今日で妊娠9ヶ月。そろそろ出産が見えて来た感じ。

気付くと母乳がじわじわ出てたりして、身体の準備もすすんでいるみたい。

おやつをほとんど食べないことと、少しだけでも歩くこと、実践中。

お腹の赤ちゃんは小さい時からちゃんと自己主張があるけれど、月が進むにつれてますます意思がはっきりの様子。

今日も洗濯物を干していると、かがんだ時にギューッと力一杯押してくる・・。

多分、私が下向いてびっくりしたのか狭かったのか。でもそんなに怒んなくても~。

お腹の中で楽しく遊んでいる時も、お腹の皮が引きちぎれるんじゃってくらいぼっこっぼっこ波打ってるし。

元気で何よりだし、私もコミュニケーションがとれて楽しいけれど、とんでもなくおてんばな末娘が生まれてくるかもしれないと思うとちょっとドキドキ(汗)

ゆうだいに似ているんじゃないかって楽しみにしているけど、性格は全然違うのかも。

お腹で我が子を育てるって動物としては当たり前の摂理だけど、本当に神秘的。

後少し、長いようであっという間の妊婦時間を大切に過ごそう。


検診に行って体重計に乗ってびっくり・・今までに見たことがない領域に足を踏み入れてしまった・・。

助産師さんと話していて、そんなにどか食いしている自覚はないんですがぁ・・と言う私に、運動量とのバランスですね、と言われてすごく納得~。

身体がいろいろ痛くて歩くのが辛いのと、ここのところ眠くてだるくて本当にダラダラしているので殆ど動いていない。

やっぱり普通に食べているだけでもカロリーのとり過ぎ(汗)甘いものは倍食べてるし(汗汗)

出産方法の話もあり、今の病院は帝王切開後の自然分娩を推奨(応援?)しているので、2回切っている私でも自然分娩にトライできるとのこと。

もし自然分娩にするなら体力も必要だし、太り過ぎは難産になるし、これ以上増やさない為にも少しずつ歩いてみている。

坂を下って海まで行くと帰りが無理なので、遠くに青い海を見ながら少し歩くだけだったけど、気持ちが晴れた。

それにしても、悩む。トライするのかしないのか。

99%以上は大丈夫ですが、その残りのリスクをどうとらえるかですね、と言われ、後は私の気持ち次第。

大切な決断だから、考えるより、心の声を聞いて決めたいなぁと思う。
今日からまた平常運転。

気の重い夫とあつきを送り出し、久しぶりの静かな家。

気持ちのいい快晴に洗濯機を3回まわし、干しているとトビの声がしてのどかな月曜日。

GWはどこにも出掛けずお客様の来訪で賑やかに過ごした。

連休の後半はあつきの保育園の仲良しのお友達家族、総勢6名が泊まりがけで来てくれて、子供達はおおはしゃぎで遊び、水族館に行ったり海に行ったり。

一番楽しいのはやっぱり海みたいで、砂浜で服を脱ぎ捨て3人でダッシュで海に突撃(笑)

まだ5月だというのに全身びしょびしょで波の中で遊ぶ様子は見ている方も楽しくなってくる。

みんなが帰り最後の夜をお素麺なんかで簡単に済ませて食卓に座っていると、みんなの笑顔があったお休みにじんわり幸せな気持ちに満たされた。

私の身体はいろんな所に痛みがあったり重かったりでなかなか思う様に動かないのが不自由だけど、楽しいな~と思っているとお腹の赤ちゃんもポコポコ動いて共鳴してくれる。

ゆうだいに話しかけている時もポコポコ。

よく動くし、すでにコミュニケーションをとるのが上手な感じで、さすが女の子?

あ~子供を産むってほんとに大変だなぁと毎回思うけど、最後まで楽しみに待つ幸せを感じることに心を使いたい。

それにしても、体重の増加が止まらずお腹も身体も重い~。このままではまずいぞ・・。

春も本番を迎え初夏の匂いもして来たら、庭の草木がすごい勢いで茂りだした。

入居した時には寒そうに丸裸に刈り込まれていた植木さん達も若葉を青々と茂らせ、それに負けじとばかりに大量の雑草がニョキニョキと。

賃貸のお庭の管理、楽しみ方ってどうすればよいのでしょう?

庭師さんを入れたいけどそれもやり過ぎのような気もするし、かといって自力で整えておくのはかなりの労力。

土の部分には芝生か石かタイルか何か敷きたいんだけど。

結婚してから初めての一戸建てで、しかも古いので雨漏りしたり、アリがうじゃうじゃ家の中に入ってきたり、いちいちどうしよ~とあたふた。

でもそれも何だか楽しいというか、風が心地よく吹いていて花や土の香りがし、トンビの声を聞きながら過ごす日常には心にゆとりが生まれている気がする。

今の私にはこのゆったりが必要だなぁ。


友達からの紹介である雑誌の取材を受けることになり、先日撮影があった。

ゆうだいのことを書いて頂けるとのことで、とても嬉しい反面、雑誌に出ることにはかなりの抵抗があった。

だって、写真が大きいんだもの・・・。

このおデブ妊婦が被写体だなんて申し訳ないというか恥ずかし過ぎだ~。

ぐちぐち悩んでいたけれど夫の後押しと、ゆうだいのことを知ってもらえたり形に残せることの意味の方が大きいと思い取材に臨んだ。

終了後は家族全員がどっと疲れて早々に布団に入ったけれど、翌日になりじんわりと幸せな気持ちに。

ライターの方にゆうだいの過ごした人生のこと、今の私の気持ちを聞いてもらい時々一緒に泣いたりして、話し終えると清々しいような気分になれた。

一周忌を迎える時にそんなチャンスをもらえたことに感謝。

どんなページになるのかな・・やっぱりドキドキだ~。

今書き進めている本の方も頑張んないと。

私も芽吹きの春になるように。



ゆうだいの一周忌を迎えた。

無事に法要を終え、命日当日にはゆうだいが亡くなる1ヶ月ほど前に行ったのを最後に一周忌まで封印していた家族水入らずでの温泉旅行に出掛けた。

ゆうだいは夫の誕生日を選んで旅立った。

その意味を私は、命日を私達が悲しむ日にしないためだったと思っている。

実際に、命日が近付くにつれ私の心は大きく揺れて、様々な思いが交錯した。

ある夜、寂しさに堪え兼ねて一人でワンワン泣いて、「なんで死んじゃったの~。もっとずっと一緒にいたかった!」と口にしていた。

自分で驚いた。

この思いはたぶん今まで心の奥の奥に閉じ込めていたもので、決して思ってさえいけないと感じていたから。

だってゆうだいは人生の全てを通して、そして最後の最後まで生き抜いて、ぼろぼろになるまで壮絶な戦いをして私に生きることの意味や、旅立つことの定めを教えてくれたんだから・・。

だから私は母として全てを私は受け止めよう、そう思って過ごして来た1年だった。

長い長い、1年だった。

でも、自分がそう思って苦しかったことに1年の最後の気付けて、たぶんその思いを解放してあげることができてよかったんだと思う。

一周忌を迎えることを目標にしてきて、でもいざ近付くと心が沈んでどうしようもなかった。

ゆうだいがいない日常が当たり前になる気がして。

逆に言うとそれは、当たり前になってきた・・ということなんだと思う。

命日のその日、手を合わせて浮かんで来た言葉は

「ゆうだい、私達のもとに生まれて来てくれてありがとう。10年間の一生分の幸せをありがとう。今日はゆうだいが新しく生まれた日なんだね。いつも一緒にいてくれるんだね。ありがとう。大好きだよ。」

こんな言葉だった。

あらためて感謝の気持ち、そして目に見えなくてもいつもそばにいてくれるんだという思いをあらたにした。

私は笑う。きっとこれからも時々泣くだろう。それでもまた笑って、与えられた人生の限り、一日一日を大切に生きる。

ゆうだいが教えてくれたから。


いつも支えて下さる皆様へ
暖かい思いと共に届いた沢山のお花に囲まれて、ゆうだいも喜んでいると思います。
本当にありがとうございました。
また多くの友人やお世話になった方が暖かいメッセージを送って下さったこと、私達を思って下さる全ての皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。

光の差すほうへ