と今の自分のギャップに絶望したり、若い頃の浮気を後悔し続けていたり、若い人が観ると「いい歳してバカみたい」と思うかもしれませんが、老人になったからといって急に悟りを開けるような人は滅多にいないものです。
 老いを実感しながらも、前向きに楽しく生きていこうとする老人たちはとても魅力的でした。

 こういう映画が心に残るのは、自分にも"老後"がだんだん迫ってきているからだと思います。この映画は"理想の老後の生活"を見せてくれましたが、自分には絶対無理だということもわかっているので、少し寂しい気持ちになってしまったのも確かです。
 スピード感のあるアクション系の映画が得意だったトニー・スコット監督の遺作となった作品。
 こんな爽快な映画を撮った監督がうつ病だったなんて、信じられません。  

 実際にあった列車の暴走事故をもとにしたストーリーです。
 ベテラン機関士と新米車掌のコンビが身を挺して暴走列車を食い止めてヒーローになり、問題のあった家族との関係もスッキリ修復されるという、いかにもアメリカ人が好きそうなお話しです。
 暴走する列車をうまく使って、スピード感溢れるトニー・スコットらしい作品で飽きることなく楽しめました。
 要するに「列車を止める」というだけなのですが、「会社はこの期に及んでも自分たちの利益しか考えないのか」とか、「マスコミのヘリ、邪魔」とか、ふたりの"ヒーロー"を応援したくなるような作りになっていて、臨場感を味わえる映画でした。

 軍人でも政治家でも犯罪者でもスポーツマンでも、どんな役でもこなしてしまうデンゼル・ワシントンが、この映画ではブルーカラーのおっさん代表になり切って好演を見せてくれています。