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CINEMA道楽

映画を見続けて40余年。
たくさん見過ぎて
忘れてしまうので、
映画館やテレビで観た
映画の鑑賞日記を
つけることにしました。
ネタバレもありますので、
未見の人は気をつけてね

 ツイッターとテレビのワイドショーで拡散していく「殺人犯」の情報。
 ツイッターで「犯人」と名指しされ、写真や過去も次々とアップされてしまう女性。
 彼女を真犯人だと確信して、どんどん情報をツイッターとテレビに公開していくテレビディレクター。
 それに乗って、更に拡散を続けるツイッター民。
 実際にありそうなお話しで、「明日は我が身」かもしれません。

 でも、犯人でなくとも、明らかに「重要参考人」であるはずなのに、警察に探されている様子もなくビジネスホテルに滞在しているとか、リアリティに欠ける点もいくつかありました。

映像的にも魅かれるようなカットもなく、とてもテレビ的な作りの映画だと感じました。

もっと「あいつも怪しい」「こいつが犯人かも」と疑いたくなるようなストーリーになっていればおもしろかったと思いますが、最初からツイッターもワイドショーもひとりだけを犯人と決めつけて叩き続け、唐突に別の真犯人が逮捕されておしまいなので、ミステリーとしても残念です。

こういう作品は1回見れば十分だし、わざわざ映画にしなくても、2時間ドラマでやっておけば充分だという気がします。
岡本喜八監督の映画はテンポが良くて、ポップな感じがして好きです。モノクロ映画の頃からからそういう作風だったのですね。

私は黒澤映画が大好きで、黒澤監督映画での仲代達也と三船敏郎の共演は見慣れていますが、同じ俳優さん同士の共演でも、監督が変わるとまた違った印象です。
黒澤映画でのふたりの掛け合いに比べると、軽薄という意味ではなく、軽いというかリズム感が違うというか、そんな印象を受けました。

「大菩薩峠」は未完の大長編小説で、幕末の頃の剣の達人で非情な男の、とにかく斬って斬って斬りまくりな人生のお話しです。
道ですれ違った老人でも、元夫を殺してまで一緒になった妻でも、気に入らなければ斬ってしまう男で、彼の実父すら、死に際に「あいつを早く殺してくれ」と人に言い残します。

そんな、血にまみれた重いストーリーですが、テンポがよくて全然重たい感じがしないのは、脚本や監督の力量なんだと思います。
仲代達也さんもカッコよくて、次から次へと襲ってくる敵をバンバン斬り捨てて行く姿には見惚れてしまいました。

「モノクロの時代劇」と聞いただけで敬遠する人も多いようですが、ハリウッドのアクション映画にも負けない面白さの「モノクロ時代劇」もたくさんあります。
最近は古い映画もHDリマスターでキレイで見やすくなっているので、食わず嫌いの人も一度は観て欲しいな、と思います。
独特の映像美へのこだわりを感じる実相寺昭雄監督。ウルトラマンシリーズのディレクター出身ですが、アンヌ隊員が巨大化する話とか、地底人の話とか、ちょっとコレを子供に見せるのはどうよ、というような話はだいたいこの人がとっています。アンヌ隊員の毛穴まで見える鼻のドアップは印象的です。
映画を撮るようになってからも、前衛的というのか、耽美的というのか、とにかく多少ストーリーが破綻してでも「撮りたい映像」を撮っている監督だと思っています。

江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」は、明智小五郎が最初に登場した小説だそうですが、この映画では既に世間に名の知れた探偵として登場します。でも、わざわざそういう設定に変えた意味はよくわかりません。

一応、江戸川乱歩原作の明智モノなので、このブログでも「ミステリー」のカテゴリーに入れますが、この映画にミステリーは何もありません。
ずっと犯人目線で描かれているので、解き明かされるべき謎は何も無いのです。
後半、犯人が検察の嘘発見器をすり抜けられた理由が一瞬「謎」として提示されますが、それも明智の説明セリフだけでサラリと解明されてしまいます。

女性の縄緊縛姿と、(美形の)男性のナルシシズムの芽生えのようなモノを実相寺監督流に撮ってみたかったんだろう、と思うことにします。

あと、時々部屋が45度ぐらい傾くカットがあって、ちょっと酔いました。

ところで「D坂の殺人事件」は、今年あらたに映画が撮られていたのですね。
未見ですが、ユーロスペースで公開されていたということで、ちょっと期待してしまいます。
観る機会があれば、レビューしたいと思います。
 これは、究極の恋愛映画です。

 同意してもらえたことはまずありませんが、私はずっと言い続けています。

「ココロが大事、愛していれば見た目は関係ない」と思っているはたくさんいると思います。
でも、愛する人がネバネバグログロのハエ男になってしまっても、躊躇なく抱き締めることができますか?

この映画は、観る者にそんな問いかけをしてきます。
「究極の愛」が試されている映画だと私は思います。

クローネンバーグ監督の映画には、グロテスクな「異形のもの」がたくさん登場します。なので、ホラー映画に分類されてしまうことも多いです。
私もホラーやスプラッター映画は苦手ですが、クローネンバーグの映画はとても好きです。
それは「異形のもの」たちが、ただの恐怖や不快感の対象として襲ってくるだけではなく、人のココロの奥底に眠っている良心や悪意を暴くものとして襲って来るからです。

クローネンバーグの映画を見終わった後の「ココロの痛み」は、他の監督の映画では決して味わえない独特のものです。

特殊な能力や外見を持ってしまった者の痛みと悲しみ。
愛する人が異形の者と化してしまった人たちの痛みと悲しみと戸惑い。

それが、ひしひしと伝わってくるのです。
ニコラス・ケイジって何年経っても全然変わらないですよね。
見た目も生え際が少し後退したぐらいでほとんど一緒だし、善人役でも、悪役でも、強い男の役でも、悩める男の役でも、ニコラス・ケイジはいつもニコラス・ケイジです。

いくら頭の切れる男とはいえ、8年も刑務所にいた人が、出所してすぐに新しい携帯電話を使いこなしたり、FBIのデータベースを短時間で検索できたりするのかな、とか、一度強盗にあった銀行の金庫の同じ場所に、8年間も金塊を置きっぱなしにしておくかな、とか、ツッコミどころ満載でした。

でも、ニコラス・ケイジはやっぱりニコラス・ケイジでした。