君を殺しても

君を殺しても

THE NOSTRADAMNZ Lucifer K nemoto

こんばんは、台風を温帯低気圧に変えたルシファーです。

本日は、日本のロック史に存在したかもしれない「失われた世界線」について、大変悔しい気持ちがあることに気づいたので書き連ねます。

あくまで一人の音楽ファン、かつバンドマンの端くれとしての仮説なので、史実の細部についてはぜひ各自でも一次情報に当たっていただければと思います。
とはいえ、ぼくはこの話を単なる妄想で終わらせるつもりはありません。
なぜなら、音源を並べて聴けば聴くほど、「これは本当にあり得た未来だったのではないか」と思えてしまうからです。

ぼくはずっと、ある違和感を抱えていました。
4s4ki、sic(boy)、CVLTE、CHAQLA.など、ぼくは度々言及していますが、彼ら、彼女らの音楽を聴くたびに、「どう考えても世界レベルじゃないか」と思うのです。
トラップ、ハイパーポップ、ニューメタル、エモ、インダストリアル、ヴィジュアル系、J-POP。
それらを無理やり混ぜているのではなく、最初から同じ言語として扱っている。
にもかかわらず、その実力に見合うほど世界的に評価されているとは、少なくともぼくには思えません。
もちろん、英語圏への露出が足りないとか、プロモーションの問題とか、マーケットの規模とか、いろいろな理由はあるでしょう。
しかし、ぼくはもっと根本的な問題があると思っています。

彼らが世界に届かない理由は、彼ら自身の才能不足ではなく、彼らを世界へ押し出すための「日本ロック史の太い幹」が、90年代末から00年代初頭にかけて、いつの間にが折れてしまったからではないか。

つまり、今の若手が小さく見えてしまうのは、彼らが小さいからではなく、その背後にあるべき巨大な歴史的文脈が、日本の音楽史の中で分断されてしまっているからではないか。
ぼくはそんな考えに至りました。

ただ、この記事で書きたいのは、「今の若手はすごい」という話ではありません。
いや、もちろんすごいです。
でも、すごいんだけど、それだけでは足りない。
ぼくが書きたいのは、"日本には本来、世界的なミクスチャー・ロック大国になる可能性があったのではないか"、という話です。

もし、00年前後の断絶がなければ、日本のロックはLinkin Park、Limp Bizkit、Korn、Slipknot、Marilyn Manson、Nine Inch Nailsが台頭した、あの世界的な潮流と並走し、その中心に立つことすらできたのではないか。
そして、その世界線においては、4s4kiやsic(boy)、CVLTE、CHAQLA.は、「日本の変わった若手」ではなく、日本が世界に提示するミクスチャー・ロック大国の最新世代として、もっと当然のように世界から聴かれていたのではないか。

これが、今回の仮説です。

■ その世界線は、V2から始まっていた
一般的に、hideさんとYOSHIKIさん、そして小室哲哉さんは、音楽的には別々の文脈で語られがちであるように思います。

hideさんはヴィジュアル系、あるいはX JAPANから飛び出した、未来的な感覚を持つフリーキーなロックスター。
YOSHIKIさんはX JAPANのリーダーであり、クラシックとハードコア/メタルを接続した天才的なカリスマ。

他方で、小室哲哉さんはJ-POPの王、あるいは90年代の巨大プロデューサー。

もちろん、それぞれの説明として間違ってはいません。
しかし、音楽的な構造だけを見ると、この三人は驚くほど何度も交差しています。
ぼくはここが、今回の話の一番重要なポイントだと思っています。

最初の交点は、YOSHIKIさんと小室哲哉さんによるユニット"V2"です。

唯一のシングル「背徳の瞳〜Eyes of Venus〜」が発売されたのは1992年ですが、プロジェクトとしては1991年に動き出しています。

今改めて聴くと、これはかなり不思議な曲です。
ハードコアパンク/スラッシュメタルを地で行くドラム。
そこにはディストーションギターではなく、クラシカルなピアノと巨大なシンセのアンサンブルが乗っかっている。
さらに、日本人に刺さるメロディーをいくつもいくつも作ってきた紛れもない天才2人が互いに紡ぎ合った、珠玉の歌メロがある。

当時としては、ロックと打ち込みがまだ今よりもずっと別々のものとして扱われていたはずなのに、この曲では既にその接続が試みられています。


もちろん、これをそのまま「ニューメタルの先駆け」とか「デジタルロックの完成形」と言うのは、いくらなんでも雑です。
しかし、ここには確かに後の可能性が含まれているように思います。
ロックとシンセサイザーの組み合わせで、単なるJ-POPでも、単なるハードロックでもない何かが生まれる。
その予兆が、既にV2にはあったのではないでしょうか。

そして、重要なのは、これが一回限りの珍事件ではなかったということです。

YOSHIKIさんと小室哲哉さんの接続は、後の2002年に"globe extreme"で再び浮上します。

さらにYOSHIKIさんの内部にはX JAPANとhideさんがあり、小室哲哉さんの内部にはglobeとavexの巨大なメインストリームがあります。

つまり、V2とは単なる企画ユニットではなく、本来なら後の日本ロック史を大きく変える可能性を持った、最初の接続点だったのではないかとぼくは考えています。

悔やまれるのは、このV2がど真ん中を獲るには、おそらく専任のボーカリストが必要だったこと。
小室さんの歌声を、ぼくはとても好きですが、一般には、特に当時の価値観だと、もっともっとパワフルな質感によりニーズがあったはずです。
例えばKEIKOさんや華原朋美さんが歌っていたら、もっと広く語られるプロジェクトになっていたかもしれません。

■ 『DAHLIA』は、既に未来を鳴らしていた
次に重要なのが、1996年のX JAPANのフルアルバム『DAHLIA』です。

『DAHLIA』は一般的には、X JAPANの最後のオリジナルアルバムであり、バラード色が強く、クラシカルでシンフォニックな作品として語られることが多いと思います。

もちろん、それは間違っていません。

しかし、ぼくはこのアルバムを単なる「X JAPANの終着点」として聴くのはもったいないと思っています。

まず参照すべき曲は、まず表題曲の「DAHLIA」です。


ぼくには、この曲がV2「背徳の瞳〜Eyes of Venus〜」の流れを汲んでいるように聴こえます。

クラシカルな旋律、疾走するドラムとツインギターの絡みは、まさにX JAPANの王道だけれど、ディストーションエフェクトがかけられたTOSHIさんの声や、以前より高次元にトラックと融合しつつ分離したシンフォニー、hideさんのトリッキーなワーミー使い。さらに、どこか打ち込み音楽的な人工性もある。
これは、単なるメタルでも、単なるクラシック融合でもなく、YOSHIKIさんがずっと持っていた「シンフォニックで、機械的で、過剰にドラマチックな音像」の一つの到達点だったのではないかと思います。

次に重要なのが、hideさん作曲の「DRAIN」です。


この曲は後にzilchで「WHAT'S UP MR. JONES?」としてセルフカバーされています。


ここが非常に重要です。

なぜなら、「DRAIN」はX JAPANの中に既にzilch的なものが存在していたことの証拠だからです。

つまり、hideさんは以前からソロ作品でインダストリアル的なアプローチをしていましたが、X JAPANの内部にも、その方向性を取り込んでいたわけです。

そして「SCARS」。



これもhideさんの作曲です。

この曲には、X JAPANの王道とは違う、そしてさらにXの中でhideさんが書いてきたロックンロールナンバーとも別の、もっとダーティーな質感があります。
ギターリフの感覚も、歌の乗り方も、どこかオルタナティブで、インダストリアル以降のロックへ接近している。

さらに「White Poem I」。



これは、おそらく後のViolet UKがこの路線になっていくはずだったのではないか、と思わせる曲です。



もちろん、実際のViolet UKがどう展開するはずだったのかを断言することはできません。

しかし、クラシック、電子音、冷たい空間処理、そしてサビで美しい旋律が啓く、という点で、「White Poem I」はYOSHIKIさんがX JAPANの外で構想していたであろう音像の予告編のようにも聴こえます。

そして、HEATHさんとPATAさんによる「WRIGGLE」。



この曲も忘れてはいけません。

後にDope HEADzへ参加する2人が、X JAPANの中でこのような楽曲を提示していたことは重要です。

つまり『DAHLIA』には、YOSHIKIさんのデジタル/シンフォニック路線、hideさんのインダストリアル路線、さらに後のDope HEADzに通じるデジタルロック的な感覚が、既に混在していた。

『DAHLIA』とは、X JAPANの終着点であると同時に、複数の未来の入口でもあったのではないでしょうか。

ここで比較対象として重要なのが、The Prodigyの『The Fat of the Land』です。
あのアルバムは1997年に発売され、世界的に巨大なインパクトを与えました。
「Firestarter」や「Breathe」が象徴するように、ダンスミュージックがロック的な攻撃性を獲得し、ロックリスナーにも突き刺さるものになっていった。
その歴史的重要性は言うまでもありません。




しかし、『DAHLIA』はその前年、1996年に出ています。
もちろん、「だからX JAPANのほうがThe Prodigyより先だった」と単純に言いたいわけではありません。

The Prodigyにはそれ以前から『Music for the Jilted Generation』がありますし、世界中でビッグビートやインダストリアルやトリップホップの動きは同時多発的に起きていました。

ただ、少なくとも日本のロックシーンの中で、X JAPANが1996年の時点でそうした空気に接近していたことは、もっと評価されてもよいのではないかと思うのです。

そして、そのX JAPANの中にはhideさんがいました。

同じX JAPANという母体の中で、その方向性が既に発生していたのです。

■ zilch『3・2・1』は、1998年ではなく1996年の音として聴くべき

そして、ここでzilchです。

zilchの『3・2・1』がリリースされたのは1998年7月、つまりhideさんの没後です。

しかし、ここで重要なのは、制作と録音が1996年から行われていたことです。

つまり『3・2・1』は、1998年の音としてではなく、1996年時点でhideさんが既に到達していた音として聴くべきだと、ぼくは思っています。




これはかなり大きな意味を持ちます。

なぜなら、1996年の時点でhideさんは、既に英語詞、海外ミュージシャン、インダストリアル、オルタナティブメタル、デジタルロックを組み合わせた音像へ到達していたからです。

これを単に「hideさんの海外向けプロジェクト」として片付けるのは、あまりにももったいない。

ぼくには、これは日本のロックが世界のミクスチャー/インダストリアル文脈へ直接接続するための、ほとんど完成されたプロトタイプに聴こえます。

しかも、前述の通り「DRAIN」はzilchで「WHAT'S UP MR. JONES?」として再構成されています。

つまり、X JAPANの中にあったhideさんの異物感が、そのままzilchへ移植されているわけです。

ここにこそ、X JAPANからzilchへの連続性があります。

hideさんはX JAPANを捨てて別のことを始めたのではなく、X JAPANの中に存在していた未来の一部を、より純度の高い形で外部化したのではないか。

ぼくにはそう見えます。

■ BEASTという、もう一つの近接点

この流れを考える上で、BEASTも無視できません。

BEASTは、Extasy Japan立ち上げ時の看板バンド的な存在として語られることがあります。

この時点で既に、YOSHIKIさん周辺の人脈と、90年代後半のラウド/インダストリアル/デジタルロック的な感覚が接近していたことになります。


ここでいわゆる「ミクスチャー」の音像構成をもつバンドが、このポジションにいたことは、周辺証拠として重要だと考えています。

人脈的にも音像的にも、zilchやDope HEADzに近接していると考えると、Extasy Japan周辺には、X JAPAN以降のロックを、よりヘヴィで、より海外志向のものへ変換しようとする空気が確かにあったのではないでしょうか。

このあたりを一本の線として見ると、X JAPAN以降のロックが、単純に「V系の後継」へ向かったのではなく、かなり明確にデジタル・ミクスチャー方面へ向かう可能性を持っていたことが見えてきます。

■ Dope HEADzは、失われた世界線の残響だった

hideさん亡き後、その遺志を継いで現れたのがDope HEADzだったとぼくは思います。

Dope HEADzは、PATAさん、HEATHさん、そしてI.N.A.さんを中心に結成されたプロジェクトです。

つまり、元X JAPANのメンバーと、hide with Spread Beaver/zilchの中核が合流しているわけです。

これは単なる「元X JAPAN関連バンド」ではなく、見方によっては、X JAPAN、hideさん、Spread Beaver、zilchの残された要素を00年代へ持ち越そうとした試みだったとも言えるでしょう。




ただし、Dope HEADzは期待されたほどの大きなシーンを形成するには至りませんでした。

もちろん楽曲やプロジェクトの評価は人それぞれですし、ボーカリストの交代があったことや、プロモーションの問題、時代の空気など、さまざまな要因があったと思います。

しかし、ぼくにはこのプロジェクトが、「本来ならもっと大きな幹に接続されるはずだった太い支流」のように見えるのです。

もしhideさんが生きていて、zilchやSpread Beaverの活動が継続していたら。

もしYOSHIKIさんのViolet UKが同時期に本格的に動いていたら。

もし小室哲哉さんがglobe後期のデジタルロック志向をさらに押し進めていたら。

Dope HEADzは孤立したプロジェクトではなく、もっと大きな流れの一部として認識されていたのではないでしょうか。

■ 小室哲哉さんは、J-POPの王でありながらデジロックへ向かっていた

ここで小室哲哉さんの話に戻ります。

小室哲哉さんはどうしても、90年代J-POPの象徴として語られます。
TRF、安室奈美恵さん、華原朋美さん、そして自身が参加したglobe。
巨大なヒット曲、カラオケ、テレビ、ミリオンセラー。

そのイメージが強すぎるために、小室哲哉さんがどれほどロックやクラブミュージックの先端に反応していたかは、意外と語られにくいように思います。

しかし、1998年前後のglobeを聴くと、かなり明確に空気が変わっています。

「wanna Be A Dreammaker」をはじめとした『Relation』期の音は、初期globeの明るいダンス・ポップとはかなり違います。

歪んだベース、バキバキにローが効いたブレイクビーツ、不穏で鋭い質感のシンセ、攻撃的な構成。
J-POPとして成立しているのに、実はかなり攻撃的な音像をしています。



比較すれば瞭然ですが、小室哲哉さんはこの頃、The ProdigyやThe Chemical Brothers的な音像を志向していたことが語られています。
これは後からぼくが無理やり言っている話ではなく、本人の関心としても明確にそこへ向かっていたわけです。





問題は、小室哲哉さんがあまりにも巨大なJ-POPの王だったことです。

どれだけ攻撃的な音を作っても、それは「小室サウンド」として回収されてしまう。

ロックリスナーは「どうせ小室でしょ」と見ない。
クラブリスナーは「J-POPでしょ」と距離を置く。
ヴィジュアル系の文脈からも遠い。

結果として、globe後期の異様なデジタルロック性は、日本のロック史の中に正しく配置されなかったのではないかと思います。

ここが、日本の音楽批評の大きなバグだったのではないでしょうか。

■ globe extremeという最大の分岐点

そして、ぼくが日本ロック史最大の分岐点だったと思っているのが、先にも触れたglobe extremeです。

2002年、YOSHIKIさんがglobeに加入というニュースに衝撃が走りました。
これによって、小室哲哉さん、YOSHIKIさん、KEIKOさん、MARC PANTHERさんという、かなり異様な布陣が成立するはずでした。


ぼくは、ここでこそV2の続編を見たかった。

1991年に一度交差したYOSHIKIさんと小室哲哉さんが、十年以上の時間を経て、KEIKOさんという強力なボーカリストを得た状態で再接続する。

しかもその間に、X JAPANは『DAHLIA』を経ており、hideさんはzilchへ向かい、小室哲哉さんはglobe後期でデジタルロックへ接近している。

つまり、globe extremeは本来なら、V2、X JAPAN、hideさん、globeを束ねる巨大な交差点になり得たはずなのです。

しかし、現実にはその可能性は大きく開きませんでした。

当時のavexはトランス全盛であり、globeもその空気の中にいました。
浜崎あゆみさんを筆頭とする巨大なavex的ポップス、ギャル文化、地方ヤンキー文化、サイバートランスの流行。
その市場に向けてサウンドメイクが行われたこと自体は、商業的には理解できます。
むしろ合理的だったのだと思います。

なんなら、当時の小室さんは「J-TRANCE」を押し出していたので、本人の趣向がそっちに向かっていただけなのかもしれません。

ただ、ぼくはどうしても思ってしまうのです。
トランスではなく、ロックの方面のものとして鳴らしていたらどうだったのか、と。

KEIKOさんの力強くて鋭い、でも太い歌声は、ロックの文脈でも充分に戦えたはずです。

元々globeは「打ち込み系」のイメージが強くあったので、そこにYOSHIKIさんが加わったことで「ロックなglobe」としてパッケージしていたら、どうだったのだろうと考えてしまいます。

その頃、世界ではLinkin Parkが2000年に「Hybrid Theory」でデビューし、2003年にはセカンドアルバム「Meteora」が出ています。

更に2003年には女性ボーカルで且つ当時のモダンヘヴィーを象徴する音像を伴ったEvanescenceも世界的に話題になりました。

もし、globe extremeが「ロック」の軸足に立ち、hideさんが遺したインダストリアルな美学、I.N.A.さん的なプログラミング感覚が接続されていたら、それはLinkin ParkやEvanescenceより先行した音像になっていたかもしれないし、The ProdigyやMarilyn Mansonとも並走し得る、巨大な流れを牽引し、象徴するプロジェクトになっていたかもしれない。




ほら、globe extremeのバックをzilchがやってたとしたら、Evanescenceに全然勝てたじゃん!とか思っちゃいませんか?
勝ち負けが何かわかりませんが、少なくともぼくは聴いてみたかったし、何よりぼくがいたようなアンダーグラウンドシーンでも、おそらくEvanescenceの影響で、モダンヘヴィーサウンドに流麗な女性ボーカルが乗る、というバンドが多く居たと記憶しています。
そしてメジャーシーンでも、2005年にHIGH and MIGHTY COLORがデビューしています。



とはいえぼくは、globe extremeがトランスへ寄ったことを全否定したいわけではありません。

しかし、歴史の分岐点として見ると、それは「ロックとして世界へ向かう」よりも、「当時のavex市場へ合わせに行く」判断だったように見えてしまうのです。

ただ、なんなら浜崎あゆみさんの「evolution」(2001)は、かなりデジロック路線で、ぼくはかっこいいなーと思います。



ここらへんに、真正面からぶつかってほしかった。

「ホンモノとはこういうものだ」みたいな顔で。
もちろん浜崎あゆみさんやハイカラをニセモノだと言うわけではないです。どちらもリスペクトしてます。だからこそ触れてます。

ただ、やはりジャパメタ/ジャパコアの流れ、CAROLやBOØWYがメジャーにした日本のロックの文脈、その結節点であるV系の草分けだったXJAPANの血と、そこにTM NETWORKで80年代を、ファミリーで90年代を完全にハックした小室さんの血が混じった、とんでもないバケモノの完全体がいたとしたら、それ以外を全部ニセモノにしてしまうくらいの説得力があったんじゃないかと。

そうすれば、ロックリスナー、バンギャル、洋楽リスナー、バンドキッズを一網打尽にできたのではないか。

ぼくはどうしてもそう思ってしまいます。

■ その僅か下流には、既に世界水準のバンドたちがいた

この流れを河川に例えると、YOSHIKIさんや小室さんといった、80年代から90年代にかけてメインストリームを走ってきた上流が折れた後の、そのほんの少し先の下流には、既に十分すぎるほどの才能が存在していたということです。

Dragon Ash、RIZE、THE MAD CAPSULE MARKETS、BOOM BOOM SATELLITES、DIR EN GREY。もちろん、もっともっとたくさんいます。

ただ、彼らはそれぞれ別々の場所で、世界水準に近い音を鳴らしていました。







ここで問題なのは、彼らが「いなかった」ことではありません。

だっていたんだもの。

十分にいた。

そして、才能も、音も、時代性もあった。
バチクソかっこよかった。
さらに、彼らは今も最前線にいる。

問題は、それらが"一本の大河"にならなかったことです。

アメリカでは、Nine Inch Nails、Marilyn Manson、Korn、Limp Bizkit、Linkin Park、Slipknotといったバンドやアーティストが、それぞれ違いながらも、オルタナティブ、インダストリアル、ニューメタル、ラップロック、ラウドロックという大きな文脈の中である程度接続されていきました。

もちろん、ファン同士の対立もあったでしょうし、シーンの内部はもっと複雑だったはずです。

それでも、メディア、フェス、MTV、レーベル、リスナー共同体が、それらを巨大な流れとして認識する土壌がありました。

一方、日本ではどうだったか。

小室哲哉さんは売れまくったからJ-POP、Dragon AshとRIZEはラップしてるからミクスチャー、hideさんとYOSHIKIさんはXJAPANだからヴィジュアル系で、その後輩筋にあたるMADはストリートファッションだからラウド/パンク系だけど、Dir en greyはメイクしてるからV系で、BOOM BOOM SATELLITESは先に海外でウケたから逆輸入モノ、みたいに捉えられました。
さらに入れ替わるように、いつのまにか「ラウドのカルトスター日本代表」的にDIR EN GREYがメタルシーンに輸出された、みたいなイメージがぼくにはあります。

つまり全部、流れが限りなく近接していたものであっても、なんなら同じバンドでも、別々の箱に入れられてしまった。

ぼくは、ここに日本の音楽史の決定的なもったいなさがあると思っています。

本来なら一本の幹になり得たものが、なぜか細かく枝分かれさせられた。

アーティスト側も「群れないこと」「特殊であること」を少なからず標榜した。
しかも、それぞれがそれでも生き残れるくらい、十分に強かっただけに、逆に「別々のシーンとして成立してしまった」。

そのくせ今更実は仲良くて〜とか言って一緒に自撮りとかしやがって!!!!20年遅えんだよ!!!!(激怒)

いずれにせよ、やる側も受け手側も個別に細分化を望んだ結果、日本は世界的なミクスチャー・ロック大国になるチャンスを逃してしまったのではないでしょうか。

他方でHIPHOPはタテヨコの繋がりをリスナーと共有していった結果の今があるんだろうな、というのはまた別の機会に。

■ ゲームチェンジャーとしてのFear, and Loathing in Las VegasとBring Me The Horizon

ただし、ロックとクラブミュージックの接続が完全に途絶えたわけではありません。

むしろ2010年代に入る前後、その接続は別の形で再び表面化します。

国内で外せないのが、Fear, and Loathing in Las Vegasです。



ぼくは、彼らを明確にゲームチェンジャーだったと思っています。

メタルコア、スクリーモ、エモ、シンセ、トランス、レイヴ、オートチューン的なボーカル処理。

それらを、フェスに出る日本のロックバンドとして成立させた。

これは本当に大きいことです。

ただし、Fear, and Loathing in Las Vegasは国際的なチャートを賑わせる巨大セールスというよりは、フェスへ行くような音楽ファン、コアなラウドロックリスナー、そして後続のバンドマンに強く刺さった存在だったように思います。

特に現行のV系シーンへの影響はかなり大きいのではないでしょうか。
いわゆる「同期モノ×メタルコア」という方法論は、今のV系にかなり広く浸透しています。
同期で派手に鳴らす、ブレイクダウンで落とす、クリーンとシャウト/グロウルを切り替える、シンセで高揚感を作る。
そういった感覚は、Fear, and Loathing in Las Vegas以降、明らかに日本のラウド/V系周辺へ流れ込んだと思います。

一方、海外で同じく外せないのがBring Me The Horizonです。


Bring Me The Horizonは、デスコア/メタルコアから出発しながら、エレクトロニックな質感、ポップス、オルタナティブロック、さらには現代的なプロダクションを取り込み、世界的な評価を獲得していきました。

両者ともロックとクラブミュージックの接続において重要ですが、Bring Me The Horizonはそれを世界的なセールスと評価へ結びつけた。

Fear, and Loathing in Las Vegasは国内フェス/ラウド/V系周辺へ大きな影響を与えた。

この差は、決してバンドの力量差ではなく、背後にある市場、言語、批評、文脈の差でもあると思います。

そして、この比較は今回の主題にもつながります。

つまり、日本にもゲームチェンジャーはいたが、それが世界的な文脈として束ねられにくかったということ。

なぜなら、既に上流がない中で流れを創らなければならなかったから。

■ 「ヴィジュアル系」ではなく「日本型ミクスチャー」として世界へ出られたはずだった

ぼくは、V系は日本が生んだ最も重要なカウンターカルチャーの一つだと思っています。

ただし、海外におけるV系の受容は、どうしても「日本の変わったロック文化」「アニメやゴスやナード文化と近いもの」として消費される側面があったように思います。

DIR EN GREYが単体で海外のラウド/メタル層へ突破したことは本当にすごいです。
BABYMETALが別ルートで世界へ出たことも大きいです。

しかし、ぼくがここで言いたいのは、そういう個別突破の話ではありません。
日本全体が、ミクスチャー・ロック大国として認識される可能性があったのではないか、という話です。
つまり、海外のナード層にV系が一部ウケるとか、DIR EN GREYが日本ラウド代表として孤軍奮闘するとか、アニメ文化経由で日本のバンドが発見されるとか、そういう規模ではない。

もっと大きな話です。

日本のロックそのものが、ロック、ヒップホップ、エレクトロ、インダストリアル、ヴィジュアル、ポップスを独自に融合させた巨大なシーンとして、世界の中心に提示される可能性があったのではないか。

その意味で、hideさん、小室哲哉さん、YOSHIKIさんの三人は分離していたのではなく、むしろ何度もユナイトしかけていたのだと思います。

V2でYOSHIKIさんと小室哲哉さんは接続していた。
X JAPANでYOSHIKIさんとhideさんは接続していた。
『DAHLIA』でX JAPANはデジタル/インダストリアルな空気へ接近していた。
hideさんはzilchで海外インダストリアルへ接続していた。
BEASTやDope HEADz周辺には、Extasy Japan以降のラウドでデジタルな可能性があった。
globe extremeではYOSHIKIさんと小室哲哉さんが再接続し、そこにKEIKOさんがいた。

これを全部、我々は別々の出来事として見てきたのではないでしょうか。

ぼくはここにきて、これら総てが一本の未完のプロジェクトに見えてきたのです。

■ その世界線に4s4ki、sic(boy)、CVLTE、CHAQLA.が居たとしたら

ここでようやく、今の話に戻ります。

4s4ki、sic(boy)、CVLTE、そしてCHAQLA.。

ぼくは彼ら、彼女らを「令和世代の、突然変異の若手」として聴いていました。

しかし、「途絶えた流れ」の存在を考慮すると、2000年前後に一度折れてしまった日本型ミクスチャー・ロックの世界線が、20年以上経って別のかたちで再浮上しているように感じています。

4s4kiは、ハイパーポップやトラップの語彙を使いながら、どこかV系やゴスや日本的オカルトにも接続できる奇妙なポップネスを持っています。

sic(boy)は、エモ、ラウドロック、ヒップホップを自然に往復しています。

CVLTEは、海外の現行オルタナティブ/ラウド/ポップの質感を、日本語圏でかなり高い精度で鳴らしています。

CHAQLA.は、V系というシーンの中にいながら、ニューメタル、ハイパーポップ、アジア的オカルト、ヒップホップ的グルーヴをまとめて抱え込んでいる。





ぼくには、彼らが失われた世界線の上で、互いに接続されているように見えます。

もちろん本人たちがどこまで意識しているかは別です。
むしろ、意識していないほうが自然かもしれません。

なぜなら、彼らの世代にとっては、ロックもヒップホップもV系もトラップもハイパーポップもきっと関係なく、「好きな音楽をやってるだけ」だと思います。

しかし、構造として見ると、彼らはまさに、四半世紀ほど前の日本が取り逃がした、幻のミクスチャー・ロック大国の「2020年代後半」形なのではないかと思います。

もし日本の音楽史が、hideさん、小室哲哉さん、YOSHIKIさん、Dragon Ash、RIZE、MAD、BOOM BOOM SATELLITES、DIR EN GREY、Fear, and Loathing in Las Vegasらを大きな一本の文脈として受容し、語っていたなら、現代の彼らはもっと違う受け取られ方をしていたはずです。

彼らは「日本の変わった若手」ではなく、「日本が世界へ提示してきたミクスチャー・ロック史の最新世代」として聴かれていたはずなのです。

■ なぜ日本にBillie Eilishが現れなかったのか

お世辞でもなんでもなく、ぼくは日本のテン年代以降の若手たちが、ビリーアイリッシュくらい世界的に語られていても、本来はおかしくなかったのではないかと思っています。

もちろん、ビリーアイリッシュの才能やチームや時代性を軽く見ているわけではありません。
彼女は本当にすごい。

ただ、彼女が世界的に評価された背景には、本人の才能だけでなく、彼女を「時代の顔」として受け止める文脈がありました。
ベッドルームポップ、トラップ以降の低音、暗いポップス、ゴス的感性、ASMR的な近接音像、オルタナティブなファッション。
その全部が束ねられて、「これは今の時代の音だ」と認識されたわけです。

では、日本の若手はどうでしょうか。
音だけを聴けば、彼らにも十分に同時代性があります。

むしろかなり鋭いです。

しかし、彼らを「時代の顔」として受け止めるための歴史的な幹が、日本国内にも海外にも十分に共有されていない。
だから、個別の才能としては見えても、大きなムーブメントとして見えにくい。

もし、流れの断絶がなければどうだっただろう。

もし、hideさん、小室哲哉さん、YOSHIKIさんの接続が途切れず、そこにDragon Ash、RIZE、MAD、BOOM BOOM SATELLITES、DIR EN GREYが合流し、日本型ミクスチャー・ロックの大河が形成されていたら。
さらにその後、Fear, and Loathing in Las Vegas的な「同期モノ×メタルコア」の発明も、Bring Me The Horizon的な世界的進化と並走する日本の本流として語られていたら。
4s4kiやsic(boy)、CVLTE、CHAQLA.は、その最新世代として、もっと当然のように世界へ紹介されていたのではないか。

彼らがビリーより劣っているからでは決してなく、本来彼らの背後にあるべき日本の音楽史が、途中で分断されてしまったからではないか。

なんだかそう思えて仕方がないのです。

■ 失われたのは才能ではなく、世界線だった

日本のロックに才能がなかったわけではありません。

むしろ、天才は無数にいましたが、問題は、それらを一本の歴史として接続する構造がなかったことです。
ジャンルが、メディアが、リスナー共同体が、産業が、批評が分けた。

その結果、本来なら世界規模の爆発になり得た流れは、国内の細分化されたシーンへと散ってしまった。

ぼくは、そのことをどうしてもどうしても"死ぬほど悔しい"と感じてしまうのです。

これは、「昔は良かった」という話ではありません。
むしろ逆です。
日本の若手は本当に、心底すごい。
かっこいい。
名前を挙げたアーティスト以外にも、たくさんたくさんの天才たちが存在します。

だからこそ、悔しい。

彼らを聴いていると、失われた世界線の残響が聴こえてしまうのです。

もしあの断絶がなければ、もしhideさんが生きていて、zilchとSpread Beaverの流れが続いていたら、もしViolet UKが00年代初頭に本格始動していたら、もしglobe extremeがトランスではなく、最新鋭のミクスチャー・ロックとして作られていたら、もし小室哲哉さんのデジタルロック志向と、YOSHIKIさんの劇場性と、hideさん周辺のインダストリアルな感覚が一本の幹になっていたら、そこへDragon Ash、RIZE、MAD、BOOM BOOM SATELLITES、DIR EN GREYが合流していたら、その後にFear, and Loathing in Las VegasやBring Me The Horizon以降の感覚とも接続されていたら、日本は、世界のミクスチャー・ロック大国になっていたかもしれない。

そしてその世界線では、今の若手たちは、もっと当然のように世界の中心で鳴っていたはずです。

ぼくは、これを単なる過去の惜別として書いているわけではありません。

日本人が自分たちでうまく名付けられず、接続できず、価値化できなかったものを、後になって海外のリスナーが掘り返す。

Vaporwave以降のシティポップ再評価は、まさにその象徴だったと思います。

だとしたら、90年代末から00年代初頭の日本ロックにも、まだ掘り返されていない巨大な鉱脈が眠っているのではないか。

ぼくはそこに、今の若手たちの未来も重なって見えてしまうのです。
かつて名付けられず、分断された大河の源流。それを20年以上の時を経て、現行のアーティストたちが無意識に、しかし圧倒的なクオリティで繋ぎ直そうとしています。
「日本人も、日本のロックが持つ真のミクスチャー精神をもっと誇っていい」
失われた世界線の残響を聴きながら、ぼくは今、確信を持ってそう思っています。

ちなみに、その"ミクスチャー精神"が、神道的な思考フレームを持つ日本人に特有の、いわば民族的な才能なのでは?とも思うのですが、それもまた別の機会に。

以上でございます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
こんばんは、ルシファーです。

ついにリリースされましたね。のろゐみこさんの「異形」。

https://x.com/noroimico/status/1986992077490823424?s=20

 

 




何を隠そう、このわたくしネモトコウヘイが作詞と作曲を担当いたしました。

経緯などはツイキャスで語った通り。

※これの最初らへんと、これの前の録画の最後のほうからも一応その話してます。

ここでは、主に歌詞に込めた内容について切々と語っていければと思います。

■大前提
ちなみに、ぼくは筆者や作者が何を込めたかは、実は正解とは別のものだと思っています。
なので、今からここに書くことと別の解釈や感想があったとしても、それは不正解ではないです。
感想や批評は、それそのものが実は創作物であると思っていて、なぜならぼくが作る作品も、ぼくが享受した別の作品の感想や批評でしかないと思っているからです。
だから、「思ってたのと違う!」があったとしても、恥ずべきことは一切ないです。
逆に、作者が思いもしない解釈ができるのってすごいことだと思いますよ。

とはいえ、ガイドラインがあるほうが安心して作品について語れる、という方もいらっしゃると思います。
今回の作品だけではなくて、THE NOSTRADAMNZの楽曲や歌詞についても過去にさんざっぱら解説していますので、同感!であっても、異議あり!であっても、何か感じた方は是非ともSNSに書いていただいたり、DMに送っていただいたり、お手紙をくださったり、お友達やご家族に一方的に語ったり、そこから語り合いになってくれたりするとすんごい嬉しいです。
ほんとそれが何よりもすんごい嬉しい。


■異形とは何か?
タイトルになっている「異形」ですが、ぼくは下記のようなイメージを持ってます。

①カネゴン



ウルトラ怪獣の中でも屈指の知名度を誇るカネゴンですが、実は「ウルトラマン」に出てくるキャラクターではなく、前身番組である「ウルトラQ」が初出です。
成田亨さんによる、既視感と違和感が混在する秀逸なデザインがインパクト大ですが、実は彼、元々は人間だったんです。
加根田金男くんという、お金が大好きな少年が、お金の音がする不思議な繭を拾って、親に「そんなにお金のことばっかり考えてるとカネゴンになるぞ!」と言われ、本当にカネゴンになってしまうという話。
コメディータッチで描かれますが、よくよく考えると怖いですよね。
お金ことが好きで好きで、お金に取りつかれた結果、"ヒト"ではなく"異形"の存在となるわけです。

②仮面ライダーV3



ウルトラマンと双璧を成す、日本の特撮ヒーローの代名詞「仮面ライダー」の第二作です。
仮面ライダー1号と2号は、優秀であったがために悪の組織ショッカーによって改造人間にされ、無理やり"異形"の存在とさせられた、というのがストーリーを支える重要な骨子になっています。ヒトではなくなってしまった自分が、ヒトを守るために戦うが、異形であるがためにヒトの社会には受け容れられない孤独を背負ったヒーロー、というのが、神仏のような光の戦士であるウルトラマンとの最大の違いであり、特に古いシリーズを特徴づけている所以だとぼくは思います。
だから、仮面ライダー1号2号のマスクには涙のような意匠が入っており、これは他の石ノ森章太郎作品のヒーローにもしばしばみられる特徴です。
で、なぜぼくがここで一号や二号ではなく、2作目にして三人目のライダー「V3」をここで引き合いに出すのかというと、V3は2人の先輩とは違い、自ら改造人間になりたいと願った存在だからです。
ショッカーの後継団体「デストロン」に両親と妹を目の前で殺された男が、その復讐を果たすために自ら改造人間、つまり異形の存在になりたいと願った、というお話なのです。
異形の存在となる苦しみを知っている先輩二人は当初は断りましたが、すったんもんだあって彼を認め、後輩に改造手術を施すのです。
「果たせぬ想いを果たすために自ら能動的に異形の存在となった者」が、仮面ライダーV3なのです。

③戸川純さんの「蛹化の女」



もはや実質的に国歌と呼びたいパッヘルベルのカノンに乗せ、"あなた"を想い過ぎるあまり、虫になってゆく女を描いた、凄まじい楽曲です。
これは、それこそ感想や批評をしようにも、容易に言葉にできないところに凄みがある実例だと思います。
ただ、それほどまでに誰かを想うことってすっげえ…という想像をして、ただ圧倒されますね。
「想うあまり、いつのまにかヒトではない異形になった」という凄まじさ。なんかそういうものをぼくだって描きたいぞ!というのが、「異形」の作詞をするうえでのそもそもの着想だったのかもしれません。

④能面




般若のお面が有名ですが、あれって元々はヒトの女性なんですよね。
最近AIで造られたと思しきショート動画を見ましたが、能では女性の感情レベルに合わせてお面が使い分けられるそうですね。泥眼⇒橋姫⇒生成⇒般若⇒真蛇と進化していくんだそうです。進化っていうとポケモンみたいだけど。
要は感情のレベルが上がるにつれて、ヒトではなくなって"異形"の存在に、そして怨霊や妖怪の類に、しまいには触れられない神のようになっていくということだと思います。

■「怨念」が出たとき感じたこと
で、ぼくはのろゐみこがドロップした楽曲「怨念」を聴いたとき、「うわーこりゃあ勝てねえな」と素直に思ったものです。
普段の「ひょうきんで楽しい人たちだなあ」という印象が正直強かったけれど、楽曲の中身を見たときに、それこそ戸川純さんにあるような「凄み」のようなものを感じるんですよね。これって、男性からすると最大級に怖い。自分が持たない、しかしいつそれに触れることになるかわからないモノだから。
その凄みは、ジェンダーが男性でありながら出せる人ってあんまり、というかほぼ居ないと思う。ぼくが如何に残酷で凄惨なことを書いたとて、男性特有の「(射精の為に託けた)人語の通じなさや愚かしさ」はあれど、「(特定の対象に向けられた)感情そのものの凄み」みたいなものってそこまで感じないと思うんですよね。
そういった凄みが、普段「ひょうきんなお姉さん」として振る舞ってるあの2人の声と演奏で紡がれることが、他にないオリジナルだなあとぼくは思ってます。

■「怨念」から読み取ったストーリー
たぶん許嫁的な、将来を約束し合った大切な相手(きみ)を、理不尽な「掟」とそれに付随する「儀式」で失った人の話なんじゃなかろうかと思います。
おそらく、罪が罰を呼んだ話ではなく、罪なき人が、その人以外の最大幸福のための祭祀で、生贄として身体を切り刻まれたのだろうと思います。四肢を奪われ、腹を切り裂かれ、その血肉を神に捧げる狂乱の宴。
見てはならないその光景を、どうしても心配で、暗闇からこっそり覗いて目撃してしまった主人公は、悪い夢を見ているのだと自分に言い聞かせるけれど、それが現実であることを受け入れると同時に、ヒトを捨て、鬼になります。
「こんな理不尽がまかり通る世界なら、そんなものは総て燃やしてしまえ」という感じで、生まれ育った集落に火を放ち、人々も家々も、そこでの思い出も、全てが煌々と燃え上がるに至ります。
そんな業火を背景に、無惨に傷つけられて軽くなってしまった亡骸を抱え、主人公は力いっぱい走ります。
亡骸と2人だけの逃避行の中で、だんだんと自分がヒトとしての感情を失って、怒りと憎しみと呪いに満ちた存在感になっていくのを感じながら、どこまでも走っていきました。
でも、どこまで走っても、呪いの唄はずっと頭の中で鳴り響き、ついてきます。

アレだ、もののけ姫のタタリ神なんかがそんなイメージですよね。
そんなお話を「怨念」から読み取りました。

■そして「異形」の存在へ
ヒトであることを捨て、鬼と化して途方もなく走り続けた主人公は、だんだんと、カネゴンや仮面ライダーV3、蛹化の女、そして泥岩が真蛇に変わっていくように、抱えた亡骸と結合し、変形していき、その姿は、もはや元々ヒトであったかもわからないような、異形の存在になり果てました。
怒りと憎しみと復讐だけが形になったような、禍々しい異形の何かになって、もはや怒りや憎しみを向けるべき対象が何なのかすらわからなくなっていった。
そしていつしか、街をただただ彷徨う怪異となりました。夜な夜な闇を徘徊し、朝になれば人混みに紛れる、生きているか死んでいるかもわからない、曖昧な存在です。

「瀝青(れきせい)」とはアスファルトやコールタールのことで、「脈理(みゃくり)」とは筋状の模様や組織の並びのことです。だから「瀝青の脈理」とは、つまりコンクリートの建物の隙間にアスファルトの道路が張り巡らされたような市街地や都会のことですね。
とすると、主人公が生まれ育ち火を放った故郷からは、ずいぶん遠くまで来てしまったんですね。
きっともう、故郷の風景も思い出せなくなってるでしょうね。

ただ、「きみ」を救えなかった後悔や罪悪感と、故郷に火を放って滅ぼした業を背負いながら、この世界への怨念を抱き続けることが存在意義であり、目的となっています。

■異形に訪れる転機
霊感の強い子供なのか、心ある霊能力者なのか、もしくは神主や僧侶、はたまた神父や牧師かもしれないんだけど、その異形の怪異に気づく人(あなた)に、たまたま出会うんですよね。さらにその人は、怪異を怪異として扱わず、まるでかわいそうな犬や猫をみつけた子供みたいに、無邪気に交流をもちます。

いくら脅かしても、
「そっかあ、何だかわからないけど、とっても悲しくてつらいことがあったんだね。よしよし。また明日も会いにくるから、ここにいてね!」
とかなんとか言って、声をかけ、耳を傾け、頬や頭に触れ、毎日会いにきてくれる。

もし「君」との間に子供がいたら、このくらいの歳なのかなあ?みたいなことなのか、はたまた「君」を忘れるくらいの恋愛対象なのかはわからないけれど、「あなた」の存在が、哀れな怪物にやっと差し込んだ光になるわけです。
いつしか、「早く会いたいな」なんて思っちゃうんですよ。怪異のくせに。

■引き裂かれる存在意義
皮肉にも、「あなた」の存在によって、怪異の中に、「赦されたい」や「癒されたい」という想いが芽生えてしまう。

「あなた」との交流で、忘れまいと思っていた怨念の傷口が塞がれていってしまう。痛みが癒えてしまう。途方もない年月の中、耳にこびり付いたままだった「呪いの唄」が遠のいてしまう。
でもそれは、怪異が異形たる理由を失うことに繋がります。

「あなた」の純粋な優しさが光となって、それが強くなればなるほど、世にも醜い異形となった姿が鮮明に映し出されてしまうことに、恐怖すら感じます。

だから、
「その眼で、見ないで。」
です。

街路樹の椿の花が、あれから何度目かわからない春の訪れを告げます。

それでも、凄惨な死を迎えた「きみ」のこと、その真っ赤な血肉の匂いを、故郷を焼き払った業火を忘れて、自分だけが癒されたり、赦されたり、ヒトの心を取り戻したりすることは、決してできない。それは、「きみ」を愛し続けること、「きみ」を不幸にした世界を憎み呪い続ける誓いを立てて異形となった自分への裏切りであり、主人公にとっては「きみ」の痕跡を否定することにすらなります。
だから、主人公のタマシイや肉体を覆い、それを異形たらしめている「殻」を脱ぐわけにはいかない。

ここに根源的且つ避けようのない矛盾が生じて、主人公は存在ごと引き裂かれようとしています。
だから、異形の殻の下にいる、苦しみからの解放を望み、葛藤の中で無様に引き裂かれゆく、ヒトとしての自分を「きみ」にも「あなた」にも見られなくたい。

それで、
「私を、見ないで。」
です。

そんなイメージをもった歌です。
せつねえなあオイ!!!!

■V系と異形
ヴィジュアル系って、異形の文化なんですよね。
ゴスやLAメタルといった、英米圏のお化粧ロック文化とV系の根源的な差違は、それこそウルトラマンや仮面ライダーとアメコミヒーローの違いを考えると、垣間見える気がします。
例えばマリリンマンソンやスリップノットも異形っちゃ異形なんですけど、彼らは「生きて血が通ったヒトが、コスチュームとして何かを纏っている」というニュアンスは捨てないんですよね。
他方で日本のV系は「いるはずのない何かが憑依して、変異したと見做す」というニュアンスが強いと思います。能面や歌舞伎にもそのニュアンスがあると思います。
そこが、結構V系がその他の類似カルチャーとの境界線を感じさせるところである一方で、「お囃子で踊り祈ることで神性を帯びる巫女」みたいな部分でアイドル文化とは相似関係もしくは地続き上にあるんじゃないかなーと思います。

こと、ぼく自身はとにかく「普通の子供」でいることから脱却したいと深く強く願った結果、メイクをして衣装を着て髪をセットし、ルシファー様だぞ!と言いながらステージに立つことになったわけです。
うちのギターはロボットだし、ドラムはピエロです。
異形のパレードでございますね。

のろゐみこが、アイドルでもなくガールズバンドという括りでもなく、V系だと感じられる理由も、そのあたりの話の中にあるんじゃなかろうかと思います。

■二項対立に挟まれて
ぼくを内包するTHE NOSTRADAMNZの歌には「夢に胸をときめかせるロック少年だった自分」と「何も成さずに大人になってしまった自分」の対立や、「そんな自分への自責と自虐」と「うまくいかない世界への他責と他者への責任転嫁」の対立や、「紳士的かつ知的なジェントルマンでありたい自分」と「野卑で下品で性的で暴力的な願望」の対立など、複数の二項対立の狭間で揺れたり、激しく葛藤したりする様が描かれています。
描かれているというより、滲み出てしまう、のほうが正確かも。

そんなぼくから見て、のろゐみこにも、「ひょうきんでたのしいお姉さん」と「暗澹たる怨み辛みと心の闇」みたいな二項対立が存在すると思います。
たぶん両方とも彼らの本当の姿であり、時にそれは矛盾を抱えながら同居したり、はたまた激しく葛藤したりして、それが楽曲やステージにも滲出することで成立する世界観だと思います。

だからこそ、「怨念」と対立し、矛盾し、それでいて地続きになっている「異形」をのろゐみこが歌うことで、この歌にはタマシイが宿るし、だからぼくはここまで自分の楽曲に感動できたのだと思っております。
なかなか経験できない、大変ありがたいことです。

以上でございます。
ご静聴、ありがとうございました。

こんにちは、ルシファーです。


前回は、前置きとしてぼくとパンクの関係性、そして認識の変遷を語りましたね。ええ、語りましたとも。



自己決定理論すげえ…などと考えていたとき、なんとなくTHE BLUE HEARTSの「少年の詩」が思い浮かびました。


↑違法にアップされてるじゃないか!ダメだぞ?ここから聴いたらダメだぞ?!あ??!


それこそ中高生の頃にすごくよく聴いてたし、好きな歌だったのですが、歌詞はあまりピンと来ていませんでした。

主人公が良い子なのか悪い子なのか判然とせず、大人を批判的に見てる割に説教くさいこと言うよなーと思ってました。

ぼくはそれよりは「吐き気がするほどロマンチックだぜ!」だったり、「何が日本の象徴だ!何にもしねえでふざけんな!」みたいなフレーズのほうが刺さりました。

さらに、ブルーハーツというバンド自体が、パンクという文脈から見た時の立ち位置に一抹の微妙さがあったことも一因だったのでしょう。パンクスたるものブルーハーツを素直に「好き」と言ってはいけない、みたいな雰囲気があったような気もしたりしなかったりというか。


改めて歌詞を見ていきましょう。



これもう、完全に自己決定のことを歌ってると思います。

しかし、なぜそう思えるのか。


ここで、自己決定理論の構成要素をかいつまんで、ぼくなりの解釈で説明します。学術的には不正確かもしれないけど、だったら自分で本を読みたまえ。


◾️外発的動機づけ

「言われたからやる」「怒られたくないからやる」みたいに、行動の動機が自分の外にある場合、それは「外発的動機づけ」によって動いていることになります。

平たく言えば、「やらされてる」かたちになるので、"モチベ上がんないよね〜状態"になります。

面白いのは、「どう見られたいか」で身につけるものを選んだり、「お金がほしいから」で仕事をしたりするのも、外発的動機づけによるものです。

皆さんがあんなにも仕事に行きたくないのは、外発的動機づけで仕事をしてるからなのかもしれませんね。


なので、「もっと給料が良ければ頑張れる」とか「ご褒美の為にテスト勉強を頑張る」は、無理です。一時的に効果があったとしても継続しないでしょうね。

これ、きちんと意識して振り返ると誰もにある経験な気もします。


◾️内発的動機づけ

対して、こちらは「自ら進んでやる」ことです。

例えば、言葉をマスターする前くらいの小さな子供って、そのへんに放つだけでチョコマカと探検したり探索したりするじゃないですか。給料も出ないのに。ご褒美もないのに。

皆さんも、どうでもいい石とか木の枝とかで遊んでたじゃないですか。ぼくも葉っぱをちぎるだけの遊びとか、CDの裏面の反射やビー玉の透明さを眺めるだけの遊びをよくしたものです。

それでも無性にワクワクして、満たされた気分だったと思うんですよね。

あれが、内発的動機づけによって動いている状態です。覚えてますか。

けれども我々は、成長過程で様々な外的要因に出会い、「統制」を受け、だんだんやる気を失っていくわけです。

それは親や兄弟、友達や先生、校則や法律、そしてお金と資本主義、さまざまなものによって、意識無意識に制限を受け、いつしか自律性を失って「やらされてる」状態になっていきます。

(これらは他の言説でいうところの「大文字の他者」と相同なのでは?と思ってるもののそれはまた別の話)


小さな子供は学びを求めて探索行動をしますが、学校に行き始めると勉強したくなくなるあの経験が、そういうことだと思うと合点がいきます。

これも、割と誰もに経験があると思います。


◾️自律的であること

つまり、過去に子供だった我々は「内発的動機づけ」で動いていた経験があるわけで、自覚さえできれば「やらされてる毎日」から脱却することも可能なはずです。


ぼくは悩みにぶち当たったとき、自己決定理論などをかじりながら「一回全部が全部自分のせいだという前提で考える」ということをやってみました。

やってみましたら、ぼくは、自分の思う通りに生きようとすること、即ち自己実現のための行動や判断の大半を、誰かのせいにして生きてきてしまったことに気がつきました。

ぼくは、それを「優しさ」や「大人の態度」であり、「かっこいい振る舞い」だと信じて疑いませんでした。しかし本質的には、うまくいかなかった結果について、他人のせいだと考えることで、自己防衛してきたに過ぎなかったのです。なんてこった!

それは衝撃的な気づきでした。


しかし、逆に考えると、全部自分のせいだとしたら、全部自分でどうにでもできるじゃないか!ということにも同時に気付くわけです。

つまり「どうにもならないことなんてどうにでもなっていいこと」であるように、どうにでもできることについては、どうにかしたいし(will)、どうにかできるし(can)、どうにかしなければならない(must)。


そう、起業やキャリア形成でよく出てくるアレを思い起こすのです。



これを自分で設定することができれば、それは自律的であるといえるでしょう。


つまり、自律的である状態とは、外部からの干渉や指示に依存することなく、自分自身の意思で行動し、判断できる状態のことです。


◾️自由と責任

自律的であれば、だいたいの外的要因による統制からは解放され、心はほぼ自由の身となります。

但し、自由は責任とセットです。

何からも干渉されず、誰の指示でもなく、自分自身の意思で行動し、判断した結果は、誰のせいにもできない。

だから、結果がうまくいかなかったとき、誰を責めることもできないということです。


他方で、結果について誰かを責めたくなるときは、その行動は自律的なものだったわけではなく、外発的な動機によって「やらされて」いた、ということになります。

平たくいえば、あなたは何かしらの奴隷だった、ということですね。


ちなみに、奴隷として生きることって別に罪ではないと思います。「奴隷」というと嫌な響きだけれど、奴隷でいるほうが幸福度が高い人もいていい。それは善悪ではなく、個々人がどっちを望むのかだけです。

自律的に奴隷を選ぶならそれでいいと思いますが、だいたい奴隷って、自分が奴隷であることには無自覚だと思います。


ぼくは、「奴隷を選ばない代わりに、自分の選択の責任は自分でとる」人を、カッコいい!と感じます。

それこそが、「Do it yourself」の本当の意味なんだと思います。

既存の社会的圧力や権威やルールを疑い、時に必要なら「関係ねーぜ」と一蹴して、自分で自分のケツを持って生きること。それが即ち、ぼくの思う「パンク」なのだと思います。


◾️ということを踏まえると

ピンと来ていなかった「少年の詩」が、わかるようになりました。

せっかくなので細かめに見ていきます。


「パパ、ママお早ようございます 今日は何から始めよう

テーブルの上のミルクこぼしたらママの声が問こえてくるかな」


つまり、「親」の気を引くための行動をとろうとしています。いわば外発的動機づけですね。


「1.2.3.4 5つ数えてバスケットシューズがはけたよ

ドアをあけても何も見つからない

そこから遠くをながめてるだけじゃ」


生物としての成長と発達によって、主人公は足を得ました。

だけど、靴を履いてドアを開けたら、まずドアの外に出て、手元と足元を見て、自らの眼で何かを探し、掴んでみなければ、得られるものは何もないわけですね。それはそう。


でも、ぼくなんかは遠くを眺めてるだけで勝手に奇跡が訪れたり、もしくは良き人が勝手にぼくを見つけてどこかに連れてってくれるんじゃないかな、なーんて思ってました。

この歌を初めて聴いた年頃に、このことに気づいていたら、良くも悪くもまた違った人生を送っていたでしょうね。


「別にグレてる訳じゃないんだ ただこのままじゃいけないってことに気付いただけさ

そしてナイフを持って立ってた」


主人公は、外発的な動機で遠くを眺めているだけではダメだと気づいたようです。そんな若くして気づいたなんてうらやましい。

そして、内発的動機づけによって自律的に行動を始めたわけです。

しかし、社会との摩擦は必ず起こります。

時にそれは、社会からは「グレてる」ように見えるでしょう。


「僕やっぱりゆうきが足りない「ILOVE YOU」が言えない

言葉はいつでもクソッタレだけど僕だってちゃんと考えてるんだ」


はたまた、時には自分との摩擦も抱えることになります。「愛してる」を言葉にできないもどかしさに日々葛藤したりもするでしょう。

それでも、考えることをやめません。


「どうにもならない事なんてどうにでもなっていい事

先生たちは僕を不安にするけど

それほど大切な言葉はなかった」


ここはさっきも引用したのでお分かりの通りだと思います。

小中学校ってどう考えても奴隷訓練施設なのは通ってた国民の皆様なら感じていたと思います。

民主主義と資本主義の名の下に、我が国は奴隷制を採用しています。

教師は、立派な奴隷になるための教育を、子供たちにせっせと施し、奴隷以外の何かになる方法は、無自覚に教えようとしません。

それこそ、どうにもならないことだし、どうにでもなっていいことでしょう。


「誰の事も恨んじゃいないよ ただ大人たちにほめられるような

バカにはなりたくない

そしてナイフを持って立ってた」


奴隷にならない選択の結果を、誰のせいにもしてないんですね。

ただ、望んで奴隷になって他者に判断を委ねることでシステムに迎合するような無自覚な人間にはなりたくないと思っているようです。

つまり、自律的である状態だとわかります。

この下りが、まさしく自己決定について歌っていることを明確にしてくれています。


「少年の声は風に消されてもラララ

間違ちゃいない」


そんな自律的な自己決定や自己実現は、あくまで自分の中の話であって、社会的な評価には繋がらないかもしれません。

むしろ、誰からも見てもらえないかもしれない。

でも、それは誰かが決めた善悪や正否で価値を判断されるようなものではないでしょう。

だって、行動や判断を自分で決めて、自分でケツを持つと、誰のせいでもなく自分で望んで決めたのだから。


「そしてナイフを持って立ってた」


繰り返されるこのフレーズが何を暗示しているのか。これが一番難しいと思います。

ただ、パッと連想できるような、不良性や反社会性の象徴ではないだろうと思います。これは、おそらく引っかけです。ミスリードです。

じゃあ何なのかと考えてみると、たぶんナイフって人類が手にした最古の道具のひとつなんじゃないですかね。

ナイフは、無いよりは有るほうが圧倒的に便利だけど、使い方次第では誰かを傷つけるし、殺すこともできる。

ナイフをどう使うかが自由だとしても、その責任って、ナイフを扱う本人以外には取れないんですよね。

だから、ナイフとは自由と責任の象徴なのではないかなーと思います。

少なくともぼくは、そう考えるとこの歌の全部に合点がいきます。


「そして!

いろんな事が思い通りになったらいいのになあ」


まさしく、ナイフを手にしたことによる責任と、それによってもたらされる使い方の自由のことではないでしょうか。

ナイフの便利さの行使権と、それに伴う責任を負うことで、きっと主人公のwillとcanとmustの円はぐっと拡がって、重なりも大きくなるでしょう。

合点がいきましたね?いきましたよぼくは。


…という感じで、ぼくが歌詞にグッときてやまない他のパンクソングについても同じような目線で見てみると、色々と合点がいきました。悔しいほどに納得しました。


◾️亜無亜危異「パンクロックの奴隷」



これすごいですよね。

奴隷になりたくない人々が飛び込んだ先がパンクロックだったはずなのに、その「パンクロック」自体がルール化し、権威化し、時代性を纏い、「パンクとはこうあるべし」という外発的動機を煽る圧力に成り果てているという、痛烈すぎる皮肉。

ぼくが「由緒正しきパンクファッション」に身を包み、ピストルズやクラッシュ、ディスチャージやGBHを「勉強」して、「ファッションパンク」になったのは、まさしく無政府主義の雰囲気だけを纏ったパンクロックの奴隷であることとピッタリ一致します。

初めて聴いたとき、なんて耳の痛い話をするんだと思い、仰天しました。


奴隷をやめることって大変なんですよね。

それでも自律的でありたいか、自由と引き換えに結果の責任を持つ覚悟があるか、という問いになっているとぼくは受け取りました。


それは日本にパンクロックをもたらした張本人による問いかけだからこそ響くのだと思います。

そう問いかけることこそが、パンクロックをもたらしたことに対する彼らの責任の取り方だと思うから。


あとは「今じゃドブネズミも億万長者」が、ブルーハーツの「リンダリンダ」のヒットとクラシック化、そして元メンバーのその後を想起させるところも痛烈。


◾️GAUZE「歯を食いしばれ」


↑個人が勝手にこういうところに上げるのは本当に良くないのでちゃんと買え!!!!


解説など全く不要なほどに、直球どストレートです。


ぼくは、これまた17才のときに、本厚木のディスクユニオンで、これが収録された「prank ep」と呼ばれるアナログ盤を買ったのが最初でした。

凄まじい演奏と音の気迫にただ圧倒されるばかりで、歌詞にまで思索が及びませんでした。

むしろ、「我慢して頑張って働けってことかあ…」と単純に受け止めて、バイトしていたラーメン屋へ向かい、歯を食いしばりながら掃除をしたり、味玉の殻を剥いたり、割り箸を補充したり、食洗機と格闘したりしました。


今は、「すべての責任を放り出して奴隷でいたくなる」衝動に見舞われたとき、ガーゼを聴いて気合いを入れて、歯を食いしばって我慢します。

彼らの活動そのものが、DIYであり自由であり責任であり、パンクの模範だったからこそ説得力が桁違いでした。

いつも叱咤され、勇気づけられています。


◾️「RISE」



もうぼくはこの曲が好きすぎて何回紹介するんだってハナシなんですけど、好きなんだから仕方がない。

これは歌詞が英語なので、AIの助けを借りて訳したり略したりしました。


「熱い電線」のところ、原文は「hot wire」になってるので、AIの訳より、ぼく的には「電熱線」のほうがしっくりくる気がします。


つまりそれほどまでに強烈な統制によって、模範的な市民でいることを強いられた、的な?

さらに、歌っている彼(元セックス・ピストルズのボーカル)自身がパンクの権化であったことも皮肉的に重ねてるのかなーみたいなニュアンスを感じます。

英語あまりわからないので全然違ったらすみません。


徹頭徹尾、彼は「自分であれ」と言ってます。

それは「自分らしく」とか「自分探し」とも違うんじゃないかとぼくは思います。

「何にも統制されない自分であれ。自分で考え、判断し、行動しろ。お前がそうしなくても俺はそうしてきた。見てただろ? そんなお前にも、道が拓けるといいな。俺はそれを心から祈ってるよ。怒りすら、そのためのエネルギーになるのさ。」

みたいに言われてる気がします。


めちゃくちゃかっこいいよね。

セックス・ピストルズだぜ?誰もが認めるパンクの代名詞。

だけど彼はセックス・ピストルズを辞めて、パブリックイメージリミテッドを立ち上げて、文字通り誰も聴いたことがないような音楽を、自分が本当にやりたい音楽を追求してきた。お金にならなくても。

96年に再結成したとき、ハイロウズが前座だったこともこの記事的にはアツいですね。

そのときにも「再結成の理由?カネのためだ」と言い放った。皮肉たっぷりに。これは彼が言うから皮肉として成立するわけです。誰よりも自律的に自己実現をしてきた人だから。


彼が演奏する音楽が、譜面上は「パンクロック」でなかったとしても、シドヴィシャスのような破壊的な人生を送らずに奥さんの看病をきちんとやってたとしても、否、だからこそ彼の知性と人となりがぼくは好きですね。長生きしてほしいです。


以上です。

前後編に亘ってお付き合いいただき、ありがとうございました。


ちなみぼくは、ぼく自身を全く自律的とは言えないし、そうあるべきとも思わないし、それがエラいとも思いません。

ただ、「かっこいいな、たまには、大事な局面で、そうなれたらいいな」みたいなテンションです。


ぼくにもあなたにも、どうかよりよい道がひらけますように。