生きるのが楽になってくる
のと同時に、

これまでの自分の苦しさを
あらためて思うことも
あります。

あんなに不調だらけの身体で
見せられない闇を抱えた心で
よく今まで歩んできたね。。

と自分に話しかけたりして
います、笑。

でもいまだに、
楽になろうとする私を
追いかけるように
苦しかったわたしが
しがみついているように
感じることもあります。


「ありがとう。」

この言葉を一番心を込めて
何度も向ける必要があるのは
誰でもないわたし自身なのだと
思います。


ここ数年の大切な学びは、

変化し続けていく自分を
受け入れることだったのかも
しれません。

そして同時にどんなに変化
しようとも、
愛という名の下に
永遠に変わらない存在である
ことを知ったこと。


新しい冒険を始めるときには
自分をさらけだすことが
起こってきます。

だから挑戦の中で人は
輝くのかもしれません。

そして、
特別に何かをしなくても
今というまぎれもない最新
の瞬間を生きていることが
すでに冒険であり、
変化はとめどなく起こっている
のだなぁと思ったりします。

しがみついているのは
幻のような意識に過ぎない。

人はみんな冒険者。

「生きて!」の詩が何度も
浮かんでくる今日この頃です。





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優大とわたしたちの
10年間の物語

2月になりました。

明日は節分ですね。

無事に次男も10歳になり
何だかホッとしています。

優大を育てていたときには
誕生日は本当にお祝いでした。

嬉しくてありがたくて
ケーキを買いながら
料理をしながら
ずっと涙が出てくるような。

優大のいない今でもやはり
私にとって子ども達の誕生日
は感謝と喜びに溢れる瞬間です。

ケーキ屋さんに行って
今日のお誕生日の子の名前
が書いてあるのを見るだけで
泣けてくる、笑。

みんな生まれてきてくれて
ありがとう!と。

母にしてもらい
いのちを抱かせてもらい
その輝きに触れさせてもらい
本当にありがとう。

そんなことを思うばかりの
誕生日となりました。


次男はかわいい末っ子ちゃん
から急に一人っ子になり
7歳にして今度はお兄ちゃん
になりました。

次男だけをよくかわいがって
過ごした時間はあまり多く
なかったと思います。

いつ命の灯が消えてもおかしく
ない優大に手がかかり、
気持ちもずっとそっちに
向いていて、

元気な次男は私がいなくても
パパやバーバがいてくれて
なんとかやっていける
と思っていました。

優大が亡くなった時にも
死にたいと思った私は
次男に対してひどい母親
だったかもしれません。

娘が生まれ手放しでかわいく
癒しそのものの存在。

次男は、自分でできる歳に
なり、できるはずのことを
やらなかったり、
言うことを全然聞いてない、
という男の子ならではの
母の悩みもあり、
いつの間にか笑顔で接する
時間が減っていきました。

思ってることが丸見えで
ものすごく甘えん坊の次男。

いつも親の顔を見ている。

ママが笑っているかを
見ています。

抱きついてきて自分が
受け入れられ愛されている
かを確かめるのが習慣。

でも。。
私はずっとそれをやられる
のが嫌でした。

自分の未熟さを責められて
いるような気持ちになる
から。

嫌な気持ちになっていても
優しく笑えない自分が
ダメに思えるから
寄ってくる次男が鬱陶しく
思えてしまう。

自分に心配をかけ負担を
かけてくる次男。
もう私は十分に苦しんだのに。。

心のどこかでそう思って
いたのかもしれません。

自分はどんな風でも
これでいいんだと思える
ようになって、

何もかも、どう感じるかさえ
私が全部選んできたことを
心底感じるようになって。。

やっと私は次男に対しての
責任を降ろしたように
思います。

ちゃんと育てなければいけない
元気に育てなければいけない
幸せに生きてくれるように
育てなければいけない

そんな親としての責任。

怖れから来ていた責任。


そしたら、次男がどんどん
輝きをましてくるんです。

いきいきとして輝いている
もともとの次男の通りに
楽しそうに生きている。

それは次男が変わったので
はなくて
私の中のフォーカスする
部分がかわったのです。


どんな人生を生きようとも
彼が選んで彼が生きるいのち。

それを信頼すること。

信頼できる自分への信頼
でもあります。

私にできることといったら
それだけなんだと今は
思っています。

暖かいものが胸いっぱいに
溢れている今に感謝です。



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「ほんとうのあなたに還る旅」

優大とわたしたちの
10年間の物語

先日息子と話していて

「日本では当たり前の
ことが外国では当たり前
でないこともあるんだよ。」

という話しに。

そしてそもそも、
誰かの当たり前は
私の当たり前ではないんだよ。

なんて話しながら思いました。

私も子ども時代に
それを知っていたら
私の人生の謎の多くが
早くに解けていたと思う。

明日10歳になる息子と
今そんなことを話せるのが
とても幸せに感じました。

どっちが正しいとか
どっちが優れているとか

そんな物差しはいらない。

心の真ん中のものさし
で世界を見て欲しい。

まずは自分の心を大切に
して生きて欲しい。

自分を好きで自分を信頼
して生きて欲しい。

そこから沢山の好きなこと
好きなひと、大切なことが
見つかるよ。

そうしていれば、
友達や仲間とも
これから会うたくさんの人とも
ひとりひとりが大切な存在として
尊重し合うことができるんだよ。

ママの一番の願いはそれだよ、
と明日伝えられたらいいな、
と思います。




うちの沈丁花が開花。

もうすぐ節分。春も近し。


何にも心配いらないよ~

とどこからかずっと
聞こえている。




自然と起こる様々な物事。

そのどれにフォーカスするか、

そのどれを自分のものとして
引き寄せるか、

人生はそうやってできて
いるんだなぁと思う。

最初から自分に属している
ものなんてなく

そしてたとえ自分のもの
と認識しても

本当には、
永遠に自分だけに属する
ものはない。


でも、

私の人生、
そう思えること
の喜びを知っているから

今日もそれは私の
あれはわたしのじゃない
と区別する。

そう思うと時々苦しいことも
知っているから

あれもそれもわたしのじゃない
んだし、ほんとうは

と確認してみる。



あのピース

そのピース

どれを自分のものにする?


死にたいの裏の生きたい。

コインに必ず裏があるように

一面だけのものなんてない。

生きたいと思っているから

死にたくなるときもある。

全部消してしまいたくなるときに

消えてしまいたくなるときに

生まれたら必ず死ぬことを想う。

メメントモリ。

せっかく生まれてきたのなら

死ぬまで生きるいのちなら

どんなふうだっていいじゃない。

自分のいのちをただ生きれば
いい。

せっかくだから楽しく生きても
いい。

幸せに生きたっていいんだよ。。

みんなが不幸になればいいのに

の裏にある

幸せに生きてもいいですか?

の涙声。

いいんだよ。って

私はずっと言いたいと思う。





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