それでは「良性発作性頭位性めまい」を患者さんにどのように説明し、理解してもらうのでしょうか?
私は、脳全体と耳の三半規管を入れた模式図を使って説明することにしています。
「めまい」を引き起こす原因となる場所としては、小脳・脳幹とくに前庭神経核とこれに連結する前庭神経、さらに耳の三半規管に、何らかの障害を来して起こります。
小脳・脳幹とくに前庭神経核とこれに連結する前庭神経、に仮に問題があれば、少なくとも、まず歩いてここまでは受診はまず困難です。現に、先程の診察(神経学的検査)では異常は見られず、(頭部CTを撮影しておれば、小脳・脳幹とくに前庭神経核には異常はないことが明らかにされました)さらに、もし、ここに異常があれば少なくとも、そんな簡単には病変は修復されることはありません。
そうなれば、残されたのは「耳の三半規管」の問題です。あなたの今回の「めまい」は 「耳の三半規管」とくに「耳石器」の障害によって起きためまいです。
この耳石器の働きは、単純に説明申し上げれば、1枚の紙を手にのせて、説明します。
今、水平になっている状態で、この紙の上に砂を敷き詰めた状態を想像して下さい。
この水平の状態から紙を少し傾けた状態にして、このように傾斜すれば砂は下の方に移動しますね。このように移動した砂の刺激が、三半規管から小脳で伝えられる”しくみ”になっています。このような紙に相当する”膜”が立体的に3方向に位置しています。
これが、右と左の左右に同じようにあります。ところが、今回、この砂と膜のくっつき方がおかしくなったのです。このため、ある一定方向に頭の向きになった際に、左右のバランスがとれなくなり、平衡感覚の異常を感じて、これを「めまい」として自覚するようになっています。(左右同じ膜の場所が、おかしくなれば、このようにはなりませんが) こうしたことから、先程、横になって頂いて、側臥位を右あるいは左と向いてもらって、どの方向を向いたら「めまい」を感じるのかを確認しました。
その結果、あなたの場合は、右方向へ側臥位になった際に「めまい」を自覚されました。 このときは、私は、あなたの眼球の異常な動き(眼振)を確認しました。
そして、右側臥位を10秒→仰臥位を10秒→右側臥位を10秒→仰臥位を10秒→仰臥位を10秒・・このように繰り返していきました。これを繰り返していくうちに、あなたの自覚した「めまい」の程度は、この動作を繰り返すことによって次第に軽くなっていきましたね。そして、最後の頃には、殆ど「めまい」を感じないようになってきましたね。
(これは、体位変換眼振の検査中にも、次第にめまいの程度が軽くなってきていることを、いちいち確認しながら行い、きちんと”この動作の繰り返し”を覚えておくように指示しておくことが大切です)
このようにして、めまいの感じ方が次第に減衰していく状態を図示したものをお示しするようにしています。そして、これから、めまいを治していく場面で、これを応用していきます。このようにして、早く体に覚え込ませることによってめまいの感覚を消していくことです。このためには、朝、晩、起床前と就寝前に、先程行った、右側臥位を10秒→仰臥位を10秒→右側臥位を10秒→仰臥位を10秒→仰臥位を10秒・・を繰り返します。 初めは苦しいかもしれませんが、しばらくの辛抱です。このようにすれば、少なくとも4,5日のうちには、必ず、めまいは自覚されないようになってきます。
このように御説明申し上げるようにしています。
これまで、浜松医科大学の脳神経外科教授の植村研一先生は「頭痛・めまい・しびれの臨床 病態生理学的アプローチ」(医学書院)のなかで、以下のように述べています。
「良性発作性頭位性めまい」は、頭を動かしたときしか絶対に起こらない。頭位変換時だけに誘発されます。頭を動かして起こるけれども、じっとしていれば、絶対に30秒以内に止まります。それから、二度、三度と頭位変換を繰り返すと、だんだん元気がなくなっておこらなくなります(疲労現象、減衰現象)。大事なことは、30秒以内におさまるという順応と、繰り返し連発すると弱くなるという慣れがあるということです。
治療としては運動療法です。逆立ちをさせれば治ってしまいます。というのは内耳というのは代償能力をもっていますから、どんどん運動療法をやらせば治ります。寝かせたらだめです。
20年前、眼が回って動かなかったという人がいるのだそうです。私の同級生の小松崎先生(東邦大耳鼻科教授)が外来で、その患者を反復動かしたら、洗面器一杯吐いたけれども、にこにこして帰った。この病態を知っていたら、これは動けば動くほど治るんです。ですから、こういう患者が、たとえば風邪を引いて1週間寝ると(代償機能がなくなり)、また起こる。それでびっくり仰天して、医者もびっくりしますが、寝かせたために起こるのですから、寝かせてはだめなんです。病態生理学的には運動療法(訓練)するしかないのです。
とこのように述べておられました。
これまで、述べたような考え方でなく、最近では、以下のように説明されます。
耳の奥には内耳という部分があり、その中の前庭と呼ばれる場所に「三半規管」という装置があります。三半規管には、三つの輪のようになった管がついていて、管の中は液体(リンパ液)で満たされています。
液体は普通は静止していますが、頭を左右に振ったり、首を前後に動かしたりすると、その反対方向に動きます。この液体の動きで内耳は頭がどの方向に動いたかを察知し、その情報を脳に送ります。こうした内耳の働きで眼をつぶっていても、身体がどの方向に向いたかがわかるのです。
それでは、どちらか一方の内耳に異常が起きた場合はどうなるでしょうか?
例えば、右の三半規管の管の一つにゴミのようなものがたまったとします。頭をある方向に動かした時に、左の三半規管の液体はそれと反対方向に動いて「いま頭はこちらの方向に動いた」という情報を伝えます。
ところが、右の三半規管の一つはゴミがたまっているために液体は動きませんから「いや、頭は動いていない」と、間違った情報を送ります。
平衡中枢は左右の耳からの情報の違いを処理できずに混乱し、回転性めまいを起こすのです。このような左右の耳からの情報の違いは、頭が動いているときだけ生じますから、頭の動きが止まり、三半規管内の液体が静止状態になると、情報の食い違いはなくなり、めまいも治まります。つまり、この場合のめまいは頭部が動いているときだけ起こり、動きが止まると間もなく消失するはずです。
これが「良性発作性頭位性めまい 」の起こる仕組みです。
こうした発生機序を基にして、耳鼻科専門医はEpley(エプリー)法という方法で、このめまいの治療を行うのが一般化されているようです。
それでは、この方法を簡単に説明致します。
半規管浮遊耳石置換法・・Epley(エプリー)法とは
アメリカのEpley博士により開発された、患者の頭を動かして移動する耳石のかけらを元の場所に戻すというBPPVに効果的な治療法です。危険が少なく高い効果が期待できます。
エプリー法は痛みがありませんし、耳そのものにさわることもありません。時々、治療中に吐き気をもよおす事もゼロではありませんが治療前の服薬や点滴で症状をおさえることができます。治療後に少しふわふわする感覚が残ることもありますが、ぐるぐるまわるめまい感は消失します。
方法
(1) 左右どちら側が悪いのか事前に確認します。
(2) 左側後半規管に原因がある場合は、首を左45度傾けたままで 椅子を倒します。
(3) 首をそらせたまま頭を上げないようにします。
(4) 目を観察すると眼振が現れるので、これが消失するまでその体勢を保持します。耳石が重力に従い移動するのを待つわけです。
(5) 次は右45度に首を傾けます。
先ほどと同様、眼振が消失するまで保持します。
(6) その後、首は傾けたまま体を右下に90度倒し、眼振が消失するまで保持します。その時も、首の力を抜き頭は上げないようにします。
(7) 頭と体は、このままの角度で、椅子を起こします。
(8) 椅子が完全に起きて座った状態になったら、体ごと前を向き、頭を前に倒して少しうつむきます。
この方法は、フレンツエル眼鏡を装着して、眼振を観察しながら、行うもので熟練が要求され、余り一般化されておらず、耳鼻科の専門医が行っているものです。
そして、この「良性発作性頭位性めまい」は「めまい」を訴えて医療機関とくにプライマリーケアを担当する一般開業医を受診される方々の半数以上を占める極めてありふれためまいです。その発生機序に関する考え方には、各人・各様であり、良性と名がつくように”命にかかわる”めまいではありません。
結局、患者さんが納得して頂けるような説明を行って、あとは”めまい頭位”を反復して行ってもらうことによって、めまいを改善させることが重要です。
ここには、何らエビデンスはなく、経験的に従来から行われていたにすぎません。
現在での、「良性発作性頭位性めまい」に関するエビデンスがどうなっているのかは、昨日も提示しましたが、以下で確認すべきです。
そして、当医院では、以下のようなパンフレットを診察終了後にお渡ししております。
結局、こうした機能性の疾患では、確実なエビデンスは恐らく確立されることは、将来的にもないと思われ、”こじつけでも”患者さんが納得されれば済むことです。
そして、めまいをどのようにして改善させるのか、といった指導が医師に要求されているはずであり、少なくとも”原因不明”といった患者さんを不安に陥れるような言動は、医師として厳に慎むべきと思っております。