中村一義『十』感想&レビュー【歌詞は抽象を極め、愛と共に宇宙まで突き抜けた】 | とかげ日記

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●歌詞は抽象を極め、愛と共に宇宙まで突き抜けた

一通り聴いてみてまず思ったのが、いつもの中村一義のクリアカットな音像ではないこと。重低音が厚めに出て、ややファジーでラウドな音像になっている。しかし、その音像で演奏しているのは、いつものソフトロックの音楽性であり、この音像にしたのは個人的に疑問符がつく。

しかし、この音像は、タフで重厚な中村一義の精神の表れなのだろう。「この哀しみをもう、忘れないだろうな。/今日、終わったこの日から、始めりゃいい。」(#1「叶しみの道」)と一曲目から歌い、哀しみを胸に留めつつ、前に進んでいく中村一義がそこにいる。

タフで重厚な精神は、深い愛を生む。「いつだってさ、愛すものを守ろう。なぁ、カミーユ」(#4「神・YOU」)と歌い、愛するという言葉を衒いもなく使っている。(ちなみに、ここでいう「カミーユ」とは中村さんの好きなガンダムシリーズにおけるZガンダムのパイロットのカミーユのことだろう。彼のバンド"100s"は百式と読むし、「モノアイ」という名前の曲もあるし、中村さんはちょくちょくガンダムネタを挟んでくる。)

デビュー作の『金字塔』と絡めた話をしよう。本作は『金字塔』と同じく、すべての楽器を中村さん一人で演奏する手法が取られている。#2「それでいいのだ!」の音楽性には『金字塔』の頃の面影を感じた。アルバムの歌詞は全体的に抽象的だ。今までの中村一義も抽象的なところがあったけど、それよりも抽象的だ。前作までで一番抽象的だった作風の『金字塔』を思い出す。『金字塔』の歌詞は抽象的で、雲の上の高いところにいたイメージの中村一義が次作『太陽』の歌詞で一気に具象に近づき、僕らリスナーの前に下りてきたイメージがあった。本作の歌詞は抽象を極め、愛と共に宇宙まで突き抜け、また中村一義が雲の上の高いところ(宇宙!)まで行ってしまった趣きがある。

僕は本作を天使の音楽だと思った。中村一義には「愛すべき天使たちへ」という曲もあるしね。この音楽をそう読むのなら、アルバムタイトルの「十」は十字架の十に読める。

先日、アルバムリリースを発表した太平洋不知火楽団のアルバムジャケットには「empathy for the devil(悪魔への共感)」と書かれていて、そのアルバムとは逆の思想に基づくアルバムだと思う。

うみのてと呂布カルマがコラボした「MUTEKIの歌」には、「まじめな奴から狂う」というリリックがあるが、中村一義の本作は狂気から人々を守る効果があるのではないかと思える。そこには、狂気に抗う愛の論理があるからだ。

本作『十』には天使的な理路整然とした深い愛が貫かれている。歌詞は抽象的だが、そこには論理性がある。僕も統合失調症が急性期に入って理性を失いそうになったら、本作を聴いてみたいと思う。きっと、中村一義の音楽が僕を守ってくれる。

リード曲の「愛にしたわ。」が名曲だから、皆さんにも聴いてほしい。ファルセットが気持ちいい。メロディや歌詞の節々に中村節がある。セックスの隠喩と思える歌詞から、宇宙にまで想像が飛んでいく、その想像力が突き抜けている。あなたも中村一義の衒いのない愛を感じてほしい。

Score 8.0/10.0

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