必然と

必然と

必然の

道のうえで

愛を見つける

わたしを見つける

わたしが愛だと

知るのです

あなたが愛だと

気付くのです

すべてが

ここにあると

気付くのです

今日のその

ひとつの必然にも

愛があると

知るのです


昨年の12月の初め頃に
こんな記事を書きました。
もう我慢するのやめた

そこから、毎日毎日
これまで我慢していた
沢山のことたちと
向き合うことになりました。

ひとつ癒したら
その奥にもっと強い想い
が潜んでいたり

我慢と思わずやっていた
ことも我慢だったと
気付いたり

これまでの人生の中で
たぶん一番「変化」の波の
中にいたような気がします。


「人からどう思われたいか?」
の基準から

「わたしはどうありたいか?」
の基準へ


たとえ我慢していようとも、
慣れたシステムで
動いている方が楽。

摩擦なんてないほうが楽。

いい人でいた方が楽。

どう思われてもいいと
思うのは勇気がいる。


私にはほんとうに大きな
大きな変化でした。

だから度々、疲れた心と
身体がストライキを起こして
突然ダウンしたり
不調がずっと続いたり
しました。

先日から、ただの口内炎
から口の中が全部痛く
なってしまい、
食べ物を口に入れられない
ような状態に。。

熱いものとかじゃなくて
味のあるものもしみるし
何故か顎まで痛くて
噛むこともできない。

身体は動くけれど、
食事の支度をするのが辛い。

もうずっと寝てたい。

去年の冬からこんな感じの
状態が何度もあったけれど
今回はほんと、心が折れそう
でした。。苦笑

自分の繊細さを恨みました。

幼い頃から長年自律神経を
患ってきて、
そのままの自分でいいと
思えてから、ここ数年で
ほとんどよくなったので

最後の最後のデトックス
のような感じかもしれない。



押し殺して隠していた
本当の自分の中には
いろんなものがありました。

弱さ、渇望、妬み、
残酷さ、ずるさ、
沢山の悲しみも

そして、一番奥の方に。。


「失うくらいなら最初から
もたないほうがいい。

愛されないなら
最初から一人で生きて
いくほうがまし。

強くなろう
強くなろう
強くなろう

一人でも大丈夫なように」


そんな気持ちが、
ありました。

でもきっとそう無意識で
思い込むほどに、

こころは裏腹に

失いたくない
愛されたい
捨てないで
置いていかないで
私悲しいの
私怖いの

本当のわたしを見て!

そう叫んだいたように
思います。


この冬、自分の弱い所
痛い所にたくさん触れて
もう逃げ出したくなり
ながら

私は自分の隅々までを
癒していたんだと思います。


頑張らなくていい


そう思えた時に
今までずっと本当には
誰にも見せたくなかった
弱さを、みせても大丈夫
とふと思えていました。

そしたら、夫が早く帰宅
してご飯を作ってくれて
弱るっていいことあるわ~
なんて思いました、笑。



人生は本当にいろんな
ことがあります。

そしてどんな物語も
夢のように泡のように
いつかは消えてしまう。

だからこそ、

喜びと悲しみと色とりどりの
感情があるってことの幸せを
味わっている。

弱ささえ豊かさ。

なんて愛おしい夢

なんて美しい泡

今そんな風に感じています。


いま、思い描いている夢。

シャンティハウスを今より
もっと自然の中に拠点をもつ。

森や海や空の真中辺りに。

地平線を見ながらそれぞれの
自然でいられる空間。

始めた時と同じで、
来たくなったらふらっと
寄れるような場所にする。

ワークショップやセラピーや
研修なんかにも使えて、
そのまま宿泊してもらえる
棟を作る。

温泉付き。

いつか次男がシェフになったら
小さいお店も併設。

お店では時々ジャズライブ
なんかもやる。
息子がドラムを、笑。


私はそこを拠点に世界中を
旅したりもしながら、
いろんなひとに出会う。

いのちとこころで出会う。


もう何ヶ月もずっとそんな
ことを思ってはワクワク
しています。

そのときには同じような
ことをしたいな~っていう
仲間が集まっている。

それも夢。

あ~楽しみ♪




旧暦の新年、そして新月ですね。

万物は月の満ち欠けによって
移ろうものだと知識では
知っていました。

身体と心と向き合うように
なって、それを肌で実感
するようになりました。

ずっと続いている大きな
変化の中での一区切りを
ようやく感じています。

ふと自分はなぜこのいのち
を選んで生まれてきたのか?

ということに思いが流れて
いきました。

そしてその答えを思いだす
ことがずっと怖くて
本当には思いだせずにいた
のだなぁと。

でも隠すにも隠せない
ようにいつも心の中に
あったことでした。

「自由である」ということ。

それを強く求めている間、
「自由とは自分で選択する」
ということだと思っていました。

けれどここ数年、
もともと自由であったのだ
ということが腑に落ちる
につけ、

なにかを求めない
でも満ち足りてある

ということが自由なの
だと知りました。

求めないのはその必要が
ないから。

妨げさえしなければ
わたしたちは完全に豊か
なのだから。

何にもとらわれないで生きる
というカタチさえも
なくてもいい。

心臓の鼓動一つ
髪の毛一本たりとも
生み出すものはないわたし。

唯一できるのは

ここにあるすべてを受け取り
どのようにでも感じること。

ただただその豊かさを
受け取っているわたしは
最初から自由だった。

そんな感覚が染み渡って
いきます。

するとふと優大のことが
とても確かな感覚とともに
蘇ってきました。

もう何にも囚われずに
新しく生きたいと願い
進んできた日々。

悲しみはすべて感謝にかわり
ました。

それでも覚えていたのです。

頭を鼻を目を触ったその
愛おしい感覚。

抱っこした時の重み。

経管栄養の管をテープで
止めるときの手触り。

本当は、全部ありありと
覚えていました。

そんな記憶がふわっと
蘇ってきて涙が溢れて
きました。

思いだすことは後戻りする
ことではなかった。

なにもかもそのままに
あるように
あるがままに
生きていけばいい。

そんな声が聞こえてくる
のでした。

新月の夜に
すべてに感謝をこめて。






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優大とわたしたちの
10年間の物語

移ろいゆく季節と共に
こころも身体も変化が
続きます。

そろそろひきこもりも
終わりかな~なんて
思っていたら、

先週またもや
起き抜けにギックリ首
続いてギックリ腰。。

腰を痛めたのは何年ぶり
でしょうか。

でも長引かずに日曜の
夜にはなんとか首も
腰も曲がるように。

動き出そうという少し
の焦りに身体は敏感。

もう少し養っていてね。

というメッセージかと。

流れのままに生きよう、

ハートから生きよう、

そんな感覚がどんどん
強くなります。

もう心をごまかせない
という感覚も。

いい人からの卒業。

関係性からの卒業。

いのちをただ生きる
ってこと。

不完全なひとたちが
集まった完全な調和。

ひとりでは完成
しない世界。

世界が愛おしく感じる
気持ちが深まる日々
です。





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