ご無沙汰してました。

高校生活忙しすぎ\(^O^)/

…そのうちに慣れるとは思いますけどね。

うん…今まで見たいにダラダラ書くんじゃなくて、簡潔にバチッと決めよう。

というわけで、以下読書記録です。


『スイート・チリソース』

『愛することと憎むことは裏表の何かだと茂道は言ったけれど、違う、それはやっぱり歴然と混じりあわない肯定と否定だと翠は思った。混じりあわないはずのものが、個人のなかで矛盾せず同じ強度で存在し得るというだけだ。』


この文章がやっぱり一番好きラブラブ

そうそう、そうなのよ、とうなずきたくなる文章です。

例えば、友達の意志の強いところは好きだけれど、融通のきかないところは嫌い…。

そんな風に言えば、好きと嫌いは表裏一体に見えるけれど、やっぱりそうじゃない。

好きだから嫌いなのでも、嫌いだから好きなのでもなくて、好きな要素と嫌いな要素がその友達の中に存在するだけなんですね。 うーん、上手く言えないけど。

好きだけど嫌いで、好ましい要素も苦手な要素もあるから、「私自身」が友達だと認識している友達なわけで…。

ん?わけがわからなくなってきた。

とにかく、憎い部分もその大切な人の一部で、その人が居るからこそ、憎しみを持てるというか…。

うん、やっぱ上手くいえない。


また、このストーリーには「食事」の話がつきまといます。

翠の母は、食事に病的なまでに気を使いますし、翠と翠の夫は味覚の違いから、毎日見かけは同じでも全く違う味の食事を取っています。

そして、翠が出会った見知らぬ女が読んでいた、『毒殺』、そしてタイ料理の本…。

ただ、翠と夫の仲をやわらげてくれたのも、やはりケーキという「食べ物」でした。


というわけで、このストーリーではそんな「食」に関するエピソードがたくさん出てくるわけです。

もしかすると、ここでは「食」が、登場人物たちがとらわれている「こわい夢」の象徴なのかもしれません。


『おやすみ、こわい夢を見ないように』

『ラロリー』

主人公の沙織が、かつて弟の光と造った造語です。

この造語の意味こそが、タイトル『おやすみ、こわい夢を見ないように』にあたります。

沙織は最悪な元カレの執拗な嫌がらせを受け、光の指導の下、元カレを倒す(控えめな表現/笑)作戦を立てます。光は、いわゆる不登校。ただ、沙織との仲はかなり良好です。

また、単身赴任中の沙織の父はどうも浮気しているらしく、沙織の母は父の新しいスーツを切り刻んだりしています。

やっぱり、ここでも登場人物たちは何らかの「こわい夢」にとらわれているわけですね。


『ラロリー』という造語で互いを自分の「夢」の中に閉じ込めていた沙織と光ですが、ラストでは、沙織は弟を「夢」から脱却させる―つまり、彼を外出させる―試みを実行します。

『バス代持って学校まで迎えに来て、定期もお金も忘れちゃったから。』みたいなお願いを弟に頼んでおいて、自分は迎えに来る弟を待たずして、さっさと学校から帰ってくる、というなんとも自分勝手に思われそうな試みです。

でも、それによって弟は外に出ることが出来たんですね。


父の浮気も、沙織の高校での問題も解決しないままにストーリーは終わりを迎えますが、何故か他の話に比べ、微妙にさわやかな終わり方でした。

ラスト一文が良かったのでしょうか。

光を待たずに自分の家の近くまで帰ってきた沙織が、理不尽に置いていかれて怒っているであろう光からの着信を取ったシーン。


『光が自分に向かって怒りの言葉を向けるのを、電話に耳を押し当てて沙織はじっと待った。』


こんな試みを実行したら、光に嫌われるかもしれない口さえ聞いてもらえなくなるかもしれない、わかっていてそれでも弟のためにこれを実行した沙織はステキです。

光が、自身の足で外出し、自身のために怒ってくれたら……。

沙織の計画は、そんな姉心かもしれません。 いいなあ…兄弟…。

二人は、「こわい夢」から抜け出せたでしょうか?



ぅい。まだ続きます。







何かで読んだんですが、「歯が抜ける夢」とか「追いかけられる夢」みたいなこわい夢は、結構多くの人が見ている、「こわい夢」の定番だそうです。

コレって本当でしょうか? 私も追いかけられる夢はよく見ますが…。

さて、この本は短編集ですが、誰もに起こりうる、悪夢のような風景を切り取ったような本です。

本の裏表紙のあらすじの書き方がなんとなくイイカンジ。

以下、ネタバレがあるかもです。

では、角田光代さん著、『おやすみ、こわい夢を見ないように』の読書記録です。

印象に残ったシーン、文章をピックアップしていきたいと思います。



『このバスはどこへ』

『あたしですか、あたしはこれから人を殺しにいくんです。』

このストーリーは、バスで主人公くり子の後ろの席に座った、名も知らぬ女の一言から始まります。

とりあえず、最初の一文のインパクトが強すぎますね。 それがステキです。


この言葉をきっかけに、くり子は考えます。 自分にとって殺したいと表現したくなるような人間は誰か?

自分勝手な夫。

わがままな義母。

その二人をとっさに思いついたものの、くり子の答えはでません。


また、その話を聞いて、くり子の友人の宏絵は、自分の娘だと答えました。

自分は娘がかわいくてかわいくて、自分のことなんてほったらかしにしてまで娘を愛しているのに、

この子はいつか自分を捨てて、自分が入れないような世界をつくっていくんだ…。

そう思うと、頭がおかしくなりそうだと宏絵は言います。

なんか深いと思いました。 

かわいいのに、居なくなっちゃえば…と思う気持ちってどんなカンジでしょうか?

それとも、かわいいから、居なくなっちゃえば…と思うんでしょうか?


一方、くり子はその話を聞いて、かつて(今も?)本気で殺したいと願った人間が居たことを思い出すのです。

その人物とは、篠山富貴子。 くり子が小学生の時の担任でした。


くり子は、彼女から徹底的に嫌われ、あからさまな嫌がらせを受けていました。

ここまでひどい先生はさすがに見た事はないけど、いますよね、こんな先生。

みんなの前で先生にののしられることって、小学生にとっては大ダメージなんです。


で、くり子が小学生時代の日々を回想するシーンに、こんな文章が使われています。

くり子が篠山にののしられているところを見て静まり返った他の生徒について、彼女はこんな風に考えるのです。

『母親より年長の女がくり子に向ける、憎しみのような怒りのような侮蔑のような、生々しい負の気分のかたまり。

そうしたものを、くり子と同様、クラスの子どもたちもあのときはじめて身近に見たのだろう。』

なぜか、この文章が一番「イイ!」って思ったんです。

生まれた時から、親や先生に「無闇に人を傷付けちゃだめ。」と教わってきたはずなのに、いきなり

理不尽に悪い感情をむきだしにする人物、しかもそれが先生だったらなおさらびっくりします。
こうやって、子どもたちは人間を怖いと思いこむ悪夢に身を投じてしまうのかなあと思うと、なんだか悲しかったり。


くり子は友人と別れた後、入院中の篠山に会いに行こうと決心します。

物語はここからが本番なのでしょうが、むしろ、前半の方が印象に残りました。

とは言え、後半もいらだたしいような、物悲しいような、独特の雰囲気が感じられます。

最後は、くり子がバスから夕焼け空を見るシーンで終わるのですが、なぜかその夕焼けの

色は、毒々しいような赤色なのかなあと想像してしまうのです。

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懲りずにtraveler IQ
に挑戦!
レベル9まで達しました。レベル8で、「いつか観光しにいくぞ!」と調べていたリヒテンやバルト三国、チュニジアなんかが出題されたのが勝因!

……しかしコレ、いつになったらクリアできるんだ……orz