バンドール空軍の主力艦艇≪バーシラ≫は、間もなく≪アスラ≫を有視界で捉えようとしていた。特務部隊JUSTICEのNo.Ⅳ、リリスは、ブリッジ中央に立ってオペレーターに指示を出していく。
「敵艦を有視界で捉え次第アサルター隊を全機発進させろ。いいか、今次作戦の目的は敵艦の撃破ではない。アサルター隊には絶対にこちらから撃つなと念を押しておけ!」
男に負けない強い口調で声を張ると、後ろで1つにまとめた長い髪が腰元で揺れた。既にあの艦艇がノワールへの帰路にあるとすれば、警告という今次作戦の第一目的はもはや大した意味を持たない。しかし、それはラ・ピュセルを確保したことを意味するとみるべきだ。だとすれば、予備の目的を果たさなければならないこととなる。
※
アスラの格納庫は、指揮官の敗北とバンドール軍の出現という事実によって混乱し出している。脱出するとしたらこの機を逃すべきではない。レイはアークの方に振り返り、その名を大きく叫んだ。
アークから目を逸らしていた兵士が、レイの声を聞いて自分の役目を思い出し、目を戻す。アークは特に動いたりはしていなかったが、何やらぶつぶつと小声で言っている。
「おい、お前、何をぶつぶつ言って――」
「――の世界に閉ざせ……アデンス!」
すると、アークが着る制服の胸の辺りが強く内側から光を放ち始め、足元に契約陣が形成される。
「こいつ、服の中にロッドを――」
一瞬にして格納庫全体が真っ白な世界に変わった。もはや自分の指先ですらおぼろげにしか見えない。さらに、急に温度が下がり、冷気が肌をつつく。これは霧だ。深い霧が格納庫全体を一瞬で包み込み、ここにいるすべての者の視界を奪ったのだ。
しかし、事前に位置関係を把握していたアークと、空間認識能力に長けているレイは動くことができる。
レイはクラウのもとへ走った。ミーアは気付いていない。クラウがレイの名を叫んだ頃には、既にクラウは王子様に抱きかかえられたお姫様の様になっていた。
「こっちです!」アークの声を頼りに走る。
先走った兵士が発砲したことにより、白の世界の至る所で火花の光が発し、銃撃音の中に兵士の悲鳴が混ざる。
「やめろ、撃つな! 同士討ちになる!」ミーアの叫び声は耳をつんざく銃撃音の中で霧散するだけだった。
無秩序に飛び交う銃弾の軌道を潜り抜け、クラウを抱えたレイはアークのもとへと辿り着いた。そこはアサルターのコクピットであり、クラウをシートの隣り、アークの反対側に下ろし、自らはシートに座る。
「操縦できるんだよね!?」
「5年ぶりだが、体は覚えてんだろ!」
JUSTICEにいた頃に一通り訓練を受けてはいる。ただし、レイが乗っていた頃とは大分インターフェイスが異なる。操縦桿も当時はジョイスティックタイプだったが、目の前にあるのは2つの球体だ。
「これは確か最新のダイレクトドームタイプですね。イクシオラ軍だってまだ実戦投入していないのに……」
「やってみるさ!」
キャノピーを閉めるボタンを見つけ、これを押す。ライフルの弾がキャノピーに当たって弾かれる音がする。アニマドライヴ周りの整備中だったのか、既に火は入っている。ダイレクトドームに両手を突っ込んで足元のペダルを踏み込むと、後部のドライヴから発せられる余剰アニマの光が霧の中で大きくなり、機体が前に動き出した。
「ハッチが閉まったままだよ!」
「こじ開ける!」
ダイレクトドームの中に入れた右の親指に力を入れ、ボタンを押す。すると、両翼に取り付けられた砲塔に光が灯り、太い2本の光軸が霧の中をかき分けて前方の壁を貫いた。熱によって壁はたちまち融解し、アサルター1機が通れる程度の穴が開く。そこから気流が入り込み、格納庫内の霧が晴れていく。
「行かせない!」ミーアが魔封銃を構え、ドライヴに狙いを定める。そして、引き金を引くと、その太い銃口から放たれた銃弾がドライヴ内部に入り込み、刹那、爆発を引き起こした。
閉じると全面モニターとなるキャノピーに赤いラインが突如表示され、危険を知らせるサイレンが鳴り響く。しかし、レイはペダルを強く踏み込んだ。アサルターは加速し、後ろにいるミーア達の目を光で眩ませるや開いた穴を抜け、大空に飛び出した。
※
一方、バーシラからは既にアサルターが全機出撃し、展開している。
「敵艦よりアサルターの出撃を確認。1機ですが――何だ?」バーシラのブリッジオペレーターが困惑の表情を浮かべて自分のモニターを観ている。
「どうした?」
「何故か被弾している模様です」
「正面モニターに拡大して出せ」
オペレーターがキーボードを叩くと正面のモニターに1機のアサルターが映し出された。そのアサルターは後部から煙を上げ、徐々に高度を落としている。どうやらこちらに向かっているようでもない。
リリスはベリアルから届いた資料の中身を思い出した。情報にあった銀髪鬼なのか。≪ラ・ピュセル≫も一緒だとみるべきか――。
「攻撃指示を出してもあのアサルターには攻撃するな! アサルター隊はそのまま待機!」
※
格納庫内に立ち込めていた霧が晴れ、視界は開けていた。
肋骨の5、6本は折られただろうか。とりあえず、体を持ち上げられる程度にはなったが、口の中は血の鉄臭い味しかしない。
「直ちに銀髪鬼達の追撃を――」
ミーアの言葉を遮るようにしてトリレナは「必要ない」と言った。「本艦は最大船速で現空域を離脱する。よほど無能な指揮官でない限り、追ってこないはずだ」
「少佐、お体が……」
「私は大丈夫だ。ブリッジへ急げ」
ミーアは心配そうな顔をしていたが、言いたい言葉を飲み込み、近くの兵士に「担架を持って少佐を医務室へ!」と指示するとブリッジへ向かって走り去った。
失態だ。一度は確保したにもかかわらず取り逃がしてしまうなど、オーディンやリゼル大佐に報告する言葉がない。銀髪鬼さえ邪魔立てしなければ作戦は成功していたはずだ。トリレナの心の中で、レイに対する興味が憎しみに似たものへと変わりつつあった。
※
アニマドライヴの損傷によって機体制御が満足にできない。機体の誘爆は免れたようだが、レイの腕を強く握りしめるクラウの手からは、高度1,000メートルからの落下という恐怖が伝わってくる。ダイレクトドーム内に突っ込んだ指を巧みに動かし、機体の向きを固定する。たとえドライヴが動かなくても、揚力を使って鳥の様に滑空することは可能だ。
「しっかり掴まってろ!」
眼下に広がる草原が段々と迫ってくる――。
クルーム大草原の真ん中で抉った土にまみれて傾くアサルターの前で、レイは温かな光に包まれていた。煙を吹くアサルターでスカイダイビングをする緊張感から解放されたことで感じ始めたちりちりという痛みが薄くなり、全身の細胞が活性化していく様を肌で感じながら、切り刻まれた体中の傷がみるみるうちに塞がっていく。
相変わらずクラウは手をレイの体にかざすだけであり、呪文の詠唱もしなければ契約陣の形成もなされない。何度見ても不思議に思える。
通信を終えたアークが戻ってきた。
「政庁の友人と連絡が取れました。迎えに来てくれるそうです」
「助かるよ」
「ねぇ、レイ……どうして助けてくれたの?」クラウが上目で訊いてきた。
「……言っただろ。命の恩人が俺のせいで連中に捕まるのは目覚めが悪かっただけだ」
「そっか……」クラウが下を向いた。まるでお預けを食らった仔犬だ。
レイは大きくため息をついた。
「そんなに一緒に来たいなら勝手にしろ。ただし、少しでも仕事の邪魔したら置いていく」
クラウの表情が一変し、エメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝いた。「ありがとう!」
「それなら、早速お仕事ができますね」アークがにこにことした笑顔で言った。
「ん?」
「僕からお二人にお仕事を依頼したいんです」
次回 Ep.7 災い転じて禍となす Imitation Silver
※ Ep.6までを収録したPDFファイルをUPしました。
※ Ep.6までを収録したPDFファイルをUPしました。
