幻想交響世界エクスマキナ Ep.6-3 理由 Infiltration | 幽玲の妄想ふぁんたじあ

幽玲の妄想ふぁんたじあ

しょーもない話と少しずつの小説をお送りする妄想世界をご堪能あれ


Part.3/4


 扉の前に1人見張り兵が立っている。ともすれば、その扉の向こうがクラウのいる応接室なのだろう。通路の角でこのままアークに待っているよう言い、アークが頷くのを見届けてから、堂々と見張り兵のもとへと歩みを進める。

「交代の時間だ」

 レイに気付き向けた目はきょとんと丸くなっている。

「少し早いんじゃないか?」兵士は腕時計の針に目を凝らした。

「そうか? 俺の時計じゃ交代時間になってるけど――な!」兵士の顎をえぐるようにして下方から殴り上げる。この兵士もまた意識を飛ばされ、通路の壁に背中を預けながらずるずると座り込んだ。

 角で様子を見ていたアークもやってきて、レイは扉のノブに手を掛ける。開いた扉の向こうは、武骨な軍艦とは不釣り合いな絵画や調度品が置かれている。そして、ソファーには顔を俯かせた1人の女が座っている。見覚えのある栗色の髪。扉が開いたことに気付いた女がレイの顔を見てその名を叫んだ。

 その女――クラウの表情が輝くのを見て、「無事か!?」と問うと、クラウは「うん!」と声を出して頷いた。

「話は後です! 早く脱出しましょう!」

 アークの言葉を受け入れ、3人はすぐに部屋を後にした。



 通路を歩く兵士達の目を盗みながら、3人はアサルターデッキのキャットウォークまで戻ってきた。開いていたハッチは閉ざされている。船体を通して体に伝わった反重力の力から考えるに、直上に雲海が広がる程度の高さまでには上がっているだろう。この空を走る巨大な金属の塊から脱出する為には、眼下に並べられたアサルターを一機拝借するほかない。

 3人はキャットウォークの階段を下り、レイが先行して資材コンテナの影に隠れつつ、整備兵に気付かれないようにアサルターへと近付いていく。狙いは、整備兵がキャノピーを開いたままでコクピットの整備をしている1機だ。コクピットに乗り込んで整備兵を引き下ろすことなど、レイには容易に可能だ。アサルターはシート周りの空間に余裕を持たせた造りとなっているから、3人で乗り込むこともできる。

 周囲の整備兵は気付いていない。飛び出すのは今だ。レイはコンテナから体を出し、目標のアサルターまで一気に走った。しかし、格納庫中の壁に反響する大きな声に、途中で思わず足を止めた。

「そこまでにしてもらうっ!」

 声はキャットウォークの上から聞こえた。整備兵達が作業の手を止めてその方向を見ている。視線の先には、ソウルギアの士官服を身にまとった男が立っていた。その横には、ブラン市街でカーチェイスをやり合い、得体の知れない銃を使って逃げた女もいる。その女を見た途端、隣りの男がナーシサスで会った男だということを思い出した。

 あちこちにある格納庫の扉がどれも開き、通路からライフルを構えた兵士達がなだれ込んでくる。コンテナの陰に隠れていたクラウ達もすぐに見つかり、ライフルの銃身で格納庫のど真ん中に立つレイのもとに行くよう促された。2人がこれに従うと、3人はライフルの銃口に囲まれることとなった。

「予想はしていたが、まさかたった2人でこの≪アスラ≫に忍び込むとは……これも噂に名高い≪銀髪鬼≫だからこそ為せる業かな」

「褒めてもらってありがたいね」

 トリレナの視線が、レイの皮肉を返した笑みからクラウへと移った。「ミス・クラウ、この様な結果となってしまい、私は誠に遺憾です」

「わたしはあなたたちの協力なんてする気ははじめからない!」

 その言葉を聞いたトリレナは、1つ大きなため息をついた。「ミス・クラウをこちらに! 残りは殺せ!」
 2人の兵士が近付き、嫌がるクラウを2人掛かりで羽交い絞めにし、レイ達から引き離す。

「やめて――やめてったら!」

 このまま大人しく四方八方から蜂の巣にされるか。そんなつもりは毛頭ない。この場を切り抜ける最善の方法は――。

「あんた、確かトリレナっつったよな!」突如名前を呼ばれたトリレナの表情が一瞬変わるのを見過ごさない。「あんたのその目、力試しが好きな奴の目だ」

「……何が言いたい?」

 この反応、図星か。「俺と1対1の勝負をしないか? 自分で言うのもなんだが、銀髪鬼をサシでやったとなりゃ、あんたの名声は世界中に響き渡る。その代わり、俺が勝ったら俺とこいつの命は助けてくれ」

「レイさん、それじゃクラウさんが!」

 レイはアークの胸に視線を向け、すぐにアークの目を見た。すると、アークの瞳が大きくなった。どうやら勉強しかできないお人好しというわけではないらしい。

「そんなに自らの命が惜しいか……銀髪鬼も所詮俗物に過ぎないというわけだ」

「あんたが負けてもクラウは手に入ったままだし、別に俺に負けたからってあんたの腕が悪いってことにはならない。どうだ、悪くないだろ?」

 トリレナは顎に手を当てて思索している。「……貴様のような俗物をこの世界から排除するのが我らの務めだ。よかろう、その勝負受けて立つ」

 レイは右の口角を少し上げた。



「俺とお前の契約の名の下、今ここにお前の名を示す――来い! 鬼斬丸!」

 銃を下ろし、半ばギャラリーと化した兵士達に囲まれる中、光に包まれたレイの手元に鬼斬丸が召喚される。

 アークは円周の中で銃を突き付けられ、クラウはすぐ後ろのミーアに監視されている。そして、眼前には巨大な剣を携えたトリレナが毅然とした態度で両足を据えて立っている。

「それが≪神器≫か。しかし、たとえ神のつくりし刀の契約者であろうと、義のなき者が私とこの剣に勝つことはできん」

「やってみなきゃ分かんねぇぜ?」

 トリレナの持つ大剣は、トリレナの全身を隠してしまうほどの長さと幅だ。その重量からもたらされる斬撃の威力は絶大であろう。

「ならば、試してみるまでっ!」トリレナが距離を詰める。

 しかし、それは持つ者の敏捷性を犠牲にするということでもある。敏捷性を活かした攻防を得意とするレイにとって、当たらなければ意味のない武器はなんということもない。

 レイの間合いに足を踏み込んだ刹那、大剣の切先が横一文字を描く。胸下を斬り裂かんと狙った右薙は切先が触れる紙一重の距離で回避したが、柄を握るトリレナの手首がひとつ捻られたのを見逃しはしない。次は左斬上。床を後ろに蹴ることで、予想どおりに放たれる斬撃を再び紙一重で回避する。しかし、トリレナの斬撃はまだ続く。斬り上げられた切先がトリレナの頭上に移動する。最後は切落(きりおろし)だ。重量武器によって裂かれて生じた風を鼻先に感じつつ、力強く床を蹴って後方へ高く跳躍する。空中でレイの立っていた床を大剣が粉砕するのを見ながら、格納庫の壁にまで達する。今度はレイの番だ。

 垂直の壁を両足で蹴り放し、鬼斬丸を持つ右手を引いて左手を峰に添える。まるで自らが1本の矢となったかのようなその突きは、盾の様に前方に構えられた大剣の刃に阻まれたがその衝撃はトリレナを大きく押し飛ばし、引きずった両足が床を削って2本の真っ直ぐな跡が残った。

 成程――「そのバカみたいにデカい剣はあんたにとって≪盾≫でもあるってことか」再び距離を取ったレイが言った。

「左様。我が大剣≪ダモクレス≫は攻防一体の剣。堅牢なるこの剣を貴様が貫くことは叶わんよ」

「だが、守りだけで俺に触れることもできないんじゃ、俺は殺れねぇぜ?」

 レイの言葉を聞き、トリレナは何故かくすくすと笑い、肩を震わせた。「……礼を失したようだ。素直に詫びよう」

 トリレナはダモクレスの切先を足元の床に向け、そのまま突き立てた。すると、幅広の刃の柄元に施されていた装飾部分がカバーを外すように動き、その内側が露出した。そこには緑色の輝きを放つ石が埋め込まれていた。あれはアニマ輝石――契約石だ。

「風の精霊シルフィードよ……我と汝の契約の名の下、我が分身たる剣に汝の慈悲無き風を纏わせ、共に眼前の敵を切り刻まん……ソル・ウィンディア!」

 トリレナの足元に契約陣が形成される。契約陣の形成に伴う光が収まっていくのと反比例して轟々という音が大きくなり、トリレナと距離を保っているレイの髪を揺らす。これは――。

「武器に風を纏わせる元素術です!」アークが叫んだ。

「んなこた分かってるよ。≪魔剣士≫ってわけだ」

「まだ先程のような強がりを言えるかどうか……試してみるか!?」

 トリレナが踏み込み、再び距離を詰める。しかし、先程よりもスピードが上がっている。風を刃に纏わせたことでダモクレスが軽くなったということなのだろう。ただし、そうは言っても、かつてJUSTICEの1人であったレイからしてみればまだまだ反応できるスピードだ。繰り出された斬撃を再び紙一重で回避する。

 しかし――痛みが走った。確かに刃は届いていない。それなのに、無数の爪に引っかかれたような痛みが走り、現に制服が引き裂かれ、血がにじみ出している。

 かまいたち――それがダモクレスに纏う風の正体だ。武器に風や炎を纏わせる元素術は扱いが難しく、高い技能を有した術士でなければ自らをも切り刻んだり焼き尽くしたりしてしまう。だから、≪魔剣士≫と呼ばれる者は世界でも数少ないのであり、レイも初めて対峙した。

 トリレナの斬撃は続き、直接刃に斬られることはないが、かまいたちによる傷が増え、徐々に体力も奪われていく。

「優れた使い手程、体が紙一重で回避しようとする。無駄な動作を省く為にな! だが、それが貴様にとって命取りとなる!」

 トリレナの言うことは正しい。体に叩き込まれた感覚をトリレナレベルの相手が繰り出す連撃の中で下手に崩そうとすれば、即、死に繋がる。ならば、受け止めるしかない。ダモクレスは、風を纏わせてその重量を軽くしている分、威力も減少しているはずだ。今なら受け止めきれる。そこからトリレナの体勢を崩して攻撃に繋げよう。刹那の世界でレイの脳内がフルに回転する。

 ダモクレスの切先が天井に向いた瞬間、鬼斬丸を横にし左手で峰を支える。

「――受けきれんよっ!」

 刹那、異変に気付く。風が――急激に弱まった。再び重力の鎖に縛られた重厚な刃が鬼斬丸にそのすべてを預ける。衝撃はレイの足元に達し、耐えきれなくなった床に両足が沈む。ダモクレス本来の重みを何とか受け止めることはできたものの、喰いしばった奥歯が砕けそうだ。わずかな力を抜いた途端に全身が縦に真っ二つ、このままの状態を維持するだけの持久力もない。もはや、渾身の力で弾き返すしかない。

 レイは獣の如き咆哮を上げ、四肢に鞭を打つ。トリレナの顔に驚きが浮かんだ。曲がっていたレイの両肘が伸びていく。遂にはトリレナが距離を取った。

「やはり≪銀髪鬼≫の通り名は伊達ではないか……」弱まったはずの風が再び強まる風切り音が聞こえた。「しかし分からんな。貴様がどうしてラ・ピュセルを取り戻そうとする?」

 トリレナの問いを受け、クラウの顔を一瞥した。体をかまいたちに引き裂かれ、荒げる呼吸を隠しきれないレイの姿を見るその顔は悲しげに見える。

「……一応、命の恩人だからな。俺のせいであんたらに捕まっちまうのは目覚めが悪かっただけだ」

「ほぉ……」

「丁度いい、俺からの質問にも答えろよ」

「何かな?」

「……オーディンってのは、本気で世界を変えようと思ってんのか?」

「当たり前だ」

 思わず笑いがこぼれた。それを見たトリレナは「何が可笑しい!?」と声を荒げたが、その笑いはけして他人を馬鹿にするものではなかった。それはただ、レイの心の中で、あいつは≪あの時≫から何も変わっていないのだと思ったことによるものだった。

「悪ぃ、悪ぃ。来いよ。決着をつけようぜ」その顔はどこか自信に満ちていた。

 トリレナは1つ大きな勘違いをしている。そのことには、レイ達が取り囲まれた時に気付いた。その隙を突く。

「よかろう……次で終わらせる」

 トリレナは、ダモクレスの柄を握る両手にぐっと力を込め、再び走り出した。風はダモクレスを軽くするだけでなく、加速させる。瞬く間にレイの間合いに入り込んだトリレナは、「遅い!」と言うと、レイの持つ鬼斬丸を弾いた。衝撃で手元を離れた鬼斬丸が宙を舞う。もはや丸腰となったレイはトリレナの斬撃を防ぐ術を持たない。

「――もらったぁっ!」

 ダモクレスの切先を高く振り上げる――その時、宙を舞っていた鬼斬丸が一瞬の光と共に消えた。そして、直後、再びレイの手元に現れた――再召喚。

 大きく開いていたトリレナの目が丸くなる。完全に油断していたトリレナの反応は鈍く、胴ががら空きだ。鬼斬丸の峰をその胴に叩き込む。内臓にまで達した鬼斬丸の衝撃はトリレナの全身を一気に押し飛ばし、船体が揺れんばかりの音を立てて壁にめり込ませた。壁の破片が飛び散る中、トリレナは血反吐を吐いた。

「俺は軍人じゃない。バウンティーハンターだ。だから峰打ちにしといてやったぜ。まぁ、しばらくはまともに動けねぇだろうけどな」

 トリレナは合点のいかない顔で言った。「……何故、貴様も契約文を詠唱せずに再召喚できるのだ……」

「あんたは勘違いしてんだよ。世界中の人間が一体の精霊と契約する魔術と違って、神器との契約は1つの神器につき1つしか存在しない。だから、神器の熟練度次第では詠唱せずに召喚できんだよ。神器自体の特性はまだあんまり知られちゃいないからな。あんたみたいのが相手になったときのことを考えて、気付かれないように普段は詠唱してるのさ」

 傍らで観ていたアークは思わず唾を飲んだ。これが神器に選ばれし者の力……この力を使えば、祖国を正しい道に導くことができるかもしれない……この力を使えば……。

「少佐っ!」格納庫に駆け込んできた一人の兵士がキャットウォークから叫んだ。

 満身創痍のトリレナに代わり、ミーアが「どうした!?」と返す。

「バンドール軍の巡洋艦が本艦に接近しています!」



つづく