おはようございます。るっちです。
まもなくライブでございますね。
2021年11月29日(月)
Takadanobaba AREA presents
cultivate common values ♯3
[PLACE]
高田馬場AREA
[ACT]
NightingeiL/emmurée/umbrella/Kaya/THE NOSTRADAMNZ/David
[OPEN/START]
OPEN 17:00 / START 17:30
[TICKET]
前売¥5,500/当日¥6,000
(D代別+¥600)
[TICKET INFO]
イープラスにて発売。10/30(土)10:00~
購入ページ▶️ https://eplus.jp/sf/detail/3518400001-P0030001
※入場順:1.e+ 2.当日券
[INFO]
高田馬場AREA 03-3361-1069
エリア、もう出られないと思っていただけにとてもうれしい機会です。
前回からはアップデートしたかたちで臨みます。
今日一日かけてアップデートするんですけど、その前に語っておかないと気が済まないことがあります。
【神の話】
■ぼくは神が何か解った
午前中から何いってんだ、て話だと思うんですけど、ちょっと悟りを啓いてしまったかなと思います。
とても残酷な話です。でも、もうとっくに知っていたような気もします。
■運命を信じますか?
運命って、ぼくの解釈で簡単にいえば「起きる前から決まっていること」だと思います。
神って、広い意味だと日本神道とかっぽい万物に宿る系神様もいれば、唯一絶対神ヤハウェ、みたいのもありますよね。
ぼくはその両方とも神と呼ばれていいと思うんですけど、運命をつくる存在があるとしたら、それを神と呼べば、八百万の神も唯一絶対の神も
そうだよね、ということになると考えています。
バンドマン的に例えれば、「ロックの神」がいるとして、「今日めっちゃいいステージができた」ことを「ロックの神に愛された」という言い方で表現することってできるし、伝わると思います。
また、ロックに生命を賭している人がいるとしたら、その人にとってはロックの神が唯一絶対神であるとも言えると思うし、そうでない人からしたらそうではない、ただそれだけのことですよね。
これって簡単なことだと思います。
■SFとファンタジー
ぼくは筋金入りのSFファンというわけではなくて、なんとなくSFっぽい世界観とかが子供の頃からなんとなく好きです。
たぶん子供向けの特撮ものって、ウルトラマンにせよ仮面ライダーにせよ、SFっぽい世界観が下敷きにあるからなんじゃなかろうかと思います。
よく混同されるのが「SF」と「ファンタジー」ですが、この境界ってすごく難しい。
「SF」は、御存知の通り「サイエンスフィクション」の略で、直訳すると「空想科学」になります。
「ファンタジー」は魔法とか霊とか妖精の世界ってイメージありますよね。
しかし「十分に成熟した科学技術は魔法と変わらない」という言葉があるように、空想を含む時点で両者の境界は非常にあいまいだと思います。
■ぼくの中でのすみ分け
ぼくの主観だと、「セーラームーン」はファンタジーで、「キューティーハニー」はSFです。
なぜなら、キューティーハニーは「空中元素固定装置」というガジェットをつかって変身するアンドロイドだからです。
セーラームーンは、そんなに詳しくないんですけど、子供の頃に観ていた限り、現象が起きる理由を魔法的な力としか描いていなかったと思います。
なので、その現象が起きる動力源みたいなものを、「魔法」や「神秘の」とかで片づけずに、(一応でも)科学的に語られているか、がひとつのポイントだと思います。
それでいうと、スターウォーズってSFじゃなくてファンタジーだと思っています。「フォース」とかって今現実に観測されている現象を使って説明できるようなものだとは思えないからです。よくSFの金字塔!と言われていますが、SFっぽい世界観やガジェットが出てくるだけで、基本的にあれば「剣と魔法の世界」であって、ドラクエとかハリーポッターとかロードオブザリングとか、ああいう世界観のものと同じ構造で、素材感がSF的であるだけだと思います。
逆に、ガンダムとかエヴァンゲリオンって、前者は核融合で動いていると説明されていて、後者は劇中で電源挿したり電池切れになったりしますよね。だからぼくはSFだと認識しています。
使徒?知らん。
■神はファンタジーか?
人々の運命をつかさどる神がいるとして、なんとなくファンタジーっぽい素材で思い浮かべませんか?
そもそも現実世界にも、とても偶然とは思えないような、もしくは現実とは思えないようなファンタジックな出来事っておきますよね。たまに。
そう、ぼくと君が出会ったことのように・・・
置いといて、SF映画って案外、神を解明すること、そして神に抗うことをあきらめない感じが、ぼくは結構好きなんだと思うんです。
神って、いるとしたら人間の立場からすると相当残酷で嫌な奴じゃないですか。
全員ハッピーにしてくれればいいのに、世の中ちっとも悲しいことがなくならない。
ときにはだれかのハッピーを奪うことでしか自分がハッピーになれないなんてことも起きて、無用に誰かを嫌いになったり、攻撃したり、そんな自分のことを嫌いになってしまうことすらある。
そんなのクソゴミのクソクソクソですよ。
「否!それは神が我々に与えた試練なのであって・・・」とか、神よ!それは余計なお世話だ!死ね!!と言いたい。
だからこそ、そういう世界にヒトは耐えられなくて、神という存在や宗教を作りだしたのだと思います。
どうにか自分と自分の世界を保てるように。
そして、そんな残酷な世界をどうにか住みよいものにしていきたい、というヒトの願いが発展させてきたのが科学だと思います。
だけど、科学はしっかり勉強するのが大変なので、SF映画とか見ると気軽にその片鱗が垣間見えて面白いです。
話それますが、女性ってSFあんまり好きじゃない方が多いなと思います。
どちらかというとファンタジーのほうに惹かれやすい傾向がありますよね。
宇宙だの未来だのミノフスキー粒子だの、浮かれた話じゃなくて今日この現状をどうにかしなさいよ!魔法でいいから!って感じがします。
その意味でいくと、男性的なSFのほうが夢見がちで、女性的なファンタジーのほうが地に足のついた考え方が得意なのかもしれません。
■死ぬまでに観てほしいの
ぼくがここで言いたいことを伝えるために、死ぬまでに観てほしい映画を紹介します。
まず、エイリアンシリーズの一作目ですね。
グロいし怖いので観なくてもいいんですけど、これぐらい刺激的なほうが最後まで観やすいかなと思って苦渋の決断です。
これはまずホラーだと思ってこわいところは目をふさぎながらとりあえずどんな話なのか知ってほしいです。
いうなればこれは、宇宙船にチンチン怪獣が出て船員たちを次々に強姦して殺していくのだけど、勇敢で知的な女性が負けずに戦って勝利する、という話です。
なので、この映画はフェミニズムの文脈で語られることがあるのですが、それよりは「強大な力に抗う」というところに注目されたいです。
そして、このあとにエイリアン2~4は観なくていいです。
ぼくは好きだけど、エイリアンとの闘いとかが好き!と思わないなら観なくて大丈夫。
でも、でれば次に観てほしいのがこちら。
エイリアンの前日譚として制作された映画です。
本当はエイリアンを観なくともこっちを観てほしいんですけど、エイリアンを知らないと「何こいつ?」となる設定とかも出てくるので・・・という感じです。
こっちも相当ゲスな演出が多いというか、めちゃくちゃ悪趣味な、むしろコメディーとして観ないと耐えられないようなシーンが多いです。
これも、ホラーとしてキャッキャワイワイしながら観るのがいいと思います。
ただ、ここで初めて「神とは何か」という話題が入ってきます。
タイトルのプロメテウスというのは宇宙船の名前で、古代遺跡で見つかった壁画から「ヒトを創った存在=神」の居場所が判り、神に会いにいくことになります。その宇宙船で起こるドタバタコメディーです。
ヒトを作ったのが神ならば、それは誰なのか。そして、ヒトが作ったもの(つまりアンドロイド)からすると、ヒトとはどんな存在なのか、という話の触りが見えてきます。
そしてその続編でいよいよ本題に入ります。
またエイリアンかよ!!って話ですよね。ぼくもそう思います。
でもわかりやすいと思うんです。
ちなみにぼくは「コヴェナント」より「プロメテウス」のほうが全然好きです。むしろ「コヴェナント」はそこまで面白いと思えず。
でも、前作で「もしもヒトが神に会いにいったら・・・」が描かれ、こちらでは「ヒトが作ったアンドロイドはヒトをどう思うかな・・・」という問題に触れられています。
その過程でチンチン怪獣ができてしまってやべえことになった!という話です。
ネタバレしてしまうと、神>ヒト>アンドロイドという関係において、ヒトが神に近づきたいように、アンドロイドはヒトに近づこうとします。
しかし、いろんな面でヒトそっくりに、もしくはヒト以上の能力を持っていたとしても、「創造すること」と「自ら繁殖すること」はヒトにはできてもアンドロイドにはできなかったのです。
アンドロイドは、そのコンプレックスをこじらせた結果、恐ろしいチンチン怪獣を生み出してヒトに反旗を翻すのであった!みたいな流れです。
奇しくも「神になろうとした男がうまくいかずに色々と拗らせた結果、無差別テロを起こした事件」はそう遠くない過去に本当にあったことなので、あながちただの絵空事とは言えないこともポイントとして押さえていただきたい。
ちなみに「お城にマッドサイエンティストが住んでいて怪物を作っている」「そしてその怪物に殺される」という構造になっているのは、現代風のSFでありながら実はちゃんとゴシックホラーのお約束を守っているあたり、丁寧さがとても良いです。
そして、古典であるこの作品が、この「神>ヒト>アンドロイド」の問題を具体的に描いていると思います。
2001年宇宙の旅です。
ただ観るだけだと、映像が綺麗だね、あっ!スタンリーキューブリックだからか!くらいで、当時でこれはすごい映像だったんだろうなあ、と思うだけで正直つまんないと思います。我々は2001年よりさらに20年以上先の現実世界を知ってしまっているのだもの。
しかし、これも「神(っぽい何か)がヒトに叡智を与え、ヒトはその叡智で人口知能を生み出し、宇宙に行けるようにまでなるが、人口知能が反乱を起こす」という点で、「エイリアン」や「ブレードランナー」が基本的にはこれと同じ話であって、おそらくこの作品が後世に多大に影響していること、そしてその問題提起を人類は今日にも抱き続けていることがわかると思います。
そして、「プロメテウス」「コヴェナント」に出てくるアンドロイドは「デイヴィッド」、「2001年宇宙の旅」の主人公も「デイヴィッド」という、イスラエルの王ダビデに由来する名前であることは偶然ではないと思います。
からの、こちらです。
「ゼロ・グラビティ」です。これもめっちゃ怖いです。でもめちゃくちゃ面白い。
実は単純なサバイバルものというか、雪山で遭難!とか、無人島で遭難!みたいな話の、宇宙空間バージョンです。
これは、神がどうのとかいう話ではなくて、実際に宇宙に行ったことがある人から見ても、宇宙がとてもリアルに描かれているんだそうです。
この映画で、無重力で且つほぼ空気がない宇宙空間で、モノがどう動くのか(動かすのか)みたいなことも、観ているだけで自然に理解できると思います。
観終わったあと、「地球に生まれて良かったあ~!!」と心底思える作品だと思います。
そのうえで、やっと、今回こちらがほんとうに触れたい作品です。
「インターステラー」ですね。
こないだ、本当は「バタフライ・エフェクト」が見たかったのに無かったので、おすすめに出たこれをたまたまひっさびさに観ました。
いろんなところで、これあんま好きじゃないって話してたと思うんですけど、今回観て認識が変わりました。
お話としては、近未来の地球が気候変動で作物が実らず酸素も足りなくなってきて、人類はじわじわと滅亡していくことが見えている世界が舞台です。
仕方がないのでNASAが人類を他の惑星に移住させられないかってんでいろんな星を探して回ってて、むかし優秀なパイロットだった農家の父ちゃんが妙な偶然に引き寄せられてNASAに合流し、ヒトが住める惑星探しに協力することになって、最愛の娘を地球に残して宇宙に飛び出すんです。
そして、父と娘は”時空を超えて“宇宙のひみつを解明してやりとりし、人類を救おうとします、という話です。
好きじゃなかったというのも、最後に現れる5次元空間てのがあって、それがめっちゃ人類というか主人公たちにあまりにも都合よくできてるので、その瞬間に醒めちゃったんです。
「”彼ら”がこれを用意していたんだ」って、そんなわけねえだろ!と。まだ、遠い昔遥か彼方の銀河系でやってるドンパチのほうが信用できるわ!と思ってしまいました。そんな優しい神などいるはずがないと。
しかし、これがぼくの誤解であったことに今回観て気づきました。実はセリフの聞き逃しがあったんですね。
「”彼ら”ではなく“我々”なんだ」という超重要なセリフ。ほんとこの一言重要。
つまり、今の我々から見てとんでもない奇跡に思えるような人類を救う所業は、「神の御業」ではなく「ヒトの叡智」によるものだったのです。
■親殺しのパラドックス
一生一緒にWikipediaを引用しましょう。
英語では grandfather paradox(祖父のパラドックス)と呼ぶ。すなわち、「ある人が時間を遡って、血の繋がった祖父を祖母に出会う前に殺してしまったらどうなるか」というものである。その場合、その時間旅行者の両親のどちらかが生まれてこないことになり、結果として本人も生まれてこないことになる。従って、存在しない者が時間を遡る旅行もできないことになり、祖父を殺すこともできないから祖父は死なずに祖母と出会う。すると、やはり彼はタイムトラベルをして祖父を殺す……。このように堂々巡りになるという論理的パラドックスである。
ぼくは、この説については「改変も織り込み済」説を推したいです。
すくなくとも「インターステラー」は、「改変も織り込み済」の立場から描いています。
今、めちゃくちゃツライこととか、到底納得できないことが平気でまかり通ってることとかって、皆様それぞれあると思うんですけど、ぼくはそれを「神が与えた試練」だとは思いたくないのです。
しかし、「ヒトが必ず乗り越えていける今」だとしたら、少しだけ明日に期待が持てるようにならないですか?
ぼくは、少なからず、できることをできる範囲で、どうにかしてやろうと思いました。
結果、もちろん今日明日自分はどうにもならずに死んだりするかもしれないんですけど、それでも未来の誰かが笑って生きているなら、自分の今を肯定できるような気持ちになりました。
その、今とこの先に待っている未来の連なりを「運命」と呼ぶのであれば、それを司る存在はぼくであり、あなたですよね。
■何が言いたいかって
すなわち、今2021年を生きる我々にとって、そんな5次元人だか未来人だかのことってクソどうでもいいし、今を生きる我々の運命はひょっとしたらもう遠い未来まで織り込み済で決まっているのかもしれないけど、だからこそ逆に、「今自分にできる選択は、今できる」ということなんじゃないかと思うんです。
運命を決める神がいるとしたら、それって我々ひとりひとりであり、自分自身なんじゃないでしょうか。
その連なりが、レールのように過去から今まで続いていて、きっと未来に届いていくんだと思います。
いま、これをここまで読んでくれたぼくとあなたは、その長い長いレールを走る、無限にも等しい車両数の列車の中で、たまたま同じ車両に乗り合わせたということなんでしょうね。
そんなレアな偶然で巡り合えたからこそ、リスペクトをもって接したいですね。
なんか書き連ねたらいつもの感じになってしまってアレですが、再認識ということでご容赦いただければと思います。
■本当に観てほしいやつ
でもね、なんと言ってもこっちなんですよ。
インタステラーより人気ない感じしますけど、こっちは宇宙とか行かずに、言葉にできない感動をくれます。
もう四年間くらい言い続けてるのでいい加減だれか観て・・・
以上です。
お疲れ様でございました。



































