たしか前回の日記で張り切っていると書いたのですが、その後がっつり風邪をひき熱を出してしまったわたし・・。

気持ちは張り切っているのに、夜中の頻繁な授乳の寝不足や季節の変わり目で身体がついていってなかったようで。

寝不足なのに早朝から起きだしせっせと家事に勤しんでいるからかなぁ。


私は子供の頃からずっと夜型でした。

夜中の静かな時間にお茶片手に読書したり雑誌を見るのが至福で・・。

しかも寝付きが悪く眠りも浅く悪夢にうなされることも多くて、そのせいか空が明るくなってくる明け方が一番ぐっすり眠れることも理由かな。

ゆうだいが生まれてからは徹夜もしばしばだったし。

でも張り切っている私が立てた目標のひとつが早寝早起き(笑)

正確に言うと、朝から気持ちよく大切な一日を始めるための余裕を持つこと。


で、一念発起して朝型に切り替えて数週間程経ち、途中から朝一のストレッチを始めたのだけど、起きた時に余りに身体がガチガチで自分でも驚いてしまいました。

朝の自分の身体に向き合ってみると、体中きしきし言っているし首もこわばっていてパキパキ。

寝る前の自分とまるで別人のよう。

夜寝る前のストレッチやヨガは気持ちよくやれるのに、これだから朝元気がなくて当然だなぁと。

これってどうやって改善できるのでしょうか??寝具?

まぁでもめげずに自分の心と身体に向き合う時間を大事に、早寝早起きを実践してみたいと思います。


当たり前だけど、限りのある私の人生の時間の一日を大切にするにはそれが必要だと今は感じています。

徹夜で介護をするわけではない今の私が、今度は下の子供達と生き生きと過ごせる時間をしっかりとることが大切な人生の仕事だなぁと思うから。

早起きを続けていたら早寝になったので、そのうち気付いたら朝の身体もすっきりになっているように願いつつ今日ももう寝ます。

まだ10時前だけど~(笑)




先日、かわいいお客様がきてくれました。

まだ1歳の可愛らしいプクプクとした女の子で、ゆうだいと同じ障がいをもっています。

ママとは沢山おしゃべりして楽しい時間を過ごさせてもらいました。

抱っこさせてもらった時に、生まれて来てくれてありがとうと、心と心で会話させてもらい、彼女はニコッと笑ってくれました。

言葉はなくても心は通じます。

立って歩くことや、大きく何かを表現することはなくても、誰しもが持っている命の本質というか、命の輝きがきゅっと詰まったその彼女を抱っこしていると、本当に暖かく癒されるのです。

ゆうだいを抱っこしていた時の懐かしさを感じて、ずっーと抱っこしていたかったなぁ・・。

来てくれて本当にありがとう。


今日は子供達を夫にお願いして、近所でやっているヨガに行ってきました。

最近、私の生きる目標である今を大切にすることをしっかりと心の底において毎日を過ごすことが少しずつできるようになってきた気がしています。

そうすると、一日の時間や自分の周りの空間が広がっていくのを感じて不思議です。

悲しみや寂しさから自由になろうと必死に何かをしなくても、心を今に向けていると自然と自由になっていることに気がつきます。

パズルが瞬間的に解けていくように、点から点へと線が繋がるように、目の前がクリアになって行く気がします。

何だか、抽象的過ぎますねー。

ヨガの教えの中にも今この瞬間を見る、今この場に心を置くことが大事だとあって、とても勉強になります。

まだまだ未熟な私は、ヨガの最中も頭の中でいろいろな感情がせめぎあっているけれど、身体を伸ばしたり緩めたりしていると心身共に気持ちがよくて、またしばらく続けていきたいなぁと思いました。

春だからでしょうか?新たに始まった人生の第2章を、心の中のゆうだいと一緒に大切に生きていくぞーと意気込んでいる今日この頃です(笑)
GWに入り、観光地のそばの我が家の周辺は人と車でごった返しています。

夫が中日は全て休みをとったので10連休となったわけですが、我が家には特に遠出の予定もなくのんびり過ごしています。

渋滞にはまらないようになるべく車は使わずにお散歩がてら徒歩で出掛けていますが、山に行ったり海に行ったり、甘味やさんに寄りながら街中を歩いたりと、十分にお休みを楽しめています。


目の前には海、振り返れば山があり、美しい寺院や美味しい食べ物屋さんも多いこの街。

この街がすっかり気に入って住み始め1年が経って、ようやくお客さんから地元民に近付いて来たような気がするねと夫と話しながら歩きました。


悲しみや苦しい思いがたまった時には海に行き、地平線の先に思いを手放す。

疲れたなぁ、元気が出ないなぁと思った時には山に行き、木々からエネルギーを充電。

そうやってこの1年で随分歩きました。

最初は息を切らして登った坂道も今では無理なく歩けています。

もともと散歩嫌いの夫も私に付き合って歩いてくれるうちにお散歩もなかなかいいね~、と(笑)


ゆうだいがいた頃は外出はほとんどが車での移動。

そもそも家から出られないことも多いし、長く歩くことはほとんどありませんでした。

私が身体が不自由だったわけではないけれど、引っ越して来て以来、この街を歩くことはまるでリハビリのようなことだったような気がします。

身体と心と両方の。


そういえば、唯一旅行に行くとゆうだいの車いすを押して自然の中を沢山歩きました。

鳥の声を聞くと喜んで、自然の中の空気も大好きだったゆうだい。

春になってうぐいすの声を聞くと心に浮かぶゆうだいの笑顔と共に、残りのお休みもお散歩を楽しみたいと思います。
















命日当日朝に、何となくすっきり熱が下がった私。

一旦キャンセルした温泉旅行でしたが、夫の熱い思いにより決行されることとなりました(笑)

でも行く先は自宅から小一時間で行ける湯河原だったので、さっと行って宿でのんびりして、御殿場に少し寄り道して帰ってきました。


宿を出る時に家族写真を撮ってもらうのが我が家の恒例ですが、ゆうだいが亡くなってから家族写真を撮るのがいつも何となくしっくりこない気がしていました。

新しい家族が増えて幸せいっぱいでも、写真の中のゆうだいの不在を確認するのが悲しかったから・・。

今回も宿の前で写真を撮りました。

カメラの前で自然に笑うことができた気がしました。

写真の中にゆうだいはいないけれど、家族の心の輪の中にゆうだいは当たり前にいてくれる。

四十九日の法要を終えた後に感じた、ゆうだいがまた近くに来てくれたという感覚に似ています。


こうやって、一歩一歩、グリーフワーク(喪の作業)を終えて行くのかなぁと感じます。

悲しみに向き合い続けた後に訪れる受容の時、節目という言葉通りに私の中にまたひとつ、大きな節が出来たように思います。


ゆうだいを育てている時に、長崎のなかよし学級の先生から教えて頂いたことで、
「竹の形を思い浮かべて見なさい、子供の成長はじっと力を蓄えて節を作り、驚くようにグーンと伸びる、その繰り返しよ。」
という言葉がずっと印象に残っています。

停滞しているかのように見えても、沢山のエネルギーを使って成長していく土台となる太い節を作っている時もとても大事で、親の信じて見守ることの大切さを教えて下さるお話です。

その先生が、ゆうだいが亡くなって私が苦しんでいる時に、無理に進まなくてもうずくまっていてもいいんだよ!と言って下さいました。

同じような目線で言って下さったんだと思います。

グリーフワークを終えたら、いつかグリーフケアを実践できるようになりたいと思う今日この頃です。

明日の命日を前にしてやっぱり少し落ち着かないような気持ちで夜を過ごしています。

夫も未だにすっきり風邪が治らず、私の熱もなかなか下がらないので命日温泉はキャンセルしました。

明日はここでゆうだいのことを思う日、そしてパパのお誕生日を祝う日になりそうです。


2年前の今日、私達は長崎の病院の個室にいました。

ゆうだいは薬の副作用で全身の皮膚が剥けて浸出液と血液がしたたり服を着ていることができず、ずっと包帯を取り替えたりタオルをあてたりしながら過ごしていました。

顔の皮膚も剥けてしまったので人工呼吸器を顔に固定することができなくて先生方が苦心して下さっていました。

尿が出なくなり身体は風船のように膨らんで、いつものゆうだいの何倍も大きくなっていました。

血圧はすでに計ることができずに、心拍数は50を切っている状態になっていました。


あの状態は端から見ればかなり修羅場というか、悲惨な状況であったかもしれません。

でも、不思議と病室には普段通りのゆうだいを中心とする穏やかな暖かい時間が流れていました。

そんな状態でもゆうだいはうっすらと意識もあり、自発呼吸を続けていました。

夜中にはケアの合間に普通にゆうだいの隣に横になり、彼の温もりも感じながら私はウトウトしていました。

それが最後の夜になる、というのはもしかしてわかっていたかもしれないけれど、最後だと悲嘆にくれる気持ちはなく、ただただゆうだいのそばにいた、いさせてもらった、そんな時間でした。

もしあの時に戻れたとしても、あれ以上に幸せな時間は過ごせなかったと思います。

最愛の息子が亡くなる前の晩に幸せというと、おかしく聞こえるかもしれないけれど・・。

ゆうだいがいつかいなくなってしまうことの恐怖に震えた数えきれない夜を過ごしてきたけれど、その晩はいつの時よりも、今というかけがえのない時を見つめ、ゆうだいの心のそばにただ愛だけを持って寄り添っていることができたから。

だからあんなに素晴らしい最期の時を過ごさせてもらったことが幸せでした。


ゆうだいが私達に見せてくれた、生きる、ということ。

2年前のあの日はゆうだいが亡くなった日ではあるけれど、生き切った日であると私達は思っています。

私は偉大な息子にいつか近付くことができるだろうか。

明日は空を見上げて、沢山ありがとうを言いたいと思います。