スピッツ『ひみつスタジオ』感想&レビュー【令和で最強のポップ&ロックアルバム】 | とかげ日記

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●令和で最強のポップ&ロックアルバム

前作『見っけ』から約3年半ぶりにリリースされたスピッツの17作目となるオリジナル・フルアルバム。コロナ禍にたまった曲を一気に放出! 製作期間が長いだけあって、どれも良曲です! この名曲飢饉の世にあって、音楽リスナーが望んでいた名曲が鳴り響いています。歌メロだけで泣けてくるよ…。

最近のスピッツには人気の全盛期にあった甘酸っぱさがなくなったと思っていたけど、このアルバムは充分に甘酸っぱい。 それに加えて円熟した濃(こま)やかな熱意も感じられて昇天寸前です。熱意とは、意欲的に生きること。上向きのエネルギーが本作『ひみつスタジオ』には詰まっている。

そして、音楽のマジックを感じる。『スーベニア』(2005年)以降のアルバムは、他のバンドに比べれば良い曲は多いとは思うが、『三日月ロック』(2002年)以前のような刺さる曲は少なくなった。そう、中期(『Crispy!』(1993年)から『三日月ロック』まで。←僕の解釈)の黄金期には飛び抜けて良い曲がありすぎて、アルバム内では飛び抜けて良い曲が無い打率9割の傑作だったが、『スーベニア』以降で刺さる曲はアルバム中2〜3曲しかない。一つ一つの曲をじっくり聴くと良い曲だなと思えるけど、それ以上の感慨を覚えたり、切実さを感じたりすることはレアになった。

ボーカルの長音(長く伸ばす声)にすでに切なさが宿っている。 柔らかで"くすみ"のある声色、その中にある透明感が素晴らしい。本作ではこのフィーリング(透明感と清らかさ)を特に感じる。そして、みずみずしいサウンドもあわせて、ボロボロの真綿に癒しの水が染み込んでいくように、その音像は僕を元気にしてくれる。統合失調症により真綿で首を絞められるような思いをしてきた僕の心も生かしていく。

クリアカットで風通しの良さを覚えるジャケットの作風。ダサいと言う方をツイッター上で見かけたが、少しSFチック(Sukoshi Fushigi)で可愛いし、女性の笑顔が素敵だし、黄色を基調としたデザインも明るくて印象深い、良いジャケットだと思う。また、このジャケットの作風はこのアルバムの作風につながっている。『ひみつスタジオ』のアルバム名も収録曲も、任天堂のゲームであるMOTHERシリーズのようなユニセックスな可愛さがあり、ユーモア、ユルさ、そして親しみやすさにあふれている。

さて、音楽性の話に入ろう。チープトリックのように知的に屈折しつつ、明快な聴きごごちの音楽だ(そもそも、チープトリックは訳すと「小細工」というバンド名からして屈折している)。また、ベルアンドセバスチャンのような繊細でささやかなロマンも感じ取れる。

メタルとパンクの両方に理解があるのも特徴だろう。パンクロックを志すも、邦パンクの伝説"ブルーハーツ"の登場でビートパンクバンドから路線変更したという経歴がある。また、フロントマンの草野正宗さんがホストを務めるラジオ番組『ロック大陸漫遊記』 の今年4月9日の放送テーマはジャパメタの雄・アースシェイカー。その昔、草野さんがバンドを組むようになってボーカルを担当してから初めてコピーしたのも、メンバー4人ともそれぞれ高校生の時にコピーしていたのもこのバンドだ。スピッツの音楽にはパンクの鋭い優しさとメタルの熱い愛があるのだ。

歌謡曲やアイドル音楽への意識も他のアーティストに比べて強い。だからこそ、それらのポピュラーミュージックに劣らないキャッチーな曲も作れるのだと思う。スピッツはロックとポピュラーミュージックを架橋するバンドだ。

この風通しの良いサウンドは、リズム隊の演奏が成すしなやかな体幹と、ウワモノに感じる甘みと旨みの両方から成り立っている。スピッツメンバー同士のさわやかで固い結束が音に表れていてニヤけてしまう。


さて、収録曲を見ていこう。白眉はやはり、先行シングル曲の#4「美しい鰭」だろう。映画『名探偵コナン 黒鉄の魚影』の主題歌であるこの曲は、作品の登場人物に寄せた歌詞なのだが、金管楽器の華やかさや美しい鰭(ヒレ)のように滑らかな流線形を描くメロディの美麗さは、コナンのファンではなくても伝わると思う。水を得た魚のようにグイグイ音程が動くベースが気持ちいい。ドラム始まりやキャッチーで明るいギターの響きは「チェリー」、絢爛なホーンセクションは「夏が終わる」の令和版といった趣き。
(また、シングル2曲目の「祈りはきっと」は、なんでこの曲が新しいアルバムに入らないの?と思うくらい素晴らしい曲です。過去曲でいうと「さらさら」などを想起させるこの刹那な切なさはスピッツの十八番だね!)



他のアルバム曲も駆け足で見ていこう。

#1「i-O」。♪アーイオーって歌うから、仮タイトルでつけたものがそのままタイトルになったという。ジャケット写真のロボットの名前もi-Oというらしい。アルバムのオープニングにふさわしい、徐々に立ち上がるしっとりとしていて慈愛にあふれた曲。

#2「跳べ」。ロックバンドとしての確かな骨格を感じるアップテンポのナンバー。ミスチルの曲にも同名の曲があるけど、「跳べ」と歌うのは勇気と思い切りの良さを伝えるのに良い曲想だと思う。

#3「大好物」。ベタに思えてもこのユルくて切実な味わいは、スピッツの作家性によるもの。ベタな感想になるが、まさに僕の「大好物」の曲だ。



#5「さびしくなかった」。「さびしくなかった/君に会うまでは」という歌詞が意味するのはもちろん、"君に出会ってから寂しさを感じる"(君に会いたくなって寂しく感じる)ということだろう。牧歌的なラブソングであり、ライフソング。君に会ったため生まれ変わるというのは、「ロビンソン」や「青い車」にも通じるスピッツ曲の核心の一つだ。

#6「オバケのロックバンド」。みんなでSMAPみたいに歌ってみようといって作った曲。草野さん以外のメンバーがボーカリスト然としていないところがむき出しでユーモラスな心証でナイス。メンバーのユニゾンは、これからの作品で定番にして良いくらい素晴らしい。

#7「手鞠」。「感動の空気から逃れた日 群れに馴染めないと悟った」という歌詞に注目。僕は群れられる人がうらやましい。自分の持って生まれた器があるから、よっぽどのことがないと群れに馴染められないだろうと思ってしまう。だから、この歌詞に共感するし、心震わせる。そして、本曲の主人公のようにそこから一歩踏み出そうと思える。自分の葛藤が可憐で切実なメロディになっていて感涙した。

#8「未来未来」。女性のターザンが「アーアアー」と一人で雄叫びを上げるような箇所が何か所かあったり(レッド・ツェッペリンの「Immigrant Song」を民謡風にした感じ?)、ソリッドなサウンドフォルムに中毒性があったり、今までに無いアプローチが光る曲。これは面白い!

#9「紫の夜を超えて」。これは自分の勝手な空想ですが…。「進め」の青信号でも、「止まれ」の赤信号でもなく、その間に「進んでも止まってもよい」の紫信号があるとしたら。進むか、止まるか、その決断をする紫の夜を越えていこうと歌う草野さん。着実かつ楽観的に響くサビの4つ打ちにも勇気をもらえます。



#10「Sandie」。ハネたリズムと柔和なメロディが心地よい。歌詞にある「しなやかでオリジナルなエナジー」を感じさせる。

#11「ときめきpart1」。曲名に「三日月ロック その3」を思い出した笑。「ときめてる 初めて?/怖いくらい」と歌って違和感がないくらい草野さんの精神とバンドの演奏は若々しいなと思う。

#12「讃歌」。恋愛(ひいては人生)を讃えた歌なのだろうか。「瞬く間の悦びさえ/今は言える 永遠だと」という歌詞の境地は草野さんならでは。

#13「めぐりめぐって」はゴキゲンなロックンロール。スピッツの最近のアルバムではよくある、カラっとしていて陽気にアルバムを終えるパターンだ。だけど、曲中でテンポが落ちるシーン(「細い糸をたぐって」からの箇所)があって、晴れたり雨が降ったり、永遠に続く営みの沼の底に落とされる思いをする。


「優しいスピッツ」という映画が6月から公開されるが、本当にスピッツは優しい。傷ついた心の人間を抱えた世界にとって、優しさは一番必要とされているものだ。 「優しい人になりたいよね」(#2「跳べ」)と歌っていたり、過去の曲には「優しくなりたいな」という曲名がある。優しい、または優しくなりたいという表現はスピッツのアイデンティティの根幹だと思う。

しかし、優しさだけではリスナーの心を動かせない。スピッツの曲には、熱さがあると思う。"熱意"のようなものを感じるのだ。「伝えようなんてそんな大それてない/ただ聴いてよ/言葉にならないこのメロディを」と歌うTRIPLANE(トライプレイン)というバンドがいるが(この曲「モノローグ」は名曲!)、スピッツには伝えようとする意思を感じる。繊細に思われがちだし、実際に繊細なスピッツだが、勇気と大胆さもあるのだ。その魅力が多くのリスナーに伝わったら嬉しく思う。

とにかく、名作ですので、スピッツファンもそうでない方もぜひお聴きくださいね! 中原中也の「夕照」という詩を大岡昇平が戦地で立硝(りっしょう)中に口ずさんだように、リスナーから大切にされるべきアルバムだ。

世間を賑わす凶悪犯罪が依然として横行し、ますます激動する日本と世界情勢の中で、主語の大きくない、小さな演奏家(生き物)として、人々を勇気づけ、その傷を癒す音楽を奏でるスピッツに喝采を送りたい。


Score 9.2/10.0

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