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眠れなかった。
やっぱり意識しているんだろうか。色恋沙汰とは無縁だった俺がいきなり告白されるんだもんな。しかしまぁ、3日ってのは短い。このままでは俺は吉野への気持ちを整理できないまま別れてしまうかもしれない。でも、俺はできるだけそれは避けたいと思っている。やはり早めに決心しなくてはいけない…。時計を見ると、針は午前9時をさしていた。今日は学校が創立記念日で休みだ。吉野は昼から来るみたいだし、もう少し寝るか否かを脳内裁判をした結果、寝ると有罪という判決が下ったのでおとなしく下に下りる。
下に下りると篝火さんが煙草をふかしていた。本当に煙草が似合う人だな。
見ていると篝火さんはこちらに気づいたようで
「よぉ、眠れたか?」
「いえ…あまり眠れませんでした…。」
吉野への気持ちを整理していたら眠れなかったなんて口が裂けても言えない。
「今日はお嬢さんが来るんだろう?」
「お昼ごろに来るらしいです…。」
「じゃあ、俺は菓子でも焼いておく。お前さんも何かすることがあるんだったらしておけよ。」
篝火さんの作るお菓子ははっきり言ってしまうとそんじょそこらのお菓子屋のお菓子よりよっぽど美味しい。特にクッキーなんかは絶品だ。
こうして、時間をもてあましてしまった俺は、これからすることを色々考えてみた。
とりあえず、二度寝は無理だ。寝てしまうと恐らく起きることは出来ないだろう。勉強も無い。近くに試験があるわけでも無いし。…部屋の片付けでもするか。机の上はかなり汚かったかもしれない。とりあえず、自室に戻ることにした…。
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プリント、ノート、教科書…最近そんなに片付けていなかったからか、かなりゴチャゴチャだ。プリントを整理している間に一枚の写真が出てきた。
「これは…」
知らない男女と小さい男の子が写っている。どこかで見たことがあるような気がする。っていうか俺の部屋の中にあるものなんだから、知らない赤の他人のもの、てわけでもないだろう。
男女ともに、今が幸せという顔をしている。
後ろに写っているのは観覧車みたいだ。遊園地での写真と思っていいのだろうか?
…何かが引っかかる。どこかで見たような顔だ。見覚えはないのだが…何故だろう?俺の中で謎ばかりが増えていく。幼馴染のいきなりの転校の理由、俺の自室から出てきた見覚えの無い一枚の写真。
考えるべきことはどんどん増えてくる。幼馴染のいきなりの転校の理由は今日、本人が来るので解決すると思うけど…。
重要な一つが、欠けている。それが何か分かればこの胸騒ぎみたいなものも収まる気がする。
そんなこんなしているうちにもうお昼近くだ。気になることはあるけれど今は待つしかないようだ。積もる話もあるだろう。部屋をきれいにした後はベッドに寝転んで時間を潰していた。
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インターフォンの音が鳴った。遂に来たのだろう、吉野が。とりあえず、寝転んでいた体を起こし、玄関まで下りる。少し時間がかかったからだろうか、インターフォンの音が何回も鳴り響いている。急いで玄関の扉を開けるとそこには私服姿の吉野が…と思ったら制服姿だった。
あまりにも突然だったので聞いてしまった。
「なぁ…今日は学校無いんだろ?なんで制服なんて着てるんだ?」
「あたし、私服にはあんまり自信が無いから。どうせ家は近いんだし、特に誰にも見られずにここまできたよ?」
「そういう意味で言ったわけではないんだけどな…。でもやっぱり顔なじみなのに学校の制服ってなんかおかしくねぇか?」
「え…ダメだった…?」
吉野の目には涙が浮かんでいる。やっぱり男としては女性を泣かせてはいけないと思う。
「いや、あんまり気にはして無いけどさ。ただびっくりしただけさ。ほら、最近は物騒なご時世だろ?」
「うん…それならよかった!」
悲しんだり喜んだり忙しいやつだ。本当に吉野は喜怒哀楽がはっきりしていて分かりやすい。
「ねぇ、今あたしのことを分かりやすいやつだなー。とかそんなこと考えていたでしょ。」
ご名答。と心の中で答えつつ、「まぁ、立ち話もなんだから入れよ。」と言ってごまかした。
「じゃあ、遠慮なくお邪魔しまーす。」
リビングへ進むと篝火さんが待っていた。
「おやおや、大きくなりましたね。お嬢さん。」
「あ、渡辺さん。お久しぶりですー。」
ここらへんはプロだよなぁ。吉野の前では渡辺さんを演じてるけど、俺の前ではどこか気だるそうな篝火さんなんだもんな。まだ、あの人のことはあまりつかめない。過去の篝火さんについて、俺は何も聞いて無いし、聞いちゃいけないような気がする。あの人自体聞いてみても喋りそうに無いし。
「クッキーが焼けておりますので、坊ちゃんのお部屋でお召し上がりください。」
「わー!渡辺さんありがとうございます!」
吉野も篝火さんのクッキーは大好物だ。余分に貰っては家に持ち帰って食べているようだ。作り方を教えてもらえばいいのに。
「じゃあ、染井君のお部屋をご拝見だね。ベッドの下にまたいやらしい本でも隠してるんじゃないの!?いや、男の子なら隠すべき!」
「何の力説をしているんだ。ないから。」
即答した。でも本当に無い。神に誓っても良い。別に俺はキリスト教徒ではないが。俺は友達もあまりいないので、同級生の男共からは、『付き合いの悪いやつ』で通ってるらしい。そのことは実を言うと、吉野から聞いて知ったことだ。無知って言うのは恐ろしいな。
「染井君の部屋って入ったこと無いんだよねー。どんな感じなの?」
「さぁ。特に何も無いぞ。」
俺は自分の部屋と廊下を隔てる扉を開いた。そこには先ほど片付けた小奇麗な。悪く言えば殺風景な部屋があった。
「あらまー、何も無いねー。ポスターとかカレンダーとか貼ってないわけ?」
率直な感想を聞いた後、吉野の問いに答える。
「カレンダーなんかは机に乗るタイプで十分だよ。」
「…にしても、見渡してみて机、本棚、ベッドしかないってどういうことよー。男の子の部屋にしては綺麗過ぎない?もっとすごいのを想像してたのにー。」
「人が上がってくるんだから少しぐらい片付けるのは当然のことだろ。しかもお前の想像は何か間違っているような気がするのは俺だけか?」
「ふーん…ってことはいつもはこんなに綺麗じゃないんだね?」
吉野はへぇーとか、ふーんとか、ほほーとか言っている。お前はオヤジか。
「ところでさぁ…むぐむぐ。」
「食うか喋るかどっちかにしろ。クッキーが美味いのは俺も分かるから。」
クッキーを咀嚼(そしゃく)し、飲み干すと同時に吉野は言った。
「なんで社長になるのは嫌なの?」
あまり考えたくない問題が一番最初に来てしまったことが運の尽きだった。
「嫌なものは嫌なのさ。」
あまりにも子供っぽい回答に少し吉野はあきれているようだ。
「…そうして逃げていてもいつか追いつかれるよ?背を向けて現実から目をそむけて必死に逃げているつもりなんだろうけど、絶対追いつかれるよ。」
話を聞くのが嫌で、俺はわざと話題を逸らそうとした。
「…音楽でも聴くか?最近流行のJ-POPとか…。」
「そもそも音楽プレーヤーが無いじゃない。」
「失敬な。ウォークマンの音量を最大にすれば、あら不思議、普通の音楽プレーヤーとほぼ同じに…」
「茶化さないで!!」
…数秒気まずい空気が流れる。
最初に沈黙を破ったのは吉野のほうからだった。
「ごめんね…染井君にとっては重大な問題なのに勝手に口を挟んで怒っちゃって…。」
「いや、あんまり気にして無いから。俺だっていつかは考えなきゃいけないことを遠くに回していたんだし…。心配してくれてることはとてもうれしいし。吉野の言うとおり俺は逃げているのかもしれない。でも俺は堅苦しい社会のルールに縛られて生きていくのは嫌なんだ。」
「じゃあ、もし社会のルールなんかに決して縛られない存在が居るとしたらどう思う?」
「そんな知り合いが居るんだったら是非、紹介してくれ。」
正直な感想だった。俺は社長とかそういう地位が欲しい訳じゃない。少し皮肉を言ったところもあったかもしれない。吉野はひどく俯いている。
「まぁ…クッキーでも食えよ。」
「うん…。」
クッキーを一枚食べた後、いつになくまっすぐな目でこちらを見据えて言った。
「染井君はね、現実から目を背けすぎだと思う。確かに苦しいよ。怖いよ。でもね、いつかは考えなきゃいけないことなんだよ。ひどいときは、もう手遅れかもしれない。私にとって大切な染井君にはそういうことになって欲しくないんだよ。それが私の正直な気持ち。」
ぐぅの音も出なかった。吉野の言うとおりで俺は逃げている。現実を怖がって見ることが出来ない。人間なんて皆そんなものだろうと思っていた。いや、思い込んでいた。自分に嘘をついていた。
「ねぇ…ねぇってば!」
「え…?」
自分の弱さを目の前に突きつけられて動揺していたのかもしれない。少しの間ぼーっとしていたらしい。
「今日は遊びに来ただけだったのに…、本当にごめんね…。」
「そんな!今から楽しくしていけばいいじゃないか!」
できるだけ平静を装ったつもりだったが、ばれていないだろうか。この後、吉野と他愛も無い話をしている間にもさっき言われたことをずっと考えていた。自分のことなのに自分で考えず、目を逸らし、逃げていた。自分で気づかなきゃいけないことなのに他人に言われてから気づくなんてよっぽどだ。そろそろ俺も決意を固めなきゃいけないんだろうか…。
ふと頭に浮かんだのは吉野の転校の理由を聞くことを忘れていた。
「なぁ、吉野。お前ってさ、なんで転校することになったんだ?」
転校するといえば、どこに行くのか、またどうして転校してしまうのかという質問は容易に想像できるはずだった。でも俺の考えていたことと吉野の反応は違うものだった。
「えーとね…、それは…、今は言えないの。この町を出て行く前には言えると思うから…。それまで待ってくれないかな…。」
「ってことは明日には教えてくれるんだな?」
「うん。」
その後俺達は夕方までずっと話し込んでいた。
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その日の夜。またメールが来た。
「From:吉野御法…」
文面は至極簡単。
『これで最後だから。今日の夜も桜公園に来て欲しいです。』
夜に出かけることは篝火さんからはOKをもらえるのでかまわないのだが、こう毎日夜に呼び出されるのはかなり不思議な気分がする。そんな疑問を抱きつつも俺は身支度をして桜公園への道へとくりだした。
やはり夜は冷える。もう少し着込んでくるべきだったか。
空には星が綺麗にまたたいている。
今日はとてもいろいろなことについて考えさせられる一日だった。ただ単に俺が今まで何も考えてこなかったツケだと思うが。
またもやうんうん悩んでいるうちに桜公園に着いていた。
ここ最近桜公園に通うことが増えてきたので考え事をしながらでも着くようにはなっていた。
夜の無人の桜公園はいつもと変わらない。枯れない桜の木がある。はずだったがそこには変わり果てた桜の木があった。
花びらが散っている。満開の桜はそこにはなく、半分ほど散っていた。あまりこの桜には思い入れはないがここ2、3日は見る機会が多かったのでどうしても目に付いた。
…メールをくれた吉野はまだ来ていないようだった。
「…ごめんね、遅れた。」
「うぉぉう!?」
吉野は俺の背後にいた。おかしいな、全然気がつかなかった。
「桜、散ってきてるね…。」
何か悲しそうだ。この桜に特別な思い入れでもあるのだろうか。
「なぁ、吉野。お前この桜に何か特別な思い出でもあるのか?」
「え…、だって今まで何もなく平然とそこにあったものが変わったり消えてしまったりすること。とても寂しいし不自然なことだと思わない?」
俺はよく、吉野の考え方にびっくりさせられる。俺の中からはそんな考え方、恐らく一生できないだろうし、何故か吉野が言うと、説得力があるのだ。
しかし、今はそんなことより吉野に何故またここに呼び出したのかを聞かなくては。まさか、何も用事も無いのに呼び出すということは無いだろう。
「でさ、今日は何の用があって呼び出したんだ?」
「え?特に用は何も無いよ?」
…沈黙。
「…帰る。」
「わー!ちょっと待って!待ってよお兄さん!」
どこの店の客引きだ。
「いやぁ、明日の予定の確認をしたかったから呼び出しただけだよ。」
「メールでいいじゃないか。それぐらい。」
「あたし、メール嫌いなの。」
「そーですか…。」
そういえば、明日はこの町の色んな所を回りたいとか言っていたような気がする。
「明日の夕方には引っ越すからさ…。」
「そうか、じゃあどこかで待ち合わせでもするか?」
「そうだねぇ…駅前に10時集合ってのはどうかな?」
としたら、いつごろ起きればいいだろうかと自分の休日のタイムスケジュールを頭の中に浮かべながらその提案を俺は承諾した。
待ち合わせの約束をした後、俺達はそれぞれ自分の家へ帰った。
ついでに篝火さんにも煙草を買っていくかと考えつつ…。
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「私がいなくても…もう大丈夫だよね。もう子供じゃないんだし。染井君には染井君の問題があるんだしね。わがまま言っていたのはあたしのほうかもしれないなぁ…。」
星が綺麗に真っ暗闇を照らしていた。