こんにちは。

 

日曜日の鎌倉は雨です。

ひと雨ごとに秋に近付いて

いきますね。

 

 

先週のお便りに、

自分を自分で満たすことが

できないと、

私たちは無意識のうちに

人を利用して

自分を満たそうとする

ということについて

書きました。

 

これについては何回かに

渡って書いていきたいと

思っています。

 

なぜならこのことを

しっかりと心で理解する

ことができると、

生きることが

随分楽になるからです。

 

まずはとても大事なことを。

 

人を利用しないために、

今よりいい人になるために

このことを理解するのでは

ないことを、

まずは知ってもらいたいと

思います。

 

このお手紙を読んで

くださっているあなたは、

 

きっと、

よりよく生きることや、

自分だけでなくみんなで

幸せに生きることに、

感心があると思います。

 

そんな心優しくて、

頑張り屋さんのあなたにこそ

大切なのが、

自分の心を真ん中に置いて

生きることです。

 

自分の心の言葉に耳を傾け

その言葉に素直になることです。

 

一番大切にしてほしいのは

あなた自身です。

 

私たちは鏡の世界に生きている

ということは、

何度もお伝えしてきました。

 

自分に対する感謝がない時、

心から人に感謝することは

できません。

 

自分を信じていない時、

人や未来を信じることが

できません。

 

自分が頑張っている時

頑張っていない人を見ると

とても違和感を感じます。

 

自分の心に素直に生きて

いない時、

自由に生きている人を

見ると間違いを探したく

なります。

 

すると、

そこには人や環境に対して

コントロールしようという

気持ちが生まれて来るのです。

 

我慢しているところを見せて

人にも我慢させようとする。

 

優しくしてもらいたいから

優しくいようと思う。

 

いつも頑張り続けて、

認めてもらおうとする。

 

この仕組みは自分ではとても

気付きにくいことなんです。

 

そして一旦知った後も、

何度も自分がそうやって

コントロールしようとして

いることに気付き続ける

ことになるかもしれません。

 

私もついつい、

夫に対してはやってしまいます、苦笑。

 

 

でも、この仕組みに気付かずに

一生懸命に生き続けても、

心の底から満足することは

ありません。

 

何故なら、その幸せには、

かならず人や環境という条件

がついているから。

 

自分にとってだけ

最適の人と環境に囲まれる

なんてことは起こるはずも

ないですよね。

 

だからまずは、

何もかもを置いておいて、

あなたがあなたを満たすこと。

 

これが心からの幸せへの

第一歩になります。

 

いつもでなくてもいいんです。

 

今日のほんの30分間でもいい、

自分の心の喜ぶことをする。

 

自分を労る言葉をかけるだけ

でもいい。

 

誰かからもらいたいものを

自分で自分にあげて下さい。

 

 

あなたが自分に向けた愛の

分だけ、

自然に人にも愛が向いて

いきます。

 

そしたら、段々、

求めなくても周りからも

愛が還ってきたりする。

 

そんな幸せの循環を、

あなたがあなたを大切にする

ことで、

あなたから、生み出すことが

できるのです。

 

あなたはこの世界にとって

本当にかけがえのない

存在です。

 

いつも忘れないでくださいね。

 

ではまた、来週お便りします。

 

 

今日も最後まで読んで下さり

ありがとうございます。

心から愛と感謝を込めて♡

中島幸恵


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こんにちは。

 

残暑が続いていますね。

いかがお過ごしですか?

 

私はすっかりのびのび

子ども達と夏休みを

楽しんでいます、笑。

 

 

さて、これまで、

人生で一番大切にするのは、

あなた自身の感じる心、

とお伝えしてきました。

 

そしてそのあなたの感じた

ことに素直に、

そこから自分の本当の思いに

気付きながら生きること。

 

でも実際には、

自分の心を真ん中に置いて

生きることに、

抵抗がある場合もあります。

 

私もずっと、

自分自身を一番に優先させる

ことに罪悪感がありました。

 

心の中心から物事を見て

その通りに行動すること

は自分勝手なことだと

思っていたからです。

 

みんなが心地よくいられる

ように、

誰も傷つかないように、

人に迷惑をかけないように、

自分の役割を果たせるように、

 

と、いくつも、いくつも、

自分の行動を制約するための

条件を自分に設けていました。

 

当然いつもどこか息苦しくて、

自分の自由に行動している人

を見ると腹立たしくさえ

感じました。

 

でもある時、

これって人のことを考えて

いるようで、

実はこの制約は全て、

自分を守り、自分を肯定して

あげるための道具でしかないと

気付きました。

 

本当は一番大切にしたいのは

自分なのに、

それを堂々と自分でする勇気が

ないから、

 

人に認めてもらうこと、

人に優しくしてもらうこと、

人にいい人と思われること、

 

そんなことで自分を守ろうと

していました。

 

だから当然、

人のことを考えて行動して

いるようで、

無意識に見返りを求めて

いたと思います。

 

それはお礼が欲しいわけ

でもなく、

優しさからすることだと

しても、

 

人をコントロールし、

利用しているとも言える

ようなことが、気付かない

うちに起こっていると

いうことなのです。

 

実は、大抵の人が、

この仕組みで行動し、

無意識に人を利用して、

自分を満たそうとしています。

 

あなたにも思い当たるところ

がありますか?笑。

 

 

私たちが本当に自分自身の

心を真ん中に置いて生き

始めると、

 

自分にとって相手がどうか、

ではなく、

ありのままの相手を大切に

することができるように

なります。

 

つまり、

あなたがありのままの

あなたを受け入れて、

誰から何かをもらわなくても、

あなたが本当は最初から

かけがえのない存在だと

気付く時、

 

人へのコントロール、

人を利用して自分を満たす

必要がなくなります。

 

自分勝手とは全く逆、

実は最も自分と全ての人に

対して誠実に、愛で生きる

ことになるのです。

 

だから、

 

あなたがあなたを認めること、

あなたの心に素直に生きること、

 

それがどれくらい大切か

お伝えしていきたいと

強く感じています。

 

あなたはほんとうに、

かけがえのない存在。

 

誰に認められなくても、

あなたがそれを知ることより

大切なことはないのです。

 

 

 

今日も最後まで読んで下さり
ありがとうございます。

 

心から愛と感謝を込めて♡


中島幸恵

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息子が学校以外にやっていること。

少年野球とドラム。

野球もドラムも楽しそうだから
始めて、

ずっと楽しいなぁ!という
気持ちのままに続けています。

私からは、
練習しなさい!とか
やるんだったらこうじゃないと
ダメだ!
と言うことはほとんどありません。

だって、「楽しいことを」、
「やらないといけないこと」、
に変えてしまうのはとっても
簡単だけど、

「やっていることを」、
「楽しいこと」に
変えるのはなかなか難しい。

子どもながらの自由な感性を
親が与えてあげることなんて
できないから。

せめて、その感性を壊さないように
寄り添ってあげられたら、と思う。

何をやるにも、

一生懸命やるからこそ、
上手くなってこそ、
勝ってこそ、

将来成功するように、
困らないように、
人に迷惑をかけないように、

という条件がついた途端に
もうそこには純粋な楽しさや喜びは
なくなってしまう。

誰かや何かに認められるように、
という無意識の刷り込みが染み込んで
しまったり、

たとえ一時、喜びを感じたとしても、
結局は認められることを求め続ける
ことになったり。

人はなんのために生きているの?

人に、自分に、勝つため?
人より優れるため?

自分が生きている喜びを感じる
ためだと私は思う。

そんなに遠回りをして、
ほんの一瞬の喜びを感じる
ために生きる必要なんてなかった!

と、母としての時間を通して
思うようになりました。

修行的に生きていたからこそ、
気付いたことですが、苦笑。


息子は運動神経もよくないし
自主練習も気が向いたらするだけ。
それでも野球が好きらしい。

そして、
楽しいから上手くなるんだよ!
と自信を持って言います。
上手いかは別にして、笑。

ずっとずっと学校が大嫌いで
自分の好きなことが何かも
わからなかった自分の子ども時代
を振り返ると、
息子がとっても輝いて見える。

こどもは先生、
教えてもらうことばかり。

しかも無償の愛を運んできて
くれる先生なんだから、
それは宝に違いない。

もう一人くらい、先生が欲しい
なぁと思う今日この頃。。笑。






今日は何となく2つ目の記事。

自由について書いたさっきの記事。

まとまらずに何度も書き直して、

気付けば長くなっていました。

私は文章を書く時に直感で書いて
いくので、まとまらないことは
あまりありません。

まとまらない時は、やっぱり
どこかでまだ消化途中の部分が
ある。

頭であーでもないこーでもないと
考えているから。

私にとって自由は永遠の憧れ。

早々手に入るものではないと
思い込んでいた。

だから今でも少し不安になるのです。

ほんとに自由でいていいの??

そう思うと、胸の中に少しだけ
重い固い固まりがあるのを感じます。

解き放ちたいけれど、解き放って
いいのかという不安です。

幸せもそう。

幸せであると認めてしまっていいの??

「いいの??」を誰に尋ねているのか
は自分でもわからない。

親になのか、自分になのか、社会に
なのか、自分の魂になのか?

自分に、いいよ、を言っていくこと、
私以外の人にも、いいよ、を
言っていくこと。

そんなことが今の私の仕事なの
かもしれません。

自由でいていい。

幸せでいていい。

みんな一緒に。




人生に自由を追い求めてきて、
叶うはずもないと思っていた
私がいました。

子ども時代から自分は何か自分
以外のものにいつも縛られて
いると思ってきたからです。


そもそも自由って何でしょうか?


自由は幸せと同じく、
状態や叶えるものではありません。

自由はその漢字の通り、
自分に由来する、ということだと
感じています。

どんなことをするのでも、

いつも全部自分で決めているって
ことに気付きながら生きること。

ちょっと拍子抜けするような
最初は怒りさえ湧いて来るような
ことだけれど。

誰かに何かをされることなんて
本当はないから。

ただ誰かの言ったことを、
どう自分が解釈し、
または解釈さえしないことを
選ぶかだけ。

手足を押さえられても
心を抑えることは誰にもできません。
心を押さえつけるのは、
誰でもない自分自身だけだった
んだと知りました。

大切なのは、
次に自分が何を選ぶか、
どう自分の現実を捉えて描いて
いくかだけだと感じています。

誰とも関係なく、自分を認めて
自分に優しくすることを選べる、

心が弾むワクワクすることを
選べる、
本当に心からしたいことを

いつでも選べる。

そして実際に叶えていくことも
選べる。


いつからか、自由に夢を思い描く
ことさえ無駄なような気持ちに
なってしまうこともあります。

でも、本当はぜんぶ自分で選んで
きた現実を目の前に見ているだけ。

だから、死ぬ時に
あの時こうしておけばよかった・・
って人生を選ぶことも、
選ばないこともできる!

私たちは本当はいつでも自由
なんですよね。


そんなことに気付いてから、
自分を苦しめているものとして
ずっと抱えていたわだかまりも
心に残っていた怒りや寂しさも

全部その時の私には真実だった
けれど、今の私には必要のない
ものだと感じました。

そして、するすると記憶から
消えていきました。

それから、今まで信じてきて、
ずっと私がそうであることを
証明したかった、
様々な正しさや善さも、

本当のわたしとは関係ないと
気付きました。

そんな、善くも悪くも、
自分を何かの中に限定する
ストーリーから出た時、
私は心底自由で幸せでした。


大切な今をわたしらしく
自分の心で言葉で生きていれば、
他には何もいりません。

そんなすべての瞬間のきらめきを
つないである今。

愛しかないよ~と今日も思うの
でした、笑。