物忘れが多い人にはケトン食 | 頭痛 あれこれ

頭痛 あれこれ

 「慢性頭痛」は私達の日常生活を送る際の問題点に対する”危険信号”です。
 このなかで「片頭痛」は、どのようにして引き起こされるのでしょうか。
 慢性頭痛改善は、「姿勢」と「食生活」の改善がすべてであり、「健康と美容」のための第一歩です。

認知症は食事や生活習慣で予防や治療できる


 認知症は予防することが大切です。たとえば、魚の油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、野菜や果物などビタミン・ミネラルやポリフェノールの多い食品の摂取は認知症の発症率を低下させることが知られています。
 逆に白米など糖質の多い食事は認知症のリスクを高めます。
 地中海食はアルツハイマー型認知症の発症率を減らすことが知られています。野菜や魚の多い食事がアルツハイマー型認知症の発症を減らす可能性が指摘されています。
 肥満や糖尿病やメタボリック症候群は動脈硬化を促進して脳血管障害の発症リスクを高めます。糖尿病やメタボリック症候群がアルツハイマー型認知症の発症率を高めることも報告されています。肥満や糖尿病やメタボリック症候群はカロリー制限や糖質制限など適切な食事で改善できます。
 ケトン食はこれらの疾患を短期間に改善することが多くの臨床試験で確認されています。
 福岡県久山町の住民を対象に行われている疫学調査の「久山町研究」でも、糖尿病が脳血管性とアルツハイマー型の両方の認知症の危険因子であることが示され、最近の認知症の急増は糖尿病患者が増えていることが要因になっていると指摘されています。
 久山町の追跡調査では、牛乳・乳製品や大豆製品・豆腐、野菜などを多く食べ、ご飯や酒類が少ない食事パターンが脳血管性とアルツハイマー型の両方の認知症の発症リスクを半分程度に低下させることが明らかになっています。また、運動も認知症の発症リスクを低下させます。
 さらに、ケトン体を増やすケトン食が、アルツハイマー病や脳血管障害やパーキンソン病やハンチントン病など神経変性疾患の改善に有効であることが明らかになっています。 ケトン食は、糖質を極端に制限した状態で脂肪酸の燃焼を促進させることによってケトン体を産生する食事で、糖尿病やメタボリック症候群を顕著に改善する効果がありますが、ケトン体自体に神経細胞の働きを高めることが報告されています。

 
糖質制限食・ケトン食は認知症にも効く?


 アルツハイマー病では、アミロイドベータタンパク、が溜まっています。
  アルツハイマー病に罹患している脳は、糖尿病患者同様インスリン濃度が低く、ブドウ糖の利用がうまく進まず、エネルギー不足の状態にあります。
 そこでアルツハイマーは「脳の糖尿病」だとか、「第3の糖尿病」だという研究者もでてきました。


アルツハイマーは第3(脳)の糖尿病


 もともと脳はグルコースしかエネルギーとして使わないと言われてきました。そのため、よく勉強や試験の前には『甘いものを食べると脳が働く』と言われ糖質量の多いものを摂取するようにいわれたものですが、今ではケトン体(β-Hydroxybutyric acid)がアセチルCoAとなり、脳のエネルギー源として使用されることがわかっています。


 では何故エネルギー供給が阻害されているのでしょうか? そこには、ミトコンドリアのエネルギー生産とアミロイドβタンパクというたんぱく質の神経毒性が深くかかわっています。


①解糖系では、グルコースがピルビン酸に分解されミトコンドリア内に入り、アセチルCoAとなってエネルギーとして使用されます。
②遊離脂肪酸が肝臓で分解されることによってβ-Hydroxybutyric acid(BHB)となり、ミトコンドリア内でアセチルCoAとなりエネルギーとして使用されます。


 脳はこの①のグルコースのエネルギーと、②のケトン体β-Hydroxybutyric acid(BHB)のエネルギーの二つを使用することができます。
 しかしアルツハイマー患者ではアミロイドβタンパクの増加がみられ、上記のようにアミロイドβタンパクの神経毒性によりミトコンドリアの機能に異常をきたし、グルコースがエネルギーであるピルビン酸がアセチルCoAになるのを阻害されています。
 さらにミトコンドリア電子伝達系には5つの膜結合複合体があり、そのうちのComplexⅢとComplexⅣもアミロイドβタンパクによって阻害されるため、脳でグルコースエネルギーが使用できなくなっています。


 このことからも、アルツハイマーが第3(脳)の糖尿病と言われています。余談ではあるが、健常者は血糖値が低ければ低いほど認知症になりにくく、糖尿病の患者は血糖値が165㎎/dlあたりが最も認知症になりにくいとされています。


 そこでにわかに脚光を浴び始めたのが、中鎖脂肪酸やココナッツオイル等の、「ケトン体」になりやすい油です。
  脳のエネルギー源となるのは、炭水化物を分解して作られるブドウ糖と脂肪を分解して作られるケトン体です。
 インスリン不足でブドウ糖が取り込めないなら、替わりにケトン体を送り込めば良いのでは?というアイデアです。
 ところが脳にケトン体を送り込むのが難しいのです。
 脳は、ケトン体よりブドウ糖を優先して使いますので、炭水化物がたくさんある状態ですと、肝臓はブドウ糖を優先して作ってしまいます。
 これでは作られるケトン体の量が少なく、脳のエネルギー不足を補えません。
 そこで糖尿病でも近年注目されている糖質制限でケトン体の産生を増やす「ケトン食」に注目が集まりました。
 さらに、食べるとすぐに分解されて、ケトン体になる中鎖脂肪酸(MCTオイル)や、中鎖脂肪酸を多く含むココナッツオイルに、注目が集まったというわけです。
 そしてMCTオイルやココナッツオイルで、認知症が改善したという報告も出始めて、家庭でできる認知症対策として、流行し始めたわけです。


ケトン食はアルツハイマー病の治療に有効


 ケトン体は脳神経のエネルギー代謝を改善し、活性酸素や炎症から神経細胞を保護する作用があるので、ケトン食にアルツハイマー病やパーキンソン病や脳卒中等を原因とする脳神経細胞障害の進行抑制にも利用されています。ケトン食が認知障害の改善に有効であることが臨床試験で示されています。
 例えば、軽度の認知障害のある23人(男性10人、女性13人:平均年齢70.1±6.2)を対象に、高糖質食と低糖質食の2群に分けて6週間の食事療法を行った研究があります。(Neurobiol Aging 33(2):425.e19 ? 425.e27, 2012年)
 実験の結果、低糖質食のグループでは、言語記憶能力の統計的有意な改善を認め、さらに、体重、腹囲、空腹時血糖、空腹時インスリン値の統計的有意な減少が認められました。
 記憶力の変化は、摂取カロリーやインスリン値や体重とは相関を認めませんでしたが、血中ケトン値は記憶力の改善と正の相関が認められました。つまり、ケトン体の濃度が高いほど記憶力が良くなったということで、食事性のケトーシスが認知障害を改善するという結果です。
 この研究の結果は、アルツハイマー病の発症リスクの高い軽度認知障害をもつ高齢者に対して、6週間という短期間の食事(低糖質食)の介入だけで記憶力の改善ができることを示しています。
 認知障害の改善の作用機序として、ケトン体による抗炎症作用や神経細胞のエネルギー代謝の改善作用などが示唆されています。神経細胞の主なエネルギー源はブドウ糖ですが、アルツハイマー病などの認知症では神経細胞のブドウ糖の取込みや代謝に異常が起こっているためにエネルギー産生の低下が認められます。ケトン体はブドウ糖に代わってエネルギー源となるため、神経細胞の働きを良くすると考えられています。
 高齢ラットを使った実験でもケトン体が認知機能を高めることが報告されています。(Adv Exp Med Biol 662: 71-75, 2010年)
  この報告では、高齢ラットを2群に分けて、標準的な餌とケトン食の餌で3週間飼育し、ラットの認知機能をT-迷路法や物体認識テストなどで認知機能を測定しています。ケトン食で飼育した群の方が認知機能が良かったという結果が得られています。食事によるケトン症が神経変性疾患の改善に効果があることを示しています。
 米国では中鎖脂肪酸トリグリセリド(中鎖脂肪酸中性脂肪)のカプリル酸トリグリセリドがアルツハイマー病の治療に有効な医療食として認可されています。
 カプリル酸(caprylic acid)は炭素数8個の中鎖脂肪酸(分子式はC8H16O2)です。
 アルツハイマー病あるいは軽度の認知障害をもった20人の成人を対象にして、日を改めて中鎖脂肪酸を摂取した場合とプラセボを摂取した場合で、認知力を比較した研究が報告されています。中鎖脂肪酸を投与すると90分後には血中のβヒドロキシ酪酸のレベルが著明に上昇し、この時点で認知機能を測定しています。
 その結果、ケトン体の量が多いほど、認知機能の改善が認められました。
 つまり、「アルツハイマー病の患者に中鎖脂肪酸を投与すると記憶力の改善が認められ、その改善の程度はβヒドロキシ酪酸のレベルと相関する」という結論です。(Neurobiol Aging. 25(3):311-4. 2004年)
 神経細胞はグルコース(ブドウ糖)とケトン体しかエネルギー源として利用できないのですが、アルツハイマー病ではグルコースの取り込みや利用に障害があり、そのため中鎖脂肪酸を摂取してケトン体の産生を増やすと神経組織のエネルギー産生が改善して症状が良くなると考えられています。
 その他にも、遺伝子発現調節作用の関与や、抗炎症・抗酸化・抗アポトーシスの機序による神経細胞保護作用も関与していると思われます(後述)。
 以上のように、ケトン体自体に神経をダメージから守る作用があり、さらに抗炎症作用などによって神経変性性疾患の治療に効果を発揮するということです。脳卒中(脳出血や脳梗塞)、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などにも効果があることが報告されています。


ケトン食は様々な神経変性性疾患に効果が期待できる


 西洋医学は「病気は薬で治すもの」と考えています。食事で治すという発想はほとんどありません。糖尿病はアルツハイマー病のリスクファクターであり、糖質制限やケトン食がアルツハイマー病の治療や予防に効果があります。
 しかし、まだ臨床的な研究が少ないためか、ほとんど注目されていません。ケトン食が認知力を高めるという実験結果や軽度認知障害にケトン食が有効という小規模な臨床試験の結果がある程度です。しかし、若年性のアルツハイマー病など悲惨な病気に罹っている人は試してみる価値はあると思います。他の有効な方法が無いからです。
 ケトン食はアルツハイマー型認知症だけでなく、様々な神経変性疾患に対する有効性が示唆されています。ケトン体自体に神経をダメージから守る作用があり、さらに抗炎症作用などによって神経変性性疾患の治療に効果を発揮する可能性があるからです。脳卒中(脳出血や脳梗塞)、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病などにも効果があることが報告されています。
 神経変性疾患とは、様々な原因により脳内の様々な部位で神経細胞が病的に死滅してしまうために生じる疾患の総称です。 疾患ごとに障害を受けやすい神経細胞の種類がある程度決まっており、障害される神経細胞の働きにより疾患の症状が決まります。
 アルツハイマー型認知症は記憶を担当する神経細胞(海馬など)の障害であり、筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動を担当する神経細胞(運動ニューロン)の障害です。パーキンソン病は運動を調節する神経細胞のうちドパミン神経の障害で、脊髄小脳変性症は運動を調節する神経細胞のうち小脳などの障害です。
 ハンチントン病(ハンチントン舞踏病)は、大脳中心部にある線条体尾状核の神経細胞が変性・脱落することにより進行性の不随意運動(舞踏様運動)、認識力低下、情動障害等の症状が現れる常染色体優性の遺伝病です。
 ケトン食は元来は難治性てんかんに対する食事療法として開発され、その有効性は確立されています。アルツハイマー病に関しては、臨床試験でその有効性が強く示唆されています。まだ動物実験のレベルですが、筋萎縮性側索硬化症やハンチントン病やパーキンソン病などの神経変性疾患の治療効果も示唆されています。筋萎縮性側索硬化症やハンチントン病はまだ有効な治療法が無い難病ですが、中鎖脂肪ケトン食を試してみる価値はありそうです。また、認知障害を予防したり、記憶力を高めるために中鎖脂肪ケトン食を実践する有用性はあるように思います。


ケトン体の神経変性疾患改善作用


 前述のように、ケトン体を増やすケトン食がアルツハイマー病や脳血管障害やパーキンソン病やハンチントン病など神経変性疾患の改善に有効であることが明らかになっています。
 ケトン食は、糖質を極端に制限した状態で脂肪酸の燃焼を促進させることによってケトン体を産生する食事で、糖尿病やメタボリック症候群を顕著に改善する効果がありますが、ケトン体自体に神経細胞の働きを高めることが報告されています。
 ケトン体はグルコースが枯渇したときに肝臓で脂肪酸が燃焼して産生されます。ケトン体は血液脳関門を通過し、拡散あるいはモノカルボン酸トランスポーターによって神経細胞内に入り、神経細胞のエネルギー源となります。グルコースの代替エネルギー源となる以外に、次のような様々なメカニズムで神経細胞を傷害から守る作用があります。


①ケトン体は神経細胞のミトコンドリアを増やし、ケトン体自体がエネルギー源となって神経細胞におけるエネルギー産生を増やす。
②ケトン体は抗炎症作用があり、さらにミトコンドリアにおける活性酸素の産生を減らし酸化障害を軽減する。
③ケトン体はアポトーシスの過程を阻害することによって神経細胞死を抑制する。
④ケトン体はヒストンアセチル化を亢進して認知機能を高める。

 
  このように様々な機序が報告されており、恐らく、これら全ての機序が総合的に作用して効果を発揮していると考えられます。ケトン体のミトコンドリアに対する作用とヒストンアセチル化亢進の作用についてさらに解説します。


ケトン体はミトコンドリアを保護する


 神経細胞傷害からの細胞保護や認知機能の増強にミトコンドリアでの呼吸(酸化的リン酸化)の改善が重要であることが知られています。つまり、神経細胞のエネルギー代謝において、ミトコンドリアの機能を良くすることはアルツハイマー病などの認知症やその他の神経変性疾患の治療に有効であることが指摘されています。そしてケトン体にはそのような作用があることが報告されています。以下のような報告があります。
 経口摂取で体内でケトン体のβヒドロキシ酪酸になるβヒドロキシ酪酸メチルエステルが、ミトコンドリアを保護するメカニズムによってアルツハイマー病を改善する効果があることが報告されています。(Biomaterials. 34(30): 7552-7562, 2013年)
 アルツハイマー病の発症機序としては、神経細胞のグルコース利用の低下やミトコンドリアの機能障害など様々なメカニズムが想定されています。ケトン体のβヒドロキシ酪酸やアセト酢酸はグルコースの代わりに神経細胞のエネルギー源となるので、アルツハイマー病の治療効果があることが報告されています。βヒドロキシ酪酸はアセト酢酸に変換され、アセト酢酸からアセチルCoAができてエネルギー産生に使われます。
 この研究では、βヒドロキシ酪酸の誘導体であるβヒドロキシ酪酸メチルエステルを使って、アルツハイマー病に対する効果を検討しています。βヒドロキシ酪酸メチルエステルは体内でβヒドロキシ酪酸に変化するので、βヒドロキシ酪酸を投与したのと同じことになります。
 グルコースを枯渇して誘導される神経細胞のアポトーシスをβヒドロキシ酪酸メチルエステルは阻害し、アルツハイマー病の神経細胞で起こっているミトコンドリアの異常を改善して活性酸素の発生量を減らすことが実験で示されています。
 アルツハイマー病のマウスを使った実験では、βヒドロキシ酪酸メチルエステルを投与したマウスはコントロール群(βヒドロキシ酪酸メチルエステルを投与しなかったアルツハイマー病マウス)よりも顕著に学習能力が良くなる結果が得られています。また、アルツハイマー病マウスの脳に沈着したアミロイド-βの量が減少していることが確認されています。
 これらの結果から、βヒドロキシ酪酸は神経細胞のミトコンドリアのダメージを保護し、異常を改善することによってアルツハイマー病の改善に有効であることを報告しています。


ケトン体はヒストンアセチル化を亢進する


 ケトン体のβヒドロキシ酪酸がヒストン脱アセチル化酵素を阻害することによってヒストンアセチル化を亢進します。
 飢餓や直接βヒドロキシ酪酸を投与する方法でマウスの血中のβヒドロキシ酪酸の濃度(0.6~1.5mM)を上昇させると、腎臓など複数の臓器においてヒストンのアセチル化が増えていることが確認されています。(Science 339(6116): 211-4, 2013年)
 長期間の絶食では血中のケトン体のレベルが6~8mM程度まで上昇することが報告されています。
 中鎖脂肪酸を多く使ったケトン食ではβヒドロキシ酪酸を1~2mM程度に維持することは比較的簡単です。つまり、ケトン食で達成できるレベルのケトン体が内因性のヒストン脱アセチル化酵素阻害剤として作用することが証明されています。
 ヒストンアセチル基転移酵素とヒストン脱アセチル化酵素によるヒストンのアセチル化について解説しておきます。
 高等生物のDNAは、ヒストンと呼ぶ球状のタンパク質複合体に1.65回転巻きつき、この複合体を基本単位として存在しています。ヒストンにはアセチル(CH3CO)基が結合し、ヒストンアセチル化と呼ぶ化学修飾が起こります。ヒストンのアセチル化と脱アセチル化の反応は「ヒストンアセチル基転移酵素」と「ヒストン脱アセチル化酵素」によってダイナミックに制御されており、遺伝子発現のON/OFFのメインスイッチになっていると考えられています。
 一般的に、ヒストンの高アセチル化領域は遺伝子の転写が活性化しており、低アセチル化領域は転写が不活性化していることが知られています。例えば、P21cip1は細胞周期の進行を担うサイクリン依存性キナーゼの活性を抑制するインヒビターの一つで、細胞増殖の停止、分化や老化に関わっており、がん抑制因子として捉えられています。
 ヒストン脱アセチル化酵素の阻害は、p21cip1のような細胞周期の進展を阻害する遺伝子の発現を高めることによってがん細胞の増殖を抑える作用が報告されており、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤はがんの治療薬として注目されています。
 タンパク質のアセチル化は、ヒストンだけでなく、非ヒストンタンパク質にも起こります。アセチル化を受けるタンパク質には多数の種類が知られていますが、これらの非ヒストンタンパク質のアセチル化は、タンパク質の安定性や局在や他のタンパク質やDNAとの相互作用などに影響して、がん細胞の発生や増殖や転移などに関与しています。
 通常、ヒストンや非ヒストンタンパク質のアセチル化はがん細胞の増殖を抑制する方向で働くため、このような作用をもった物質はがんの治療に役立つと考えられています。
 さらに、ヒストンや非ヒストンタンパク質のアセチル化は認知機能や学習機能を高める遺伝子の発現やタンパク質の機能を高める作用が報告されています。すなわち、ヒストンアセチル化によって発現が誘導される遺伝子には、神経細胞の死を抑制したり、認知機能や学習機能を高める遺伝子が多く含まれています。さらに、アセチル化される非ヒストンタンパク質の中にも、同様に神経保護作用や神経細胞の働きを良くするものが含まれています。
 以上のようにヒストン脱アセチル化酵素を阻害すると、ヒストンのアセチル化が亢進します。このヒストン脱アセチル化酵素阻害剤が認知障害やがんの治療薬として注目されています。


ヒストンのアセチル化亢進は認知機能を高める


 記憶のメカニズムには神経細胞におけるヒストンのアセチル化が関与していることが最近の研究で明らかになっています。(Annu Rev Pharmacol Toxicol. 53:311-30. 2013年)
 ヒストンのアセチル化は、中枢神経系における遺伝子発現を調節しているエピジェネティックな修飾です。遺伝子の転写は長期持続性記憶(long-lasting forms of memory)において重要な役割を果たしており、一般的に、ヒストンのアセチル化は長期持続性記憶に有利に働き、一方ヒストン脱アセチル化は長期持続性記憶を妨げる働きをすることがしめされています。
 このヒストンのアセチル化はヒストン脱アセチル化酵素阻害剤の使用によって薬理学的に調整が可能であるため、ヒストンのアセチル化は認知力を高めるために治療のターゲットとして特に注目されています。つまり、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤は、神経発達障害や神経変性疾患における認知障害の治療だけでなく、健常人に対する認知力増強の方法としても効果が期待されています。
 アルツハイマー病のマウスの実験モデルを用いた研究で、神経細胞が大量に死滅した状態においても、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を投与すると、シナプス形成や神経細胞の樹状突起の成長が促進され、学習機能が維持され、長期維持記憶が回復することが報告されています。
 この実験結果は、神経細胞の死滅や変性が高度に起こった状況でも(つまり、認知症がかなり進行した状態になっても)、ヒストンのアセチル化とクロマチンの再形成というエピジェネティックなメカニズムによって、学習や記憶の増強に効果が期待できることを示唆しています。そして、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤がアルツハイマー病の治療に有効であることを強く示唆しています。
 前述のように、ヒストン脱アセチル化酵素はクロマチン構造において主要な構成因子であるヒストンの脱アセチル化を行う酵素で、遺伝子の転写制御において重要な役割を果たしています。
 ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)ファミリーの分子は現在HDAC1~11まで同定されていますが、記憶や学習に関連しているのはHDAC2であることが報告されています。マウスのアルツハイマー病のモデルや人間のアルツマイハー病患者の脳組織にはHDAC2の発現量が増加していることが報告されています。そして、マウスのアルツハイマー病の実験モデルでHDAC2のレベルを正常化すると、高度の神経細胞変性の状態であっても認知機能が回復することが報告されています。
 βヒドロキシ酪酸はクラスIヒストン脱アセチル化酵素のHDAC1とHDAC2を阻害する事が報告されており、ヒストンのアセチル化を高めることによって認知機能や学習機能を高める効果が報告されています。
 アルツハイマー病でなくても、高齢になってくると記憶力が低下します。老化に伴う短期記憶力の低下に対しても、ヒストンアセチル化酵素の阻害剤によって改善することがマウスを使った実験で示されています。
 16ヶ月齢(実験用マウスの平均寿命は800~900日程度のため人間では40~50歳程度)の中年マウスは、若い(3ヶ月齢や8ヶ月齢)と比べて海馬依存的な短期記憶力が著しく低下しています。この中年マウスと若年マウスを用いて記憶実験の前後における脳内のヒストンの状態を比較しています。若年マウスでは学習訓練後1時間でヒストンH4のリジン12(H4K12)のアセチル化が顕著に促進されたのに対し,中年マウスではそのような変化は認められませんでした。さらに、若年マウスでは訓練前後で2,229個の遺伝子発現に差があったのに対し,中年マウスではわずか6遺伝子しか差がなく、若年マウスで発現量の変化した遺伝子のうち,1,539個が記憶学習に関連することが知られている遺伝子であったということです。
 つまり、年を取ると学習しても記憶遺伝子の発現が起こりにくくなっているので、学習能力が低下するということです。そして、記憶遺伝子の発現亢進に関わっているのがヒストンのアセチル化によるエピジェネティックな調節によるもので、高齢になるとこのようなエピジェネティックな遺伝子発現の調節がうまくいかないので、記憶力を低下するということです。そして、中年マウスの海馬にヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を注入すると、学習訓練後のヒストンH4K12のアセチル化が促進され、記憶関連遺伝子の発現も誘導され,さらに学習記憶試験の成績も有意に向上したという結果を報告しています。海馬における神経細胞のヒストンH4K12のアセチル化を促進するようなヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を使えば、老化に伴う記憶力低下を防止することも可能という結果です。
  ケトン体にはヒストンアセチル化というエピジェネティックな作用機序の他に、抗炎症、抗酸化、抗アポトーシスなどの機序による神経細胞保護作用が報告されており、アルツハイマー病の治療に対する有効性(認知機能の回復と増強)を強く期待させます。


  以上のような多くの研究から、ケトン体のβヒドロキシ酪酸の血中濃度を1~2mM程度に高めるケトン食(中鎖脂肪酸を多く使うとβヒドロキシ酪酸の産生を高めることができる)はヒストン脱アセチル化酵素阻害作用や、ミトコンドリアの機能改善、グルコースの代替エネルギー源としての作用、抗炎症作用など複数の機序でアルツハイマー病やハンチントン病などの神経変性性疾患の治療に効果が期待できると言えます。またケトン体の血中濃度を高めることは、認知機能や学習機能を高めるので、頭が良くなるかもしれません。

 

 アメリカのメアリー・T・ニューポート医師は著書で若年性アルツハイマーになった自身の夫に対し、ココナッツオイルを1日60㏄飲ませるという治療を試みています。すると、若年性アルツハイマー末期の夫は劇的な改善をするのですが、これはアミロイドβタンパクによって阻害されているグルコースによるエネルギー供給を、ココナッツオイルを使用することでケトン体によるエネルギー供給にチェンジしたら認知力が改善したということです。
 

 今までは、アルツハイマー病では、アミロイドβタンパクによって脳へのエネルギー供給が阻害されていたために脳の活動低下、萎縮、血流低下が引き起こされることによって、認知力が低下しているわけです。しかしメアリー医師はココナッツオイルによって脳のもう一つのエネルギー源であるケトン体を生産させ改善をさせたのです。
 彼女の本は全米でベストセラーとなり、その読者がアルツハイマーの家族にココナッツオイルを摂取させたところ改善したというデータが多く集まりました。データによると大体要介護3~4だとしても、10人に9人は何らかの認知機能の改善がみられると言われています。

 

 国立精神・神経医療研究センター神経研究所の研究グループが、中鎖脂肪酸油(MCT)を含むケトン食の摂取により、認知症でない高齢者の認知機能が向上することを科学誌「Psychopharmacology」(オンライン版)に発表しました。


 同研究グループは、19人(女性13人、男性6人)の認知症でない60歳以上の高齢者にケトン体の生成が高まるように中鎖脂肪酸油を配合した特別な粉ミルク(ケトン食)を摂取することで高齢者の認知機能を高められるかを検討しました。中鎖脂肪酸油は母乳や牛乳、チーズなどの乳製品に含まれているほか、ヤシ科の植物に多く含まれる天然成分で、代表的なものとしてはココナツオイル(約60%が中鎖脂肪酸)やパームオイルがあります。
 

 それぞれの被験者にケトン食とケトン食にふくまれるMCTを同カロリーの長鎖脂肪酸油に置き換えたものを別々の日に摂取してもらい、血中のケトン体濃度の変化と複数の認知機能テストの成績を比較しました。

 
 ケトン食を摂取した時には血中ケトン体濃度が高く推移し、さらに作業記憶や遂行機能に関する成績や一連の認知機能テストの総合成績が高いという結果が得られました。

 
 また、ケトン食ではないものを摂取した時の認知機能テストの総合成績が低かったグループと高かったグループに分けたところ、成績の低かったグループでケトン食による総合成績の向上がより顕著にみられたといいます。

 
 なお今回の研究においてケトン食として使用されたのは、中鎖脂肪酸油を配合した特別な粉ミルク(明治ケトンフォーミュラ)。生まれつき糖質をエネルギーとして利用できない先天代謝異常や、薬で治療が困難な難治性てんかんなど、子どものケトン食療法のために使用される粉ミルクで、社会福祉法人恩賜財団母子愛育会先天性代謝異常症治療用ミルク 関係事業(特殊ミルク事務局)を通じて医療機関に提供されています。投薬で発作が抑えられない「難治性てんかん」の患者に対するケトン食療法はこれまで病院負担で行われてきたが、2016年4月から保険適用になっています。

 
[お勧めの摂取方法]


  ココナッツの風味を活かした蜂蜜トーストやアイスへかけるなど、デザート系がお勧めです。


[風味の特徴]


  ココナッツの香りと風味がします。熱を加えるとココナッツ風味は少し落ちます。


[1日の摂取量の目安]


  約小さじ3.5杯
 ※一気に多く摂ってしまうとお腹をこわすことがあるので、最初は小さじ1杯くらいから、少しずつ量を増やしてください。


  それでは、参考までに片頭痛とケトン食の効果について考えてみましょう。


片頭痛とケトン食


 慢性的な片頭痛にはケトン食を考慮する理論的な理由があり、特に医学的に難治性の集団に対して考慮に入れる価値があります(Maggioni et al., 2011)。


  片頭痛にもケトン食が有効であるとする論文は、これまでにも症例報告がありましたが(Kossoff E.H.,Huffman J.,Turner Z., and Gladstein J.(2010).Use of the modified Atkins diet for adolescents with chronic daily headache. Cephalalgia 30, 1014?1016.)、
  大集団でその効果を実証するという試みは、Di Lorenzo C, et al. Migraine improvement during short lasting ketogenesis: a proof-of-concept study. Eur J Neurol. 2015 Jan;22(1):170-7. doi: 10.1111/ene.12550. Epub 2014 Aug 25. に以下のように示されます。


 背景と目的:


 ケトン体産生は飢餓やケトン食という脂質代謝を誘導しケトン体合成を促す炭水化物を劇的に制限した食事レジメによって引き起こされる生理学的な現象です。


 最近、体重を減らすために超低カロリー、ケトン食を行っている周期の範囲内でのみ片頭痛が消失した患者が2名観察されました。
 我々のこの観察を確かめるために、栄養士が臨床的に設定した2つの並行した片頭痛患者集団において、一方には1ヶ月間の超低カロリー、ケトン食に続いて5ヶ月間の標準低カロリー食を与え、他方には6ヶ月間標準低カロリー食を与える、フォローアップする事としました。


 方法:


  96名の過体重の片頭痛女性がダイエットクリニックに登録され、盲目的にケトン食(n=45)か標準低カロリー食(n=51)のどちらかの処方を受けました。
  1ヶ月の平均発作頻度、頭痛の起こった日数、内服回数が食事療法開始前と開始後1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、6ヶ月の時点で評価されました。


 結果:


 ケトン食群では、ベースラインの発作頻度(2.9回/月)、頭痛の日数(5.11日/月)、そして内服回数(4.91回/月)が、最初の1ヶ月が経った時点で有意に減少しました(それぞれ0.71回、0.91日、0.51回、全体でケトン食対ベースライン, P<0.0001)。
  移行期間(1ヶ月目対2ヶ月目)では、ケトン食群はベースラインと比べて改善されているにも関わらず、それぞれの臨床的頭痛変数の一時的な悪化を示した(それぞれ2.60回、3.61日、3.07回)が、6ヶ月目までは継続的な改善を示しました(それぞれ2.16回、2.78日、3.71回)。
  標準低カロリー食群では、頭痛日数と内服回数の著明な減少が3ヶ月目からのみ観察され(P<0.0001)、そして頭痛頻度の減少は6ヶ月目に観察されました(P<0.0001)。


 結論:


  ケトン食効果の基礎のとなるメカニズムはミトコンドリアエネルギー代謝を高め、神経炎症を打ち消す能力と関連している可能性があると考えられました。


  この研究で用いられたケトン食は超低カロリーケトン食といって、低炭水化物(1日30g)、低脂質(1日15g)、正常蛋白質(理想体重kgあたり1.0-1.4g)でカロリーを800kcal以下にコントロールするという、ちょっと厳しい食事療法であったようです。
  ただ参加された片頭痛患者さんは過体重の人ばかりであったので、多少低脂質であったところで、糖質を制限しているので、もともと蓄積されている脂質を燃焼させることによって、それほど空腹感を感じる事もなく1ヶ月の超低カロリーケトン食を完遂する事ができたのではないかと推測します。
  もう一つ、この研究の特徴的なところは、片頭痛が良くなったのがケトン食の効果なのか、やせた事による効果なのかをはっきりさせているところです。
  一般的にケトン食の効果は、やめた後もしばらく残存するという事がわかっています。
  この研究では1ヶ月間の超低カロリーケトン食を行った後、標準的な低カロリー食へと切り替えて、その後6ヶ月目までフォローアップしています。
  そして最初から6ヶ月間ずっと標準的な低カロリー食を続けた群と比べてどうなるかという事を見ているわけです。
 最初の1ヶ月でケトン食群でぐっと頭痛が改善しており、2ヶ月目以降は開始前に比べたら多少マシではあるものの、頭痛が再増悪している事がわかります。
 しかしながら減量効果は多少緩やかになりながらも6ヶ月目まで維持されています。
 もし減量のおかげで片頭痛が改善したのであれば、途中で再増悪するのはおかしいので、片頭痛が改善したのは減量のおかげではなく、ケトン食によってもたらされた効果だと言えると著者らは考察されていました。
 そしてそのメカニズムとして脳において抑制性および興奮性神経伝達物質を調節したり、ミトコンドリアの中でのNADH酸化を増やしたり、フリーラジカルを減らしたりする事で酸化ストレスに対抗すること、さらにはミトコンドリア遺伝子の発現を調節し、特に3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoA(HMG-CoA)合成酵素に働きかける事でミトコンドリア代謝を改善させる事が示唆されていました。
  実に多面的なメカニズムで片頭痛を押さえ込み、その結果、劇的な臨床効果を得ているのではないかと考えられます。


  以上、片頭痛がミトコンドリアの機能障害、酸化ストレスが関与しているということが基本的な考え方になるということです。