BUMP、RAD、米津玄師の系譜は邦楽ロックを変えた | とかげ日記
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【日記+音楽レビューブログ】音楽と静寂、日常と非日常、ロックとロール。少数派のための、あるいは、少数派への優しさを持った多数派のための音楽。




tofubeats - 水星 feat.オノマトペ大臣(PV)

『とかげ日記』の2010年代ベストトラックには入れなかったけれども、2010年代を代表する曲。再生回数も1000万回を超えている。

2012年の公開当時、これが2010年代のモダンかと腑に落ちた記憶がある。今聴いても色落ちない。

2020年代のモダンといえば、最近のアーティストで思い浮かぶのは、長谷川白紙だ。


長谷川白紙 - あなただけ

この曲に関しては、友人の評が的を射ていると思った。

「この曲すごいと思った
コーネリアスフォロワー丸出し感と
今っぽくてスマート過ぎる音作りはあざといとも思うけど」

ここでいう、"今っぽくてスマート過ぎる音作り"こそ2020年代のモダンといえるのではないか。この曲は2019年の発表だが、2020年のモダンの先鞭をつけたと思う。

この曲よりも前に2020年代のモダンの先鞭をつけたのは、米津玄師だろう。ボーカロイドを経由したスマートな音作りをボーカロイド以外のフィールドにも広げた主犯が彼だ。

米津さんがハチ名義で発表しているボーカロイド曲で僕が一番好きなのは「砂の惑星 feat.初音ミク」(2017年発表)だ。過去のボーカロイド曲からの進化が垣間見える。


ハチ MV「砂の惑星 feat.初音ミク」

「Lemon」を初めて聴いた時、歌詞が殊の外エモーショナルに響き、印象に残った。歌詞の言葉が感情の主張になっていると感じたのだ。リスナーの心を揺らす"表現"になっている。僕はハチ名義の曲に感情の主張を感じたことは無かったが、「Lemon」は違ったのだった。

しかし、「あの日の悲しみさえ」の「あの日」はどの日かツッコまずにはいられない。そこを逃げずに具体的で詩的に描けたら、もっと良い曲になると思った。


米津玄師「Lemon」

BUMP OF CHICKENからRADWIMPSに受け継がれたバトンは、米津玄師に無事に受け継がれていると思う。三者共に、芸能的なものから離れ、繊細かつ熱い思いを歌にする音楽だ。歌詞の意味性を重要視したBUMPと、新しい時代のミクスチャーロックを演奏するRADWIMPSは日本語ロックを更新する存在だったが、米津玄師の音楽も日本の音楽を変え得るポテンシャルを持っている。

ところで、90年代に小室哲哉は日本人の耳をダンスミュージックに最適化するように教育した。

最近の米津玄師と星野源は日本人の耳を最新洋楽を咀嚼したポップミュージックに最適化するように教育している感がすごい。 次の世代が出てきたら、邦楽はこれから更に進化しそう。

星野源、米津玄師、King Gnuを始めとした洋楽と邦楽の本当の意味でのミクスチャー(混合)サウンドは、今後ますます流行するだろう。ヒップホップのビートなどの最新のトレンドを取り入れたサウンドだ。一時期流行ったシティポップ勢を上回る流行になることは確実だと思う。

僕は洋楽の方が邦楽よりも質が高いという単純な議論をしている訳ではなくて(元メガデスの人やリバース・クオモがJ-POPを複雑=コンプレックスな音楽だとして褒めているのも頷けます)、日本の大衆のリスナーの音楽性志向や快楽原則が彼らの登場により多様化している傾向を嬉しく思うのだ。大衆音楽を聴いていたリスナーが彼らを聴いて感化される、この状況がアツい!

USでは今、日本のシティポップが流行っていますよね! 日本ではceroなどが火をつけた2010年代のシティポップの流行は、下火になりつつあるが…。USの今のヒップホップや電子音楽のビートに憧れる日本の音楽と、日本の過去のシティポップに魅力を感じるUSですれ違っているのが面白い。

また、世界の音楽がトラップやビリー・アイリッシュなど、低音に関心を向ける中、日本の多数派の音楽は関心を向けていない。だが、それで良いと思う。音楽のグローバル化はローカルの人を幸せにするとは限らない。僕は世界の潮流よりも、日本の今の音楽の方が好きだし、支持したい。(もちろん、海外の曲にも好きな曲はありますよ。)

2020年代の邦楽はこれからもっと面白くなっていきそうだ。米津さんの劣化コピーが巷にあふれたら嫌だけど。とりあえず、コロナ禍には早く終わってほしい。


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