スピッツ『見っけ』感想&レビュー | とかげ日記

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●シンプルな力強さの中にあるセンチメンタリズム

楽曲のシンプルで力強い骨格が、スピッツというバンドの演奏力のたくましい筋力をあらわにさせている。

サビというサビがなく、Bメロがブリッジ的に変化を添えるような構成の曲が多い。強いサビがないのは個人的に残念な面もあるけれども、このシンプルさが本作のさらっと聴ける聴きやすさや力強さに繋がっていると思えるから、そこまで気にならない。

ソングライターの草野さんの少年のように澄んだ声と心を堪能できる。「時が流れるのは しょうがないな」(「初夏の日」)と青年時代から時が経ったのを認めながらも、それでもみずみずしいスピッツがそこにいる。

2002年の『三日月ロック』までを愛聴する自分にとって、2005年の『スーベニア』以降のスピッツをどのように捉えるのかは長年の問題だった。聴けば、ああ良いなと思えても、「毒とエロス」をあまり歌わなくなったスピッツは自らの個性を捨ててしまったように思えてならなかったからだ。それこそ、毒にも薬にもならないような楽曲が続いて、自分の心がスピッツから離れていくのを感じていた。

しかし、本作のサウンドプロダクションはすこぶる良い。演奏の力だけで聴かせてしまう。ギターロックの愉悦が詰まっている。今のスピッツはこの力強さとロマンチシズムで勝負しているのだなと分かる卓抜とした演奏だ。そして、その力強さの中でセンチメンタリズムの花が咲いている。

シングル曲「優しいあの子」を聴き、僕はこの曲と恋に落ちた。こんなに純朴な曲、僕は聴いたことがない! この素朴な音楽性は近田春夫氏の言うように、チューリップから影響を受けているのかもしれない。細かく跳ねている「ハーフタイムシャッフル」と呼ばれるリズムと共に、自分も一歩一歩前へ軽快に歩いているような心地になる。スピッツから離れ、離ればなれだった秒針がまた重なるのを感じる。

表題曲の一曲目「見っけ」が始まり、キラキラしたシンセが鳴り響き、鉄壁のバンドサウンドが鳴り響くと、もうそこはスピッツワールド。ファンタジーな歌詞とキャッチーなメロディーで、希望あふれる世界へ連れて行ってくれる。このポジティビティーは、初期のスピッツでは考えられなかった。オススメの一曲だ。

リード曲「ありがとさん」も、骨太なギターロックサウンドの中にある哀愁の感じがとても良い。別れた恋人への思いを綴る歌詞も、切ないけれどもそこまで湿ってなくて素敵だ。

「まがった僕のしっぽ」の「せまい籠の中から お花畑嗤うような そんなヤツにはなりたくない」や、ラストの曲「ヤマブキ」の「監視カメラよけながら」や「邪悪と見なされても 突き破っていけ」など、反抗精神の垣間見える歌詞も健在だ。本作は健康な精神が産み出した健康なアルバムだが、こういった反骨の側面が深みを与えているように思う。

「ブービー」のようなムーディーな変化球があるのもいい。かと思えば、その次の曲「快速」では、アレグロのテンポで疾走する。シンプルながらも飽きさせない仕掛けがたくさんあるのだ。「YM71D」のギターカッティングの音色はオシャレで、えっ、これがスピッツと思わずにはいられないはずだ(歌詞からすると、曲タイトルの意味は「やめないで」だろう)。「まがった僕のしっぽ」では、フルートを取り入れたり、中盤でテンポアップしたりと、一つ一つの曲にチャレンジがあり、それが曲のキャラクターを形作っている。

聴いているうちに、どんどん元気になれるアルバムだ。色ツヤも骨格も筋肉も健康的なアルバムなのだ。こんな総評をしたら、「毒とエロス」の頃のスピッツには嘲笑われていただろう。だが、今のスピッツならリスナーの僕のこんな感想でも受け止めてくれると思っている。そして、この健康さこそが病んだ現代への何よりのカウンターであるのだろう。

Score 8.3/10.0

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