川辺歩『若気よ至れ』感想&レビュー【中村一義『金字塔』を彷彿とさせる才能】 | とかげ日記

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👆のジャケットのイラストは…
Daiki@イラスト
@daiki_jt
khttps://twitter.com/daiki_jtk/status/1269258474136809473

より。絵を描くことへの愛を洗練さから感じる、不思議な心象を残す素敵なイラストです。

●中村一義『金字塔』を彷彿とさせる才能

川辺歩さんと僕は音楽仲間。身内びいきしていると思われるのが嫌で、前回で川辺さんの曲を取り上げた時には厳し目に批評した。しかし、川辺さんの音楽への僕の理解が深くなったためか、今作が特別に素晴らしいのか、今作は厳し目に聴いても"素晴らしい"としか言えない。

どのくらい素晴らしいかというと、中村一義の伝説的宅録デビューアルバム『金字塔』を彷彿とさせる作品なのだ。同じく宅録の川辺さんの今作『若気よ至れ』を包む音楽の親密な空気感はまさしく『金字塔』。ただ、『若気よ至れ』の方がスケールは小さく、室内楽的な音楽の響きがある。『金字塔』よりも肩肘張らずに気楽に聴け、音楽が本来持つ癒しの力を発揮しているのが『若気よ至れ』だ。


今週の『とかげ日記』(このブログ)では、本当は今週発売のamazarashiの新譜を取り上げようと思っていた。しかし、リード曲をいくら聴いても、曲に対して全く"アート"を感じなかった。

amazarashiは初期作品である『爆弾の作り方』が一番良かったし、アートだった。今のamazarashiは凡庸なギターロックに成り果てている。彼らの決意の強さは聴こえてくるが、純粋な決意があるだけでその底にあるはずの豊かなフィーリングは聴こえてこなかったのだ。


一方、川辺さんの今作は"アート"だと思う。amazarashiの最近の作品にはない豊かなフィーリングと鋭い気づきに満ちている。

彼は自分の歌も演奏も下手だと言って謙遜するが、本人の言うように下手だとしても、その下手な音を組み合わせる、その手つきにクリエイティビティを感じるのだ。良いカードがないことを嘆くよりも、配られたカードでどう闘うのか、川辺さんの作品はその知恵にあふれている。

川辺さんの歌声の響きはペラペラで声の厚みがない。しかし、重ね録り(ダブル)することによって、なんとも言えない味わい深さが出てくる。気楽で豊饒な音楽と共に歌う彼の声はのどかで切実で優しく訴えかけるものがある。

それでは、各曲をみていこう。

#1「走る為の曲」


オススメ曲です。歌メロもコーラスも上昇気流に乗っているような明るい未来への確信に満ちた上機嫌の曲。ボーカルにかけられたリバーブが耳に心地よい。

#2「記憶の岸にて」


歌い出しでステレオの左右に歌声を振るのは、歌詞にあるようにまさしく"影が近づいてる"ようだ。サウンドのこのおどろおどろしさは、川辺さんも好きなバンドである神聖かまってちゃんのテイストが少し入っているかも。

#3「風の里」


途中の雨や笛の音といい、優しいアコギの音色といい、自然に包まれているみたい。癒され度マックスの曲だ。

#4「僕を殺して」


オススメ曲です。筆者の僕の「カラス」という曲(https://youtu.be/_gxwXplzhCA)の歌詞が一つのモチーフになっている。そのため、クレジットにも僕の名前が入っている(ありがとう!)。曲名は過激だが、凹んだ時に聴いたら立ち直れそうなしなやかさと前向きさがある。


#5「頬撫でる風ひんやりと」


2分以下の演奏時間の小品だが、音楽の深淵までリスナーを連れていきそうな不思議な魅力のある曲。川辺さんが以前に作ったインストアルバムでの経験が活きているのだろう。

#6「思い出し笑い」


素朴なパーカッションの音色があの頃の僕を追想させる。筆者の僕も4, 5年前に仲がこじれて親友を失ったのだけど、その傷をこの曲の優しいメロディが癒やしてくれた。


外部に委託したというジャケットのイラストからして素晴らしい。社会を意味するビル(学校?)の上で空を飛ぶクジラか水生生物を描いているだろうこのイラストは、ラルクアンシエルのアルバム『アーク』と同じく方舟(はこぶね)を意味しているように僕は推察する。僕を悩みから解放してくれる方舟と同じ効用がこのアルバムにはある。

『若気よ至れ』というアルバム名は、若い時は細かいことは気にせずに思う存分弾けろよという若者への激励の言葉かもしれない。僕はもう若くないけれども、強炭酸ジュースくらい弾けていたい。

Score 8.6/10.0

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