こんばんは、横田雅彰 です。
旦那さんが、奥さんが、自分を異性として見てくれない・・・
こういう夫婦ってよくあります。
何を隠そう、私もそうであったのでよくわかります(笑)
では、まず男の立場からお話しましょう。
正直、結婚すると、奥さんを女性として扱うのが〝面倒くさくなる〟というのが事実です。
結婚前は、それこそせっせと女性に尽くします。
何故って?それは格好つけたいからです。
〝俺が一番だ!〟ってところを見せたいからです。
だから、尽くします。
これでもか、これでもかってくらい尽くします。
おかげで一人になるとホッと息がつけるわけです。
なにせ、仕事で疲れても、デートともなれば、さらにパワーを要します。
自分の中にある、残り少ないパワーを搾り出さなくてはいけません。
そう、女性の前でパワーを使い果たしたぶん、一人になって英気を養うわけです。
でも、結婚前はそうでもしなければ、〝この人は俺から離れていく〟という危機感がありますから、そりゃもう誰に言われなくとも、たとえ上司や学校の先生、親に言われなくとも、自分から積極的にいきます。
でも、いざ結婚してしまうと、安心感からでしょうか、自分から離れていくという危機感はなくなります。
女性に対するバイタリティーは紛れもなく薄れていくのは事実です。
だってこれまでのように格好つける必要性はないわけですから。
たとえ奧さんの前で、お尻をボリボリかこうが、背中を向けて大きなオナラをしようが、イビキや歯ぎしりをしようがかまいません。
〝そんな俺を選んだのはお前だ〟という傲慢な気持ちがどこかにあるのでしょう。
もう、男であることを見せる必要性がなくなるということです。
その代わりに〝家庭を、家族を守る〟という別のものが芽生え始めるわけですが・・・
でも、この家族というやつも厄介なものですね・・・
だって、自分の親や兄弟姉妹に対し、異性を感じることはまずありませんよね?
つまり、結婚後奥さんも、自分の家族に属してしまうわけですから、そりゃ女性として見られなくなってしまいます。
ましてや、子供が出来ようものなら、自分の奥さんが母親になってしまうんです。
もちろん、男も父親になるわけですが、やはりそこは自分の体を痛めた母親のような強さを持つことはできません。
女性は子供を産むと一瞬で母親になりますが、男の場合、父親になるまでにタイムラグが生じます。
つまり、女性の成長度合いと男性の成長度合いに差が生じます。
そのギャップが、女性として見られなくなってしまうのかもしれませんね。
また、奥さんにとって見れば、旦那さんが子供っぽく見えたり、頼りがいがなく見えたりすることも多いようですね。
こんばんは、横田雅彰 です。
一昨日と昨日の晩、積木くずしというドラマを見ました。
積木くずしは、約30年前に俳優の穂積隆信さんの実話をもとにしたドラマで、当時はものすごい反響だったと記憶しています。
しかし、その後があったとは・・・
しかも、その後の方が衝撃としては凄まじいものが・・・
たった一つの、たった一回の嘘が、これほどまでに恐ろしい結末を迎えてしまうものなんですね。
実は、私も離婚した妻に嘘をついていたことがありました。
でも、その嘘を隠すために、また嘘をついてしまう・・・
すると、新たな嘘が生まれてしまう・・・
こうして、たった一つの嘘が気がつくととんでもないことになってしまうんです。
あのドラマを見て、自分の過去を省みたような気がします。
まあ、幸いにして私はこうして生きてはいますが、もしかしたら私も同じようなことをしていたかもしれません。
嘘をつくことは罪なことです。
でも、時として嘘は相手をかばうこともあります。
相手を傷つけたくないという優しさなのかもしれません。
でも、相手を傷つけたくないというのは、もしかしたら詭弁なのかもしれません。
相手を傷つけたくないのではなく、自分が傷つきたくないからなのかもしれません。
誰にでも話したくないことはあるでしょう。
それがたとえ自分の大切な人、ご主人や奥さんだとしても・・・
でも、それを隠すために、さらに犠牲にしてしまうものがあるのだとしたら・・・
そのことを、もう一度考えてみる必要はあるでしょう。
また、他人には話せない・・・そんな秘密を抱えていることが、どんなに苦痛を伴いことか・・・
でも、幸いにして私たちは過去に生きているんじゃありません。
今という、この瞬間に生きています。
過去を忘れることはできません。
過去には大きな傷を負った人もおられるでしょう。
もちろん、私も大きな傷を抱えています。
でも、傷は必ず治ることも事実です。
もちろん、傷跡は多少残るかもしれません。
まあ、小さな虫に食われた程度のことです(苦笑)
そして、その食われた跡は私たちの生きてきた証・・・勲章みたいなもんです。
ですから、その勲章を誇りに思うようにしてみましょう。
あなたにしか味わえないもの、受けた傷も同じことでしょう・・・それは確実に存在します。
それは、あなただけが味わえた貴重な体験だったんです。
一昨日と昨日の晩、積木くずしというドラマを見ました。
積木くずしは、約30年前に俳優の穂積隆信さんの実話をもとにしたドラマで、当時はものすごい反響だったと記憶しています。
しかし、その後があったとは・・・
しかも、その後の方が衝撃としては凄まじいものが・・・
たった一つの、たった一回の嘘が、これほどまでに恐ろしい結末を迎えてしまうものなんですね。
実は、私も離婚した妻に嘘をついていたことがありました。
でも、その嘘を隠すために、また嘘をついてしまう・・・
すると、新たな嘘が生まれてしまう・・・
こうして、たった一つの嘘が気がつくととんでもないことになってしまうんです。
あのドラマを見て、自分の過去を省みたような気がします。
まあ、幸いにして私はこうして生きてはいますが、もしかしたら私も同じようなことをしていたかもしれません。
嘘をつくことは罪なことです。
でも、時として嘘は相手をかばうこともあります。
相手を傷つけたくないという優しさなのかもしれません。
でも、相手を傷つけたくないというのは、もしかしたら詭弁なのかもしれません。
相手を傷つけたくないのではなく、自分が傷つきたくないからなのかもしれません。
誰にでも話したくないことはあるでしょう。
それがたとえ自分の大切な人、ご主人や奥さんだとしても・・・
でも、それを隠すために、さらに犠牲にしてしまうものがあるのだとしたら・・・
そのことを、もう一度考えてみる必要はあるでしょう。
また、他人には話せない・・・そんな秘密を抱えていることが、どんなに苦痛を伴いことか・・・
でも、幸いにして私たちは過去に生きているんじゃありません。
今という、この瞬間に生きています。
過去を忘れることはできません。
過去には大きな傷を負った人もおられるでしょう。
もちろん、私も大きな傷を抱えています。
でも、傷は必ず治ることも事実です。
もちろん、傷跡は多少残るかもしれません。
まあ、小さな虫に食われた程度のことです(苦笑)
そして、その食われた跡は私たちの生きてきた証・・・勲章みたいなもんです。
ですから、その勲章を誇りに思うようにしてみましょう。
あなたにしか味わえないもの、受けた傷も同じことでしょう・・・それは確実に存在します。
それは、あなただけが味わえた貴重な体験だったんです。
こんばんは、横田雅彰 です。
あなたがパートナーに対し、イライラする、腹が立つ・・・
本当に人生とはうまくいかないものです。
イライラする、腹が立つというのは、あなたが相手の行動を許せない、自分であれば絶対にそんなことはしないと考えているからです。
でも、そこで少し立ち止まってみましょう。
突然ですが、中原中也という詩人をご存知でしょうか?
この方の詩を読んだことはなくても、名前ぐらいは聞いたことがあると思います。
中原中也の詩に「月夜の浜辺」という詩があります。
ちょっとご紹介します。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打ち際に落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打ち際に落ちていた。
それを拾って役立てようと
僕は思ったわけでもないが
月に向かってそれを抛れず
浪に向かってそれを抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁み、心に沁みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
いかがでしたか?
彼は、2歳の息子さんを病気で亡くしています。
その喪失感の中で書いたのが、この詩です。
では、ここでもう一度、この詩を読んでみてください。
今度はどんなふうに感じましたか?
月夜の晩に、拾ったボタン・・・
そのボタンと病気でなくされた息子さんとが重なっているように感じられませんか?
つまり、物事の背景を知ると、違った感じ方ができるようになるということです。</font>
私は、高校時代、友達とスーパーで万引きをしたことがあります。
もちろん、万引きという行為は許されるものではありません。
でも、どうして万引きをしてしまったのか・・・
まあ、かなりに昔のことですので、あまり鮮明には覚えていませんが、おそらく、自分の勇気を試したかったのではないでしょうか?
また、友達と万引きという行為を通じてつながっていたかったのでしょう。
かれこれ40年以上も前のことですので、もう時効?でしょうが・・・
私は、この詩を読んだときに、そんな過去の自分の罪を思い出してしまいました(苦笑)
まあ、皆さんは私とは同じ状況とは限りません。
でも、相手が自分の思う通りにしてくれないということには、必ず背景があります。
その背景を、ちょっとでも知ろうとする、理解しようとすると、また違った見方ができるようになるものです。
ですから、少しだけ相手の背景に目を向けてみましょう。
もしかしたら、そこに大切なものが落ちているかもしれません。
あなたがパートナーに対し、イライラする、腹が立つ・・・
本当に人生とはうまくいかないものです。
イライラする、腹が立つというのは、あなたが相手の行動を許せない、自分であれば絶対にそんなことはしないと考えているからです。
でも、そこで少し立ち止まってみましょう。
突然ですが、中原中也という詩人をご存知でしょうか?
この方の詩を読んだことはなくても、名前ぐらいは聞いたことがあると思います。
中原中也の詩に「月夜の浜辺」という詩があります。
ちょっとご紹介します。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打ち際に落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打ち際に落ちていた。
それを拾って役立てようと
僕は思ったわけでもないが
月に向かってそれを抛れず
浪に向かってそれを抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁み、心に沁みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
いかがでしたか?
彼は、2歳の息子さんを病気で亡くしています。
その喪失感の中で書いたのが、この詩です。
では、ここでもう一度、この詩を読んでみてください。
今度はどんなふうに感じましたか?
月夜の晩に、拾ったボタン・・・
そのボタンと病気でなくされた息子さんとが重なっているように感じられませんか?
つまり、物事の背景を知ると、違った感じ方ができるようになるということです。</font>
私は、高校時代、友達とスーパーで万引きをしたことがあります。
もちろん、万引きという行為は許されるものではありません。
でも、どうして万引きをしてしまったのか・・・
まあ、かなりに昔のことですので、あまり鮮明には覚えていませんが、おそらく、自分の勇気を試したかったのではないでしょうか?
また、友達と万引きという行為を通じてつながっていたかったのでしょう。
かれこれ40年以上も前のことですので、もう時効?でしょうが・・・
私は、この詩を読んだときに、そんな過去の自分の罪を思い出してしまいました(苦笑)
まあ、皆さんは私とは同じ状況とは限りません。
でも、相手が自分の思う通りにしてくれないということには、必ず背景があります。
その背景を、ちょっとでも知ろうとする、理解しようとすると、また違った見方ができるようになるものです。
ですから、少しだけ相手の背景に目を向けてみましょう。
もしかしたら、そこに大切なものが落ちているかもしれません。