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前作『eureka』から10ヶ月のスパンで届けられたEP。
「春と修羅」で「あいつをどうやって殺してやろうか」といきり立っていたきのこ帝国はここにはいない。鋭利な言葉は出し切ったと、ギターボーカルでソングライターの佐藤はナタリーのインタビューで答えている。丸みを帯びた声で、静かに流れる日常のように穏やかな言葉が歌われている。
きのこ帝国は「森田童子meetsシューゲイザー」という形容をしていた人がいたように、歌とシューゲイザーの両面で語られることの多いバンドだ。本作では、歌がくっきり目立つ音処理が施され、歌の比重が重くなっている。
ギターボーカルの佐藤さんは、マイブラからの影響を公言している。音楽ライターの宇野維正さんは、本作を指して、「Loveless」以降ではなく、初めて生まれた「m b v」以降の日本のポップミュージックと形容していた。リズムの取り方や、「Loveless」よりも清新でありつつ、感情的で蒼い悲しみを湛えた「m b v」のサウンドは、本作と共通するものがあるだろう。
グッドメロディの分かりやすい快楽はないが、緩やかな坂道を下っていくようなメロディの愉悦がある。
そして、やはり歌が震えるように上手い。静謐な輪郭を伴った、冷たい手触りの歌声の中、温かい最奥部の情熱に心が共振する。そして、その歌声はどこかしら孤独を宿しているように聞こえる。
しっかりしたリズムの土台の上に轟音で押し寄せるシューゲイズのギターによる、意識の痙攣と快感もある。
僕は、きのこ帝国は『eureka』の「夜鷹」、「ユーリカ」の路線を押し進め、息の詰まった夜のどん詰まりをさらに掘り進める形で歩みを進めていくものだと思っていた。そこに進化の道があると思っていた。だが、違った道で進化した。ずいぶん、風通しが良く明るくなった。
きのこ帝国は、本作の背景として、仲の良かった二つのバンドが解散し、ずっと出ていたライブハウスが閉まってしまったが、きのこ帝国は前に進んでいることがあったと『ROCKIN’ON JAPAN』『音楽と人』など複数のインタビューで答えている。このアルバムには別れと新しい始まりが日記のように刻まれている。控えめに描かれたジャケットの花々の一輪一輪からも喪失感と淡い希望が感じられるように見える。「ロンググッドバイ」というタイトルの下、コンセプトが明確だし、全体のサウンドも『eureka』よりも統一感がある。
本作は、「愛おしい幻」や「脳内LSD」といった幻を見せつつも疾走感にあふれた「ロンググッドバイ」で幕を開ける。絶望が足りている者の言葉は、明るく響きつつも胸に確かな重みを伴って響く。
2曲目「海と花束」は本作のリード曲。ミディアムテンポで別れの最後が徐々に進みつつ、クリーントーンのギターと透き通った歌声に胸がすく。
3曲目「パラノイドパレード」は本作で一番オススメしたい楽曲。ハイライトだ。何気なく一度しかない日常を描いた歌詞、うろつき痙攣する歌声のメロディ、ギターも最高潮に感情が乗っている。
4曲目「FLOWER GIRL」はスローにミステリアスに、後悔とサイケデリックな心情が歌われている。この曲の「君」は狂ってしまい、どこか遠くへ行ってしまったのだろうか? 本作の中で僕が最も好きな曲だ。
自分の好きな音楽ライターである津田真さん(クレーター通信)が薦めていたので聴き始めたきのこ帝国だったが、「ユーリカ」の一曲で自分が心から愛するバンドになった。しかし、EP『ロンググッドバイ』には、「ユーリカ」のような“自分の歌”はなかった。収められた曲は、僕が夢中になって何度も繰り返して聴く歌、自分自身にとって切実に響く歌ではなかった。
だが、きのこ帝国は“自分のバンド”であると感じる。高速の踊れるロックが人気を集める邦楽ロックの世界において、スローに彼らにしか歌えない歌を鳴らす姿勢に共感する。
「海と花束」のYouTubeのコメントや評価を見ていると、リスナーには好意的に受け止められているようだ。だが、この作品が広範なポピュラリティを獲得するかは未知数だ。作家性やエゴ、オリジナリティはあるが、メロディが弱いし、大衆性があるかといえば微妙だ。だが、この表現の手法のまま、表現の強度を上げていけば、“一人一人”に響きつつ、“みんな”に響くバンドになるのではないか。多数派にも少数派にも優しく響くスピッツのように。
最後の曲「MAKE L」は、別れの後の始まりを祝福するように鳴り響く。去っていくファンもいるかもしれないが、きのこ帝国の魅力に気付いた新しいファンも増えていくだろう。きのこ帝国のこれからを見守りたい。
(この記事は、発売当時に書いて削除してしまった記事を復元したものです。)