先週末、新しい出会いに恵まれた。
優大と同じ障がいをもつお子さんのご家族が遊びにきてくれたのだ。
ランチの時間が夕方まで続き、あっという間のとても楽しく、暖かく心を通わす時間をいただいた。
ひとつ、いろいろとお話した中で驚いたこと。。
ネットが発達した今でも水無脳症という障がいはまだまだとても認知度が低いとのこと。
生まれつき大脳が全て欠損しているという状態だけに、医師の間でも触れることさえ珍しいということが理由だろうか。
ちょうど1年前に出産されたのだけれど、15年前の私と同じように、赤ちゃんの命よりお母さんの身体を優先して自然分娩をと勧められたというお話も伺った。
私の目の前にいて一生懸命に生きている、そのとてもかわいい女の子の命と、私の命の何が違うのだろうか・・?
ひとつひとつ違うたったひとつだけの命が存在することでこの地球はできている。
それぞれの命を認めあう場をつくるには、場をつくる人の中に認め合う心があることが何よりも大切。
表面的なシステム、社会的な序列で生きる時代はもう終わりにしてもいいのだと私は思っている。
社会の中心には「人の心」をおいて、一人一人がそのままでかけがえのない存在として生きる、そんな世界になるように。
私にできることをしていこう。そんなことを心も新たに思っている。
週末に巡ってくる4回目の命日に向かう日々の中、不思議と心がとても落ち着いて、愛が満ちてくる感覚に包まれている。
終わりと始まりの境目はなんだろう・・?
終わるから始まり、始まるから終わるものがある。
自分の殻を一枚、また一枚ぬぎすてて、新しい自分が始まっていく。
「終わりの日」に「命の日」という名前をつけたことにはきっと意味があるのだろう。
私にとっては命日は毎年新たな「命の始まりの日」だと感じるのだ。
優大が遺った私たち家族の背中を優しくなでて、そこからさらに前に進むように押し出してくれているような、そんな日。
とどまることない川の流れのように、一日を、一期を、一瞬を、手放してはまた新しく生きること、それがきっと今を生きるということ。
感謝だけが心の川の底に敷き詰められていくような、そんな4年の月日を想う・・。
優大と同じ障がいをもつお子さんのご家族が遊びにきてくれたのだ。
ランチの時間が夕方まで続き、あっという間のとても楽しく、暖かく心を通わす時間をいただいた。
ひとつ、いろいろとお話した中で驚いたこと。。
ネットが発達した今でも水無脳症という障がいはまだまだとても認知度が低いとのこと。
生まれつき大脳が全て欠損しているという状態だけに、医師の間でも触れることさえ珍しいということが理由だろうか。
ちょうど1年前に出産されたのだけれど、15年前の私と同じように、赤ちゃんの命よりお母さんの身体を優先して自然分娩をと勧められたというお話も伺った。
私の目の前にいて一生懸命に生きている、そのとてもかわいい女の子の命と、私の命の何が違うのだろうか・・?
ひとつひとつ違うたったひとつだけの命が存在することでこの地球はできている。
それぞれの命を認めあう場をつくるには、場をつくる人の中に認め合う心があることが何よりも大切。
表面的なシステム、社会的な序列で生きる時代はもう終わりにしてもいいのだと私は思っている。
社会の中心には「人の心」をおいて、一人一人がそのままでかけがえのない存在として生きる、そんな世界になるように。
私にできることをしていこう。そんなことを心も新たに思っている。
週末に巡ってくる4回目の命日に向かう日々の中、不思議と心がとても落ち着いて、愛が満ちてくる感覚に包まれている。
終わりと始まりの境目はなんだろう・・?
終わるから始まり、始まるから終わるものがある。
自分の殻を一枚、また一枚ぬぎすてて、新しい自分が始まっていく。
「終わりの日」に「命の日」という名前をつけたことにはきっと意味があるのだろう。
私にとっては命日は毎年新たな「命の始まりの日」だと感じるのだ。
優大が遺った私たち家族の背中を優しくなでて、そこからさらに前に進むように押し出してくれているような、そんな日。
とどまることない川の流れのように、一日を、一期を、一瞬を、手放してはまた新しく生きること、それがきっと今を生きるということ。
感謝だけが心の川の底に敷き詰められていくような、そんな4年の月日を想う・・。