令和の清少納言 幸坂 ゆうあです。
ゆうあ誕生~50円玉2枚になるまで〖幼少期③〗
一体なにが真実なの?とかもうどうでもよくってよ。
私、幸坂ゆうあの誕生~2011年までの自分史を綴っています。
母が洗濯干してるところでよく一人で遊んでた。
この時間が至福だったわ、一人遊び好き。
母って。
高度成長期のサラリーマン家庭で専業主婦。
保育士でしっかり者とはいえ初めての育児と都会暮らし。
生真面目で、厳格な父親の反対を押し切って
大阪に出てきただけあって
ほんまに気が強かった人だと思います。
それでも
大変だったろうなあっていうのは
ほんの最近になってやっと思いました。
この赤ん坊「ゆうあ」
随分世話をかけたに違いない
しかもかなり「いらぬこと」で。
「似合わないからスカートなんか買ってもらったことなくて」
という嘘が暴かれる証拠写真。
神様ごめんなさい。
そんな母との生活は、
「好き」「でも怖い」「あれ?やさしい?」「やっぱこわい」
を堂々巡りしており
物心つくころからは完全に
こわい~~~~~~~~!!!
ひどい~~~~~~~~!!!
この人がお母さんじゃなかったらいいのに!
…を「わたしが採用」致しました。
2015年にこの自分史を書いたあとから
少しずつ思い出したように
母が私に教えてくれたことはものすごくたくさんあり、
それが役立っているわけなんですが
忘れてましたし
ないことにしてました。
っていうか
「怖くて」「ひどくて」「わたしがかわいそう」なように
自分で記憶を作りかえちゃったとしか思えないです。
モノクロとかセピアとか
オシャレない真っ黒と真っ白だけの写真な。
ほんま自分溶け込んで写ってるの見逃すわ。
そんな私の「母ひどい」の記憶。
■集合住宅の中を白い煙をはく車がやってきて消毒するのです。
消毒の間、みんなで外に出て待つんだけど、
それが怖くって怖くって。
でも、母親は怖いので、しがみつけなくてよそのおばちゃんの白いエプロンで顔つっぷしておいおい泣いていたという・・・・。
めっちゃ「かわそうな」わたしを増強する記憶だけど
実際どうだったのも謎。
あのとき母は一体どこにいたんだろ?
■叩かれることとともに恐れていたのは大切なものを壊されてしまうことと、知らない間に捨てられること。
小さいころ、捨てられたくないものがあっても隠し場所がないじゃないですか。
家も狭かったし。
あるときお風呂やさんの帰り道にある八百屋のおじさんに
「うちの子の汽車のおもちゃ使ってへんからあげるわ」って言ってるの聞いた訳、
「なんであげるの?狭いから出すなって言われて我慢してるだけでまだ遊びたいのに」
と思った私は慌てて帰って
部屋の家具と家具の間に隠した。
そのあとを鬼のような形相で帰ってきた母親は
その汽車の線路をボッキボキに折ったわけ。
なんで壊す?
なんでそこまでするんだろう?
子ども心に人に あげるって言ったもの壊してあげれなくしていいのか?って思った(笑)
■3~4歳のころ保育所に入ったわたし。
母が紅白帽や当時布だった海水帽を工業用ミシンで縫う内職をはじめたから。
他の子どもたちよりも、ずっと早めに向かえにきてくれるのだけど家に帰っても楽しくないのですでに
「そんなに早くこなくていい」と思ってた。
一緒に保育所に通ってる近所の男の子がたまに行きたくなくって大泣きしてるんだけど
「さっぱり」意味がわかんなかった。
せっかくおかあさんと離れられるのにへんなの。
とか思ってた。
■ある日、他のお母さんに私のほうをみて笑いながら
「ほーんまにうちの子ええこなんよ~」と言ってるのを聞いたとき
怒られたことはあるけど
褒められたことなんてまったく記憶にないので
気持ちわるすぎてホンネを言ってるとは全く思えなかった。
「家帰ってなにかされるんちゃうやろか?」
「わたしなんか叩かれることしたやろか?」
とホンキで怯えてた。
その後どうだったのかは記憶にないけど。
すでに
「誉められること」=なにかあるんじゃ
いやいや、ぜったいイヤミに違いない。
みたいな。
なにかー裏があるに違いない。
大人って勝手やし、信じられない。
すでにそんなことを考えていた私は、若干4歳ですでに
「善意や好意を素直に受け取れない」
基盤をつくっておりました。
実際の当時の記憶が
真実でもそうでなくても
母の思いや、背景や
私自身の素行やら、前後のことやら
すべての真相は誰にもわからんですよ。
そんなですが
まあまあ、「かわいそう」を大採用した私は
なんだかこの年齢ですでに
なんだか「えらくひねくれて」物事をみるようになっておりました。
裏の裏の裏の裏くらい。
(めんどくさい子どもだ)
そしてやっぱり
どこでも大騒動を起こす!(笑)
騒動を「自分で」起こしながら
「かわいそう」で「親にわかってもらえない」
「愛されない」を
増強していくのでありました。
その数々は
「どうして葉っぱは落ちるのかな?」
コメントがいっぱい残ってるアルバム。
それでも「愛されなかった」といいきる私。(笑)
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